エピローグ~うちの奴隷(ヨメ)はNot For Saleな件について
登場人物
マサユキ
王族にも繋がる貴族の家の末息子
妾腹で末子ということもあり、継承権はなく、その代わり特に縛りもなく自由な身分
現在は家を出て、与えられた資産を元に交易商の仕事をしている
頭は切れるが性格は大らかでのんびりなところがある
貴族の家暮らしよりも、現在の気ままな生活が気に入っている
献身的に尽くしてくれる秘書兼メイドのエミリアを妻に迎えることに決めた
エミリア
エルフ王国の中級貴族の娘
貴族の子女の義務として、士官として軍務に就き、捕虜となった
それをマサユキが奴隷として買い取り、屋敷にやって来る
秘書役から身の回りの世話まで、なんでも喜んで献身的にこなす娘
自ら願い出て、奴隷の自分を大事に扱ってくれたマサユキに生涯連れ添うことを選ぶ
カラッと晴れた夏の昼下がり。
涼しい執務室で、俺は次の商談のための書類と資料とにらめっこしている。
そこへ、ドアの向こうから軽やかな足音が近づいてきて。
コココンコン。
控えめなノックの音。
この叩き方はエミリアだ。
エミリアには、普通と少し叩き方を変えるように言ってあるのだ。
すぐに誰か分かるように。
「どうぞ」
ドアを開け、エミリアが入ってくる。
「あなた、フェルミナ商会のクリスティネル様がお見えになられましたわ」
「どこに通した?」
「第一応接室です」
「よし、じゃあ、行ってくるか」
「契約話はまとまりそう?」
「そんなに難しい話ではないと思う。とりあえずお茶の用意と……話がまとまれば、そのまま今夜は晩餐に招待することになるから、その準備を始めるように料理長に伝えといてくれ」
「はい、がんばって、あなた」
「ああ。あと、コレ、決裁したから、後の段取りを頼む」
右側に数枚重ねて置いていた書類をエミリアに渡すと。
「かしこまりました♪」
任せて♪という感じに、ニコニコ顔でその書類を受け取るエミリア。
あれからしばらく経って、徐々にこの屋敷の若奥様(正式にはまだではあるが)のポジションが板に付いてきて、ふたりの時はこうして敬語もなしで話す間柄である。
時間があれば、執務室でいちゃいちゃすることもよくあるが……それはまあ、また別の機会に話すとして。
「じゃあ、行ってくる」
当座の仕事を頼んで、部屋を出ようとする俺を。
「あ、ちょっと待って」
エミリアが呼び止めた。
「ん? なんだ?」
「忘れ物よ♪」
そう言って、エミリアはふわりと俺に抱きついて、軽くキスをする。
「じゃ、がんばって! あなた」
「あ、ああ……」
エミリアは俺と婚約を交わしてから、ふたりきりになると、こうして俺への好意をためらわずぶつけてくる。
流れでそういう感じになっているときはまだ良いけれど、こういう突然の時はどうも動揺してしまう。
正直、日常的にこういうこと、あるけどさ……やっぱ、どうも慣れない。
そんな、動揺する俺の姿をどこか嬉しそうに見ているエミリア。
なんというか……早くも夫婦関係の主導権、握られてる気がするなぁ。
悪い気は不思議としないけど。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい! はい、これを」
エミリアに渡されたブリーフケースには、この商談の資料と書類がキッチリまとまっている。
出がけにバタバタと書類を探すこともなくなったし、こうして応接室まで歩いて移動する最中にまであれこれ仕事の指示を出すことももうほとんどない。
書類は必要なものをエミリアが事前にちゃんとまとめておいて、必要なときにすぐに手渡してくれるし。
細かい作業の管理も、俺の代わりにエミリアが見てくれている。
俺の所に回ってくるのは、俺の判断が必要なものだけだ。
おかげで、俺は業務時間をほとんど全て経営判断のための調査と準備に充てることができるようになった。
それは、今までほとんど夜……しばしば、夜中に及んでようやくこなせていたものだ。
おかげで、よっぽど忙しい時でもなければ、食事をエミリアと一緒にゆっくりとる事もできるし、夫婦ふたりだけの時間もたっぷり取れる。
エミリアが来てくれたおかげで、朝から晩まであくせく働き詰める必要がなくなって、最近では、ずっと始めたかった新しい案件にも手を付けられる余裕がある。
「エミリア、ありがとな」
「えへへっ」
軽く二度三度、頭を撫でてやると、嬉しそうに照れる。
そんなところもなんかいい。
「じゃ、あと、頼む」
「はい!」
執務室にエミリアを残して、応接室に向かう。
「お待たせした」
「お久しぶりです。今日はよろしく」
「お互いにとっていい話にまとめられることを祈ってますよ。まずは、お掛けください」
いよいよ仕事の話に入っていく。
最初はわりと最近の仕入れ値の動向とか、そういった方面の情報交換など、どうしても堅い話になってしまう。
まあ、これはこれで、お互いの信頼関係作りには大事な話なのだけれども。
もうちょっと雰囲気が和らいだところで、今回の仕事の話をまとめたい所なんだが……。
そんな時。
コココンコン。
応接室のドアがノックされる。
「どうぞ」
カチャリとドアが開いて、ワゴンを押してエミリアが入ってきた。
「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」
エミリアがまずクリスティネル氏のお茶を新しいものに取り替え、続いて同じお茶のカップを俺の前に置く。
そして、真ん中にお茶菓子。
「こちらが自家製のプレーンスコーンで、こちらは……先日ご主人様が絶賛しておられた、ラムレーズン入りブラウニー……先程入荷したばかりのを持って参りました」
「おお、ご苦労さん。荷の受け取りは問題ない感じ?」
「はい、ここまでは滞りなく」
そう頷くエミリア。
「そうか、じゃあ、受領証の方はどのくらいに出せる?」
「そうですね……まだ検品作業が続いていて、私のところに書類が回ってきておりませんので、夕方頃になりそうです」
「分かった。何かあったら知らせに来てくれ」
「かしこまりました♪」
そう言って、ぺこりとお辞儀をして下がっていく。
あいつめ……知らないふりしてこんな気を遣うとは。
「うちの商品をだいぶお気に召してくださったようで、ありがとうございます」
クリスティネル氏が機嫌良さそうに笑みを浮かべる。
「いえ、良いものは良いものですから。積極的に推させていただきたいと思います」
「ところで、先程のメイド……あれは戦時捕虜の奴隷……ですよね?」
「確かにそうですが」
クリスティネル氏はエミリアになにやら興味を惹かれた様子。
「なかなか良い娘を手に入れられましたね。非常に美しい」
「それはどうも……」
「しかし、あのように楽しそうに仕事をする奴隷というのも珍しいですが……」
ああ、なるほど。
それで印象に残ったのか。
「まあ、うちではあれの他に数人おりますが、そもそも全員奴隷扱いはしておりません。他の使用人と同じように、給金も支払っておりますし」
「ほう……珍しい」
「それに、あれに関しては正式には戦争が終わってからですが、私の妻になる女ですから」
「ああ、なるほど、そういうことでしたか。それは残念だ。仕事もできそうな娘だし、条件次第で譲っていただけないものか、少し考えてしまいました」
「ははは……エミリアは譲りませんよ」
表情を見たとこ、冗談半分か、本気半分かってとこか。
油断のならない御仁だ。
まあ、とはいえ、空気はだいぶ和んだ。
「では、そろそろ本題に入りましょうか……」
向こうの方から本題を切り出してくれた。
結果的にエミリア、ナイスアシストだ。
どこまで狙ったのかは分からないが。
おかげで、話が早く済みそうだ……。
少し日が傾いた辺りの時間で、無事に話し合いはまとまり、後は晩餐会前にお互い契約にサインをするだけとなる。
一仕事終え、執務室に戻ってきた俺を、エミリアは笑顔で迎える。
「あ、あなた! おかえりなさい! どうでした? 今日の話し合いは」
「ああ、順調にまとまったよ。幾つか契約書に修正あるから、その作業を頼む。原本と変更点のメモはこっちに」
エミリアにブリーフケースを渡す。
「かしこまりました♪ すぐに始めましょう。受領証の方もこちらに回ってきてますので、一緒に処理しておくわね」
「ああ、頼む」
ブリーフケースを受け取ったエミリアは、俺の席の左側にあるエミリア用の仕事机に着いて、修正作業を始める。
「なあ、エミリア」
「はい?」
俺に呼ばれたエミリアは、こちらに向けて首を傾げる。
「おまえさ、さっきのお茶菓子……あれ、今日のお客の取扱品だってこと、知ってた?」
俺がそう訊ねると。
「ええ、まあ……」
エミリアは少しはにかみ加減に頷く。
「俺、そこまでは言ってなかったよな?」
さらに尋ねると、エミリアはこう答える。
「そうですね。でも……先日一緒にサンプルをいただいた時に、あなたがすごく気に入ってたことは覚えてて、今日入ってくることはチェックしてたの。チラッと荷主の名前を見たら、今日の来客の商会だったから、これはと思って」
「そうか。さすがだ。おかげで話がスムーズに行ったよ」
「それは良かったです」
「また、助けられたな」
「えへへ……」
俺の役に立てたことが嬉しかったようで、エミリアは嬉しそうな笑顔を見せる。
エミリアを正式に妻に迎える日は、もうすぐなのか、まだしばらく先になるのか。
それはまだわからないけれども。
きっと、頼もしい奥様としての姿を見せてくれるだろう。
そして、この笑顔で、この家を、屋敷を、明るく照らす、そんな存在になるだろう。
俺はそんな未来を、自然と思い浮かべていたのだった。
本作品は今回で完結です。
最後までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。




