第5章~仕事の合間に秘書と一緒に出かけた件について その2
登場人物
マサユキ
王族にも繋がる貴族の家の末息子
妾腹で末子ということもあり、継承権はなく、その代わり特に縛りもなく自由な身分
現在は家を出て、与えられた資産を元に交易商の仕事をしている
頭は切れるが性格は大らかでのんびりなところがある
貴族の家暮らしよりも、現在の気ままな生活が気に入っている
エミリア
エルフ王国の中級貴族の娘
貴族の子女の義務として、士官として軍務に就き、捕虜となった
それをマサユキが奴隷として買い取り、屋敷にやって来る
几帳面でキッチリとした性格と細やかな気遣いで、秘書役や生活管理を懸命にこなす
案内の兵と別れてから、エミリアに声をかけると。
「エミリア、この後、行くんだろ? 例の場所へ」
「……え? あっ、す、すみません……!」
全く心ここにあらずといった感じで、不意を突かれたとしか言えない表情で、慌てて返事をする。
「さっきから口数がめっきり減ったけど、やっぱりアレか。あの砲の破壊力は脅威か」
「そうですね……。私たちが戦っている最中に配備されていたらと思うと恐ろしいですね……」
「まあ、エミリアのことだから、この辺の地形なら、なんとかなりそうな気もするがね」
「いえ、そもそもこういった兵器があるという前提でならそうかもしれませんが、私が戦っていた時点では、その情報は掴んでいませんでしたから、最初の斉射で一方的に叩きのめされていたでしょう」
「なるほど、そういうことか」
実際にこの近辺を戦場として戦っていただけに、身につまされるものがあるのだろう。
「ところで、今日はこのまま例の場所に行く予定だろう? 早くしないと時間なくなるぞ」
「はい、そうでした!」
今度は二人で、エミリアが先立つ形で、目的の場所へと歩いて行く。
2時間ちょっと、歩いた先、峠を越える少し手前側に、陣地跡が見つかる。
「ここか?」
「はい、ここが私達のいた陣地です。ここの他に、左右に何カ所か、小さな陣を置いて迎え撃ちました」
谷筋の急峻な道を遮る場所に敷いた陣を中心に、左右に口を開くような形で支援部隊を配置。
谷筋の急坂を登ってくる敵を迎え撃つには理想的な鶴翼の布陣だ。
鶴翼の翼を叩こうと回り込もうにも、切り立った崖をよじ登るようにして攻めなければならず、大兵力をぶつけるような芸当はまずできない。
おまけにここは深い森林の中だ。
森に分け入っての戦いでマトモにやり合っては、視界や聴覚に劣る人間は、森での戦いを得意とするエルフ相手に不利な戦いを強いられる。
「コイツは抜くのは至難の業だな……」
「なんとか地の利を味方に付けて、粘る以外にありませんでしたから。装備と火力、兵力いずれも劣る私達は」
「だが、確かにこれなら、殿に残って足止めまでは十分できるな。部下は何人死んだんだ?」
「300名ほどいた中から、20人弱です。ほとんどは最後の撤収の戦闘で、私と共に斬り込んだ者たちです」
「そのレベルの損害で、殿の任務を果たし、自隊のほとんども無事帰しているって……やはり、きみは優秀な指揮官だな」
「……………」
「まあ、そんなこと俺に褒められたところで、何の救いにもならないか。じゃ、とにかく仕事を始めよう。このあたりの大きめの石集めて、目印代わりにその辺に積むか」
俺はさっそく腕をまくって、陣場跡の石を運び始めた。
「あ、い、いけません! ご主人様にそんなことをさせては!」
「こういう仕事はエミリア一人じゃ陽が暮れちゃうだろ。ほら、さっさとやっちゃおうぜ」
「す……すみません……」
二人で石を運んで積み上げて、小一時間もあれば、人の胸の高さくらいの石のピラミッドが完成する。
そこに、近くでおあつらえ向きな花を摘んで、即席の花束を作って、捧げる。
その前で祈りを捧げるエミリアを、後ろから見つめる。
その姿は、天から舞い降りた戦の女神のように、凜として。
彼女がここで、どんな指揮官だったかを垣間見た気がした。
祈りを捧げ終え、エミリアがこちらを振り向いた。
「ご主人様、今日はありがとうございました……」
「いや……俺も、エミリアを知る上で、得るものが多かった。来た甲斐があったよ」
「そうですか……」
「そういや、戦死した大半は最後の斬り込みの時って言ってたが、そうなると、ほとんどがエミリアの個人的な従兵だったのか?」
「ええ……その時に死んだ者は皆、小さい時から我が家に仕えてくれていた、縁の深い者たちばかりです」
「だからか。普通の指揮官は、わざわざ現地まで足を運んで弔うなんてことまでしないから、少し変に思ってたんだ。納得」
「はい……。あの戦いで、私の盾になって死んでいった者は2人や3人ではありませんでした……。生還の見込みの薄い戦いだというのに、彼らは喜んで私についてきてくれました」
「エミリアは慕われていたんだな……。でも、おまえもその想いに応えたじゃないか」
「……え?」
「確かに全員は救えなかったかもしれない。だが、おまえは、部下の命を救った。先に撤収させた部下たちは安全に撤退したし、彼らがもう安全に撤退できるという頃合いで、降伏したのは何のためだ? 一人でも多く、おまえに付いてきてくれた部下の命を救うためじゃなかったのか?」
「そうですが……」
「なんか、よく分かった気がするよ。部下思いのいい姫様じゃないかよ。そんな姫様のためだから、そいつらは命を投げ出したんだ。それに、その姫様が死んじまったら、何人か助かるかもしれない仲間の助かる目もなくなっちまう。それが分かってたんじゃないのかね?」
「……………っ!」
エミリアの表情が、一気に崩れる。
「みんな……! 守れなくて、ごめんね……!」
涙をこぼすエミリア。
そんな彼女の肩を、ポンポンと叩く。
「おまえは神じゃない。前線の一指揮官だ。正直、この戦いでおまえが成し遂げたことは、離れ業に近い。おまえは指揮官としてできる限りのことは、他の誰にも真似できないレベルでやり尽くしてる。それ以上、何を求めるというんだ」
「……………」
エミリアがじっと、射貫くように俺のことを見つめる。
言いたいことはたくさんあるのに言葉にならない。
そんな顔で。
「……少し、日が傾いてきたな。あまり長居をすると、帰る前に日が暮れてしまう。最後のお別れ、してきなさい」
「……はい」
エミリアはもう一度、祈りを捧げる。
目元から一筋二筋、涙をこぼしながら。
そして、祈りを捧げ終えるのを見届けると。
「じゃあ、帰ろう」
「……はい」
帰り道は、二人、言葉少なく、黙々と歩いて、夕刻、宿営地に帰り着いた。
帰り着いて、部屋に戻ってから。
「あの、ご主人様……」
エミリアが遠慮がちに俺に呼びかけてきた。
「ん? どうした?」
「今日は……ありがとうございました……。まだ、完全に気持ちに整理がついたわけではありませんが、少しだけ、心の奥の重しが解けた、そんな気持ちです。今は……」
「そうか。それなら付いていった甲斐があった」
「今夜は先に休みます。明日からはまた、きちんと切り替えますから……」
「ああ、わかった。おやすみ、エミリア」
「はい、おやすみなさいませ、ご主人様……」
そう言って、エミリアは一足先に着替えて、自分のベッドに入っていった……。
次回投稿は8/17(金)12:00の予定。
仕事の旅行から屋敷に戻った二人。
二人の間の空気が確実に変わったことをマサユキに指摘するばあや。
なんだか嬉しそうなのである。




