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第7話『お父さんは心配性Ⅲ』



 テーブルの対面にはアルカが、右の席にはローラが座っている。

 ちなみにテンは床で肉入りのパン粥を食べている。

 久しぶりの一家団欒――そのつもりだったのだが、アルカは微妙に深刻そうな表情を浮かべている。

 見れば肘に擦り傷がある。

 転びでもしたのだろうか。

 そんなことを考えていると、アルカは口を開いた。

「……私は才能がないかも知れない」

「藪から棒にどうしたんだい?」

「ほら、少し前に士官学校を目指すって話をしたじゃない」

 事情が分からずに問い掛けると、ローラがフォローに入った。

「それで戦い方を教えて欲しいって言われたのよ」

「そいつは早すぎるんじゃないか?」

 少なくともロイドは六歳の頃に戦闘訓練なんてしていなかった。

 まあ、手製の木剣片手に戦争ごっこはしていたが。

「私もそう言ったんだけど、今から努力しないとアーネスト君みたいな精霊術士に差を付けられる一方だって言うのよ」

 ローラは困ったように眉根を寄せた。

 言われてみれば精霊術士は小さい頃から精霊術を扱う訓練を受けている。

「随分、計画的なんだな」

「ちゃんと現実を見据えているのよ。流石、私の子ね」

 ローラは誇らしげだ。

 子どものいる部下の話では六歳児はもう少し――誤解を恐れずに言うのならば馬鹿っぽいはずなのだが、何処をどうしたら九年後のことを見据えられるようになるのだろう。

 やはり、アルカはローラの血を強く引いているのかも知れない。

「だから、今日は剣術と体術を教えたんだけど、上手くできなくてちょっと落ち込んでいるのよ。すぐに泣くし」

「お前は何をしたんだ?」

 我慢強いアルカが泣くなんて、ローラは何をしたのだろう。

「そんな目で見ないで。剣の扱い方と殴り合いの仕方を教えて、軽く組手をしただけよ」

「組手? 初日から?」

「ええ、私の圧勝だったわ」

 ローラは自慢気だ。

 現役を退いたとは言え、皇后の護衛騎士だ。

 アルカが泣くのも当然だ。

「大丈夫だったか?」

「……大丈夫」

 アルカはコクコクと頷いた。

「……二つ、学んだことがある」

「何を学んだんだい?」

「……武術は暴力なのだと学んだ」

「ああ、いや、それは、どうなんだ?」

 いきなりそこに辿り着いてしまうのはどうなのだろう。

 それ以前に何をしたら六歳児にこんなことを気付かせることができるのか。

「……あと、しっかりと技術を身に付けないと怪我をすることに気付いた」

「木剣で自分のすねを殴りつける子を初めて見たわ。受け身も取れなかったし……きっと、あなたに似たのね」

 ローラは憐れむような目でこちらを見ていた。

「……申し訳ない」

「アルカのせいじゃないわよ」

 じゃあ、誰のせいですか? 俺のせいですね。はい、分かります、と頷くことはできない。

 このまま認めてしまったら駄目な父親だと思われてしまう。

 それだけは絶対に避けなければならない。

「アルカさえよければ、お父さんが教えてあげるぞ?」

「……む」

 アルカは小さく呻き、ロイドとローラを見比べた。

 二日目で先生が替わるのはどうかと考えているのかも知れない。

「そんなに深刻に考えなくてもいい」

「……お父さんとお母さんの仲が悪くなるのは避けたい。些細な擦れ違いから仲が拗れるのはよくあること」

 もっと深刻なことを考えていた。

「アルカは何処でそんなことを覚えてくるんだい?」

「……夢の中」

「夢の中?」

 アルカはコクコクと頷いた。

 一体、この子の頭の中はどうなっているんだろうと思わなくもない。

「……今は見ない」

「不思議なこともあるんだな」

 相槌を打つだけで精一杯だ。

「じゃあ、夢の中で武術の修業を積めばいいんじゃないかしら?」

 思わずローラを見つめる。

 自分が踏み込めない領域にズカズカと踏み込んでいくスタイルは真似できそうにない。

「……無理」

「どうして?」

「……夢の中の私には武術の経験がない」

「それじゃ、仕方がないわね。現実で武術を覚えましょ」

 ローラは華麗にスルーした。

「あなた、明日から頼むわね」

「「え?」」

 ロイドとアルカは同時にローラを見つめた。

「アルカの訓練のことよ」

「……それは分かっているんだが」

 明日からとはどういう意味なのか。

 状況的に自分がアルカに武術を教えるということは分かるのだが――。

「よろしく頼むわね?」

 はい、とロイドは頷いた。



 ロイドの出自を辿ると東国の戦士階級に行き着く。

 何でもご先祖様は大冒険の末にロックウェルに定住することを決めたらしい。

 どうして、大冒険をしたのか。

 それは修業――旅をしながら武術の腕を磨こうとしたからだ。

 わざわざ海を越えることに何の意味があるのか理解できない。

 だが、調べてみると修行のために東国から渡ってきた者はチラホラいたりする。

 修業のために旅をするのは東国の戦士だけかと言えば違う。

 昔の帝国人も修業のために旅をしている。

 もしかしたら、戦士は行き詰まると旅に出たくなる生き物なのかも知れない。

 まあ、何処か遠くに行きたいという気持ちは分からなくもない。

 ともあれ、ご先祖様の武術は受け継がれてきた。

 正直、アルカに教えるつもりはなかったのだが、いざ教えるとなると少しだけ興奮する。

「……う~ん」

 ロイドは庭で素振りをするアルカを見つめて唸った。

 何と言えばいいのか。

 素振りをしているはずなのだが、動きがとんでもなくギクシャクしている。

 たとえるなら木剣を使った不思議な踊りだ。

 棒に踊らされていると言うべきかも知れない。

「あぐぅッ!」

 突然、アルカが蹲る。

 思いっきり木剣で脛を打ったのだ。

 うぐうぐ言いながら素振りを再開する。

 涙目で、鼻を啜っている。

 ご近所さんに見られたら悪い評判が立つのは避けられない。

 テンはロイドの足下に座っている。

 子犬にもアルカの近くにいたら危険だと分かるのだろう。

 どうしたものか? とロイドは途方に暮れた。

 アルカは体力がない上、体の使い方が分かっていないのだ。

 ついでによく泣く。

 骨折と火傷をした時は平然としていたのにどうして脛を打ったくらいで泣くのだろう。

 意を決して尋ねてみる。

「どうして、泣くんだい?」

「……耐性がなくなった?」

 アルカは手を休め、小さく首を傾げた。

 多分、色々あったせいで暴力的なものに忌避感を覚えるようになったのだろう。

「そうか。けど、耐性がないと武術を身に付けるのは難しいな」

「……どうすればいい?」

 そうだな、とロイドは腕を組む。

 なかなか難しい質問だ。

 何しろ、暴力に忌避感を覚えた経験がないのだから。

 それどころか、父親に武術を習うようになってから少し暴力的な性格になった。

 暴力に長じることが強さなのだと思い込んでいた。

 二つ名をノリノリで名乗っていたことに匹敵する恥ずかしい過去である。

 よくよく思い出してみると、新兵訓練所に入学した時と卒業した時で性格が変わっている者がいた。

 軍に適応した結果だろう。

 逆に暴力的な性格を演じれば耐性を高められるのではないだろうか。

 ロイドはアルカを見つめた。

 流石に娘に暴力的な性格を演じろとは言えない。

 もう少しマイルドな表現が必要だ。

「そうだな。自分が理想とする人物を演じてみるのはどうだろう?」

「……お父さんみたいになりたい」

「そいつは光栄だな。けど、理想はもっと高く持った方がいいんじゃないか?」

「……む」

 アルカは小さく呻いた。

 交友範囲が狭いので、参考にする人物が思い浮かばないのかも知れない。

「難しく考える必要はないさ。たとえば物語の主人公でもいいし、神話の英雄でもいい」

「……とても難しい」

 アルカは難しそうに眉根を寄せる。

「まあ、なりたい自分でも構わないさ」

「……なるほど」

 アルカは神妙な面持ちで頷いた。



 翌日、ロイドが詰め所で書類を整理していると、レイモンドが近づいてきた。

 アルカが作り直したお守りを首から提げている。

「なあ、ロイド。お前、アルカちゃんに何か言ったか?」

「藪から棒にどうしたんだ?」

 意味が分からずに問い返すと、レイモンドはバツが悪そうに頭を掻いた。

「巡回していたら、アルカちゃんに兵士っぽい言葉遣いを教えてくれって言われたんだ」

「それでどうしたんだ?」

「そりゃ、まあ、教えたさ。アルカちゃんには命を救われたからな。お守りをもらってから悪夢を見なくなったし、アルカ様々だよ」

 う~ん、とロイドは唸った。

 実際、お守りのお陰で命を救われているのだが、何でもかんでも結びつけるのは止めて欲しい。

「アルカを教祖に据えて宗教団体を立ち上げたりしないでくれよ」

「そいつはいいな! アルカちゃんは神秘的な所があるから流行るぞ!」

 どうやら、レイモンドはアルカが神秘的に見えるようだ。

「で、どんな言葉を教えたんだ?」

「タマをつぶ――」

「お前は俺の娘に何を教えてるんだ!」

 立ち上がって叫ぶ。

「怒るなよ。俺だって馬鹿じゃない。普段は使うべきじゃないと注意したさ」

「子どもに分別があると思うのか?」

 イスに座り、溜息を吐く。

「その時はお前が叱ってやれ。俺は汚い言葉や暴力との付き合い方を教えるのも親の仕事だと思う」

「一理あるとは思うが、お前が言うなって気持ちの方が強いな」

 自分が汚い言葉を教えたくせに叱るのは親の仕事なんて身勝手にも程がある。

 きっと、叱ったらレイモンドは優しいおじちゃんを演じるのだろう。

「他には?」

「沢山教えたからな」

 レイモンドは腕を組んで言った。

「まあ、俺達が敵を罵倒する時に使ってた言葉を教えれば問題ない」

「大ありだ。ったく、どうして、そんな言葉を知りたがるんだ?」

「お前が言ったからじゃないのか?」

 は? とロイドは聞き返した。

「俺は乱暴な言葉を覚えろなんて言ってないぞ?」

「けど、自分が理想とする人物云々とは言ったんだろ?」

 レイモンドはドヤ顔で言った。

 イラッとする顔だ。

 二十年来の親友でなければぶん殴っている。

「そんなつもりで言ったんじゃない」

「俺に言うなよ。まあ、アルカちゃんが言うにはなりたい自分を考えているんだと」

 暗澹たる気分で溜息を吐く。

「あ、隊長!」

「リッキー、何か用か?」

 巡回を終えたのか、リッキーがやって来た。

「街を巡回してたら、髪の真っ白な女の子を見たんです。きっと、あれはレイモンド副隊長の手を引いてた生霊の本体ですよ! うちの婆ちゃんは霊感が強かったんですけど、それが遺伝しているとはびっくりです! しかも、話しかけられて二度びっくりです!」

 俺の娘を生霊呼ばわりか、とロイドは溜息を吐いた。

「おい、リッキー。お前が見たのは生霊じゃない」

 レイモンドは強い口調で言った。

「あの方は女神様だ」

「おい!」

 ロイドは突っ込んだ。

「道理で浮き世離れしているはずです。きっと、高等な神霊に違いありません。」

「おお、見る目があるな」

 レイモンドとリッキーは力強く握手を交わした。

 お前らヤクでも決めているのかと突っ込みたかったが、どういう訳か、気力が湧いてこない。

「……レイモンド、誤解を招くような言い方をするな。リッキー、お前が見たのは俺の娘だ。生身の人間だぞ」

「三度びっくりです」

 将来、こいつがロックウェルの治安維持を担うのか、と溜息を吐く。

 意外なほど長い溜息で出た。

「で、何て話しかけられたんだ?」

「兵士っぽい言葉遣いを教えてくれと言われましたので、タマをつ――」

「お前ら、タマが好きだな!」

 ロイドは声を荒らげた。

 詰め所にいた部下達が一斉に視線を向けてきた。

 だが、しばらくすると興味をなくしたらしく自分の仕事に戻った。

「他には?」

「尻の穴に石突きをぶち込むぞ、です」

 ロイドは両手で顔を覆った。

 住人に愛される衛兵隊になるために使ってはいけない言葉を決めるべきかも知れない。



 ロイドは一日の仕事を終え、重い足取りで家路を辿る。

 レイモンドとリッキーがアルカに教えた言葉は軍人としてはともかく、父親としては容認しがたいものだった。

 教育のためとは言え、アルカを叱らなければならない。

 その事実が重くのし掛かる。

「……ただいま」

「あなた、お帰りなさい」

 家に入ると、ローラが食堂からひょっこりと顔を出した。

 テンが足下をうろちょろしている。

「すぐにご飯の準備をするわね」

 ローラはそう言って顔を引っ込める。

 ロイドは尻尾を振りながら近づいてきたテンの頭を軽く撫でる。

 制服のボタンを外しながら食堂に入ると、アルカは自分の席でカップを傾けていた。

 さて、どう切り出すべきか。思案しながら自分の席に着く。

「……お帰りなさい」

 アルカはカップを口から離した。

 口の周りが白くなっているので、温めた牛乳を飲んでいたのだろう。

「アルカ、今日は訓練をしたのかな?」

「……今日はしてない」

 いや、訓練じゃなくて、とロイドは心の中で自分に突っ込む。

「そ、そうなのか。実はレイモンドとリッキーが街でアルカに話しかけられたと言っててな。お父さんは少し心配だったんだ」

「……取材をしていた」

 取材、と口の中で呟く。

 これほど六歳児に似合わない言葉があるだろうか。

 三十六年生きているが、ロイドは取材の経験などない。

 精々、聞き込みくらいだ。

「あ、そうなのか」

「お待たせ」

 何と言えばいいのか考えていると、ローラが料理をテーブルに置いた。

 そのまま自分の席に座る。

「今日のスープは具が大きいな」

「アルカが切ってくれたのよ」

 そうか、とロイドはアルカが切った野菜を口に運ぶ。

「ところで、何の取材なんだ?」

「……真に迫った演技をするには取材が不可欠だと思う。即ち、メソッド演技法」

 何を言っているのか分からない。

 ロイドが救いを求めて視線を向けると、ローラは小刻みに首を横に振った。

 どうやら、ローラも意味を分かっていないようだ。

「……設定を煮詰めてくる」

 アルカはテンを抱き上げると食堂を出て行った。

「あなた、アルカに何を言ったの?」

「なりたい自分を演じるようにアドバイスしたんだが……」

「どうして、それで取材と演技の練習を始めるのかしら?」

 ローラが深々と溜息を吐いたその時、二階から声が聞こえてきた。

 いつもよりかなり低い声だ。

「発声練習かしら?」

「俺に聞かれても」

 顔を見合わせて溜息を吐く。

「アルカが目指してるのは軍人よね?」

「ああ、そのはずだ」

 アルカなりに考えているのだろうが、見当違いの努力をしているような気がする。

 と言うか、予想の斜め上を行かれた。



 翌日、ロイドが部下と共に巡回していると、アーネストと出くわした。

 誘拐事件の事後処理で顔を合わせたきりだから、一ヶ月ぶりになるだろう。

「アルカのお父さん」

「ああ、アーネスト君か。どうだい、あれから?」

 アーネストは困ったように眉根を寄せた。

「戦闘訓練の時間になると泣き出す子がいて、元通りになるには時間が掛かりそうです」

「アーネスト君はどうだい?」

「僕はアルカが守ってくれたから大丈夫です。本当は僕がアルカを守らなきゃ行けなかったんですけど……いつか守れるようになりたいな」

 アーネストは照れ臭そうに微笑むと手の平を見下ろした。

 そこには無数のたこがある。

 自分の無力さを痛感して強くなろうとしているのだろう。

 大丈夫だ。

 きっと、彼は強くなる。

「そう言えば、アルカはどうしたんですか?」

「どうしたって?」

 とても嫌な予感がした。

「あの、言っていいのかな? 昨日、アルカがうちに遊びに来たんです。それでうちのメイドをじっと見てて……理由を聞いたら取材だって」

「迷惑だったかな?」

「いえ、凄くウケがいいです。礼儀正しくて、可愛いって」

 アルカは僕と同類だと思ったのに、とアーネストは小さく呟いた。

「メモを取ったり、メイドの着ている服をスケッチしたり、アルカは凄いです。僕も頑張らないと」

 アーネストは拳を握り締めた。

「ところで、アルカは何を目指しているんですか?」

「……軍人」

 ボソリと呟くと、アーネストは驚いたように目を見開いた。

「ああ、お母さんみたいな護衛騎士を目指しているんですね。そっか、アルカは今から将来のことを考えてるんだ」

 アーネストは寂しそうに言った。

 ロイドに本当のことを伝える勇気はなかった。

 勘違いにせよ、一人の少年に刺激を与えているのだ。

「じゃあ、僕はこれで」

 アーネストはそう言って走り出した。

 頑張るぞ! と拳を突き上げる姿は――名状しがたかった。

「……人間は自分でも気付かない内に他人に影響を与えているんだな」

 ロイドは空を見上げ、しみじみと呟いた。



 一週間後――アルカが何かやらかすんじゃないかと心配していたが、結果から言えば杞憂に終わった。

 取材と発声練習を優先するあまり武術の訓練を疎かにしているのはご愛敬と言うべきか。

 武術の訓練はどうするつもりなんだろう? とロイドはベッドの中で考える。

 もう一眠りしてから考えるかと目を閉じたその時、扉の開く音が聞こえた。

 ローラが起こしにきたのだろうか。


「イエーーイ! 父さん! 朝だぜ! 起きろ!」


 ボン! と腹部に衝撃。

「おわッ!」

 びっくりして体を起こすと、誰か――アルカがベッドから転がり落ちた。

 とても痛々しい音が響いた。

「痛ぇぇぇぇぇッ!」

 アルカは体を起こし、床の上で胡座を組んだ。

 ロイドはポカンと口を開け、アルカを見つめた。

「父さん、アホみたいに口を開けてどうしたんだよ?」

「あ……」

 アルカは立ち上がり、後頭部に触れた。

「うおっ! たんこぶができてる!」

「え?」

 理解が追いつかない。

 ここは自分の家で、目の前にいるのはアルカのはずだ。

 白髪、黒瞳、顔立ちもアルカそのものだ。

 ただ、いつもより声が低く、目付きがシャープになっていた。

「アルカ、さんですか?」

「当たり前じゃん。こ~んな可愛い娘が二人といる訳ないじゃん?」

 自分は夢を見ているのだろうか。

 それとも、今までのことが夢だったのだろうか。

 分からない。

「さっさと起きて、訓練を開始しようぜ!」

 アルカはそう言って拳を二度、三度と突き出した。

「待て、アルカ」

「そりゃ、待つけど」

 アルカは困惑したように眉根を寄せた。

「その言葉遣いは? ああ、いや、いつものように話してくれ。混乱してるんだ」

 突然、アルカの表情が変化する。

 まるで人形になってしまったかのような変化だ。

 変身といっても過言ではない。

「……取材の結果。少し待って欲しい」

 アルカは寝室から出て行き、分厚い紙の束を抱き締めて戻ってきた。

 ベッドに歩み寄ると、紙の束をロイドの太股に置く。

「……理想の私、第一案」

「やけに分厚いな」

 紙を捲り、目眩を覚えた。

 そこには詳細に作り込まれた設定が記載されていた。

 話し方から行動のパターンまで書かれている。

 ふてぶてしく笑うイラストまである。

「……次、第二案」

「こっちも分厚いな」

 紙を捲り、小さく呻く。

 第一案と同じく詳細な設定が記載されている。

 眼鏡を掛けたメイドのイラストがあった。

「……第一案は悪人になりきれない不良娘、第二案は淡々と仕事をこなす怜悧なメイドという設定。メイドは小道具の眼鏡とスキルが足りていないので、しばらくは使わない」

「こういう意味で言ったんじゃないんだが」

 予想の斜め上どころか、天井を突き破られた。

「……この設定で頑張りたいと思う」

「いや、ああいう話し方はどうかと思う」

 アルカはページを捲り、ある部分を指差した。

「……第一案はちょっと乱暴な言葉遣いをしながら父親を尊敬しているという設定を盛り込んである。第二案は甲斐甲斐しく尽くすという設定。スキル関係は実際に身に付くか分からないので、仮としておいた」

「ああ、そうなのか」

 何と言えばいいのだろう。

 世の父親はこんな難題を乗り越えているのだろうか。

 軌道修正を図るのは容易ではない。

「それにしても、アルカは流暢に話せたんだな」

「……む」

 アルカは小さく呻き、考え込むように押し黙った。

「私は話すことが苦手な訳ではない。色々と考え込んだ結果として会話をする時にタイムラグが生じる。お父さんやお母さんに心配を掛けて申し訳ないと思うけれど、大目に見てくれるとありがたい」

 アルカは流暢な言葉遣いで言った。

「……という訳で再開する」

 アルカは目を閉じる。

 そして、再び目を開くと、雰囲気が一変していた。

「イエーイ! つー訳で、テンと一緒に走り込みに行ってくるぜ!」

「その『イエーイ』は何なんだ?」

「多分、魂の叫びみたいな感じじゃね? 考えるな! 感じろ! ヒャッハー!」

 アルカは寝室を飛び出した。

 廊下で待っていたテンを抱き上げ、バタバタと階段を下りる。

 ロイドはこめかみを押さえながら食堂に向かった。

 食堂に入ると、ローラがテーブルに食事を置いていた。

「二日酔いの朝みたいな顔をしてるわよ」

「アルカがイエーイって言いながらベッドにダイブしてきたんだ。心臓が止まるかと思ったよ」

 自分の席に座り、深々と溜息を吐く。

「元気なのはいいんだけど、ああいう元気のよさは考えものよね」

「はっちゃけ過ぎだろう」

 夫婦揃って溜息を吐いた。

 数分後、二人は息も絶え絶えになって戻ってきたアルカを見つめ、再び溜息を吐くのだった。

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