第1章~俺の屋敷に奴隷がやって来た件について その1
マサユキ
王族にも繋がる貴族の家の末息子
妾腹で末子ということもあり、継承権はなく、その代わり特に縛りもなく自由な身分
現在は家を出て、与えられた資産を元に交易商の仕事をしている
頭は切れるが性格は大らかでのんびりなところがある
貴族の家暮らしよりも、現在の気ままな生活が気に入っている
ばあや
マサユキの家のメイド長
幼い頃からマサユキに付いていた、母親代わりのような存在
入札の手続きをしてから1週間あまり。
王城から使いが来た。
無事落札できた知らせだった。
早々に引き取りに来るようにとの通達があり、俺はすぐに迎えを出すと共に、ばあやを部屋に呼んだ。
「坊ちゃま、奴隷をお買いになったと伺いましたが……」
少し怪訝な表情のばあや。
「まあ、やむにやまれずにね。それで、ばあやに急いで頼みたいことがあるんだ」
「なんでございましょう」
「メイドとして5人ほど買ったんだ。その人数分の制服を用意してくれないか? 全員の身体のサイズはこの書類に書いてある」
「そんなにお買いになられたのですか?」
「うん、まあ、事情があってね」
件の女指揮官を買おうと決めた時、レドから一つ聞かされた話があった。
「実は、この指揮官な、捕虜になるに当たって、一つ希望してることがあるんだ。買うなら一緒に連れている兵もまとめて買って欲しいと」
「そんな希望が受け入れられるのか?」
「戦いぶりもそうなんだが、捕虜になった時の振る舞いがうちの上官に気に入られたみたいでね。その条件を受け入れる買い手が優先されることになった。だから、その条件呑めば、案外安く落札できるかもしれないぞ」
……と。
俺としても、喉から手が出るほど欲しい人材。
この機会を逃せば、またいつになったら捕まるか分からない。
そこで、全員丸ごと買い取ることにしたわけだ。
この人数、うちとしては新たに迎えるとなると結構な大所帯だ。
「その他、部屋の割り振りとか、受け入れの準備を急ぎ手配して欲しい。頼むよ」
「かしこまりました。坊ちゃま」
そのまま仕事に戻ろうとした俺だったが、ばあやに呼び止められた。
「坊ちゃま、一行が到着しましたら、お会いになりますか?」
「いや、それは日を改める。彼らも疲れてるだろう。今日は着いたら服だけ替えさせて、あとは食事とお風呂の世話をしてやってくれ。捕虜になって前線から護送されて、こっちではずっと牢に拘束されてただろうからな」
「かしこまりました」
「明日、指揮官の……えっと、エミリアって言ったか。彼女を昼食後くらいに俺の部屋に寄越してくれ。人数多いけど、面倒の方、頼むよ、ばあや」
「お任せ下さい。明日以降の彼らの仕事はいかがされますか?」
「その辺も適性と状態を見て、ばあやの方で判断してもらえるかな?」
「承知しました」
「じゃあ、よろしく頼むよ」
ばあやは下がっていき、僕はまた仕事に戻る。
それにしても、今日も決裁案件がたくさんある……。
こりゃ、夜中までかかるな。
翌日の昼食後。
食事を終えて書斎に戻ると、頃合いを見計らったように、ばあやがエミリアを連れて来た。
レドも部隊指揮官の一人として、相当手を焼いたエルフの女戦士と聞いていたから、相当ガタイのいい大柄な女を想像していたら、うちのメイド服がよく似合う、むしろ可憐なタイプの、少女とも言っていいくらいの女だった。
白磁器のような透き通るような白い肌、まっすぐなプラチナブロンドの長い髪。
穏やかな青い瞳のめに、小さな口元。
だが、そのやや緊張に引き締まったその表情は、少女っぽさの中にも、指揮官らしい意志の強さを感じさせる。
「へえ……うちのメイド服がよく似合ってるじゃないか。まあ、そこにかけて」
「はい」
ソファーに座るように促すと、彼女はそれに従い、ちょこんと座る。
俺も、彼女の調査書を手に、差し向かいの席に座った。
「さて……まず、名前はエミリア……で合ってる?」
「はい、エミリア・ソレスティア・フォン・シュトレーヌです」
シュトレーヌという名前には聞き覚えがあった。
「シュトレーヌっていうと、もしかして、あのシュトレーヌ家の関係者?」
「はい。当代の七女です」
「あそこはエルフ王国の軍関係では名門だろ。なるほど、それでか……」
「あなたは私の家をご存知なのですか?」
「まあね。商売柄、戦争前にはよくそっちの国にも出入りしてたし。取引関係もあったんだ」
「それでご存知だったのですね。ですが、そんなに名門というほどのものでは……。特に優遇もないですし」
「失礼だけど、エミリア……で、いいかな? 今、歳、いくつ?」
「19です」
「19で大尉なのか? ものすごいエリートコースじゃないか?」
感嘆混じりにそう訊ねると、エミリアはよどみなく答える。
「14で軍の少年学校に入りましたので、16で少尉任官で、そこから3年で大尉昇進というところまでは、基本的に昇進に差は付きませんから、昇進ペースとしては普通と変わりませんね」
こうやって普通に話している分には、調査書に書かれているような激しい戦闘の指揮官とは思えない、普通の穏やかなお嬢さん……といった風なんだが。
「俺の幼馴染み……君たちをこっちに護送してきた指揮官と言えばわかるかな?」
「あ、はい、分かります」
「そいつから聞いたんだけどさ、相当えげつない戦いぶりだったって聞いてんだけど、まさかその指揮官が、こんなお嬢さんとはねぇ……」
肩をすくめる俺。
エミリアはそんな俺を見てくすくす笑う。
よく笑う、明るい娘だ。
「見えませんか?」
「最後は奇襲白兵戦まで繰り広げたらしいじゃないか。剣振り回して戦いそうな体格には見えないや」
「そういう油断が命取りになるんですよ」
そう言って不敵な笑みを浮かべるエミリア。
戦闘指揮官の片鱗が見えた。
「なるほど、確かにそうか。しかし、1個中隊で味方を逃がす殿をこなしきるとは、見事なもんだ。その割に、あっさり降服したと聞いてるけど」
「はい、私の中隊の兵も追いつかれないところまで逃げ切った頃合いでしたから、それ以上の抵抗は無意味です。一緒に残った身辺の兵も無駄死にさせたくありませんでしたから」
「そうは言っても、なかなかそうスッパリと降服するなんて、割り切れるもんなのかね? 仮にも軍人だろ?」
そう訊ねると、彼女はキッパリと答える。
「確かに、そういう部分もあるでしょう。ですが、最後に連れていた兵たちは、実家から軍に入る際に私に付いてきた大事な者たちです。彼らはここで全滅する覚悟で私に最後まで付いてきてくれました。残念ながら、幾人かはこの戦いで命を落としましたが、私はそんな彼らだからこそ、一人も無駄には死なせたくなかったのです。私個人の軍人の誇りなど、比べものになりましょうか?」
表情一つ変えず当然とでも言わんばかりの口ぶり。
調書に書いてあった通りの指揮官といえばそうなるが。
極めて合理的かつ冷静な判断だが……これが19の少女にできることだろうか?
「たいしたもんだなぁ、その歳でその判断ができるのか……」
真っ直ぐじっと彼女が俺を見つめる視線はブレない。
奴隷として買われてここへ来て、買い主との初めての顔合わせに際しても何ら怖じける素振りもない。
単なる小娘と甘く見たら、大火傷をするぞ、この子は。
こういう肝の据わった人材なら、願ってもない。
「そんな君を見込んで、これから頼みたい仕事がある」
「かしこまりました。覚悟はできております……」
そう言うと、彼女はやおら纏っていたメイド服のボタンを外し始める。
「え? ちょっと待った! エミリア、きみ、何やってんの!」
「存じております。これから、ご主人様をお慰めするのですよね……? 覚悟はしておりますので、どうぞ、ご遠慮なく……」
そう言って、服を脱ごうとするエミリア。
俺は慌ててそれを止めさせる。
「だから、そういうことじゃなくて!」
「……? お仕事とはそういうことではないのですか? 私や部下のような若い娘を奴隷に買うのは、そういう目的なのですよね? 昨晩私達の世話をしてくれたメイド長からも、言い含められておりましたが」
ああ、そうか……。
確かに、一般的に、若い娘を奴隷に買う場合、そっち方面も主目的だったりするよな。
ばあやも変な気を回してくれちゃって……。
これは一つ一つ説明が要りそうだ。
「いいから、服を直して、そこに座りなさい。一つ一つ説明するから!」
……ということで、とりあえずうちの事情を一通り説明。
俺の仕事のことから、彼女を奴隷として買うに至った話まで。
「ということは、私達は夜伽相手のために買われたわけではないということでしょうか?」
「そうだよ!」
そう答えて、深く溜息。
「だいたい、奴隷なんて、あんまり気が進まなかったんだ。だけど、この機会逃したら、こんな優秀な人材が捕まらないとなると、そうも言っていられなくてな……」
「私でお役に立てるでしょうか?」
「言語が幾つも操れて、それだけの教養があるなら、あとは仕事を覚えてもらうのは容易いだろう。きみも、きみが連れて来た従者たちも、他の使用人と同じように扱うから、安心してもらっていい。給料も払うし」
「よろしいのですか?」
「元々、そうやって雇うつもりで予算は取っていたしね。人が捕まらなかっただけで。その辺のことは心配するな」
「わかりました」
こうして、エミリアは俺と一緒に毎日仕事するようになった。
まずは、俺の秘書として……仕事を覚え次第、少しずつ俺の担当業務を引き継いでもらおうと思っている。
次回投稿は7/20(金)12:00予定。
さっそく、エミリアと一緒に仕事を始めるマサユキ。