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第2話『アーネスト・エルウェイ』



 アルカはベッドの上から窓を見つめた。

 鳥がコツ、コツと嘴でガラスを突いている。

 鳥葬の予約ならば遠慮したい。

 そんなことを考えながら睨み付けると、鳥は甲高い声で鳴いて窓辺から飛び立った。

 反対側を見ると、そこには子どもの頭があった。

 髪の色はブラウン。

 猫っ毛と言うのだろうか、細くて柔らかそうだ。

 子ども――アーネスト・エルウェイは床に座り、本を読んでいる。

 アルカの部屋にある本ではなく、彼が自分で持ち込んだものだ。

 この一週間、彼はアルカの部屋に入り浸っている。

 どうして、他人の部屋に我が物顔で居座っているのか理解に苦しむ。

 頭を小突いてやろうと思ったが、両手は包帯でグルグル巻きになっている。

 残念ながら頭を小突くのは断念せざるを得ない。

 仕方がないので、肘を軽く振り下ろした。

「痛ッ!」

 アーネストは驚いたように飛び上がり、アルカに向き直った。

「どうかしたの?」

「……何故、貴方がここにいるのか理解できない」

「そりゃあ、見舞いに来たんだよ」

 アルカが問い掛けると、アーネストは答えた。

 目がちょっと泳いでいる。

 見舞いは建前だろう。

 本心は分からない。

 彼は行政官の息子だ。

 自分の家に戻れば充実した環境で本を読めるはずだ。

「……」

「えっと、家は居心地が悪いんだ」

 見つめていると、アーネストはバツが悪そうに言った。

「母さんがね、うるさいんだよ。学校から帰ると、勉強しろとか、剣術や馬術の稽古をしろとかね。正直、体を動かすのはあまり得意じゃないんだ」

 アーネストは僕の体を見れば分かるだろと言わんばかりに腕を広げた。

 確かにポッチャリしているので、運動が得意には見えない。

「……」

「ごめん。嘘を吐いた。僕は運動が苦手なんだ。読書は好きだけど、母さんはもっと難しい本を読めって言うんだ。詩は心を豊かにしてくれるとか言うけど、僕は六歳だよ? 詩集なんて読んでも理解できないよ」

 黙っていれば本当か、嘘かなんて分からないのにどうして白状するのか。

「友達と遊べばいい」

「友達? 友達だって? 僕に友達がいるように見えるのかい? ああ、ごめん。アルカは友達だよ。たった一人の友達だ」

 いつの間にか友達認定されていた。

 この自分勝手さがあれば友達くらいできそうなものだが、世の中は上手くいかないらしい。

「ひょっとして迷惑だった?」

「……迷惑ではない」

 正直に言えば迷惑だったが、彼には借りがある。

 ついでに言えば気分も良かった。

 しばらく前世の夢を見ていない。

「……あの二人は?」

「あれは同じ学校に通っているだけで友達じゃないよ」

 アーネストはムッとしたように言った。

「学校?」

「えっと、アルカは行ってないんだっけ?」

「行ってない」

 読み書きや算数は母親から教わった。

 と言うか、母親か、父親が勉強を教えるものとばかり思っていた。

「そっか、アルカは精霊術を使えないんだ」

「何故、分かる?」

「才能のある貴族の子どもは学校で精霊術を勉強するんだよ。父さんは小さい頃から精霊術に慣れ親しむことで才能を伸ばすとか言ってたかな?」

 なるほど、とアルカは頷いた。

 この国はキ●ガイに刃物を持たせることを推奨しているらしい。

「アーネストは精霊術を使える?」

「一応ね」

 アーネストが人差し指を上に向けると、緑の光が人差し指を中心に渦巻く。

「風?」

「……風なんだよ」

 緑の光が霧散する。

「火は燃やせるし、水は氷を作り出せる。土は色々な使い方ができるけど、風なんて操れたって何にもならないよ。精々、火を煽るくらいさ。これくらいしか役に立たないのに将来は軍人になることが決まってるんだ。嫌になるよ」

 不遇職というヤツだろうか。

 アーネストとJの力関係はこういう所に起因しているのかも知れない。

「精霊術には属性の相性がある?」

「もちろんだよ」

「おかしい。現実はゲームではない」

「え?」

 アーネストは不思議そうに首を傾げた。

 アルカはプルプルと頭を振った。

 どうやら、かなり深刻に汚染されているようだ。

 自分の思考が本当に自分のものか信じられない。

「大丈夫?」

「問題ない。火は風で消せる。水は風で吹き散らせる。土は風で浸食できる」

「でも、火は水で消せるよ」

「燎原の火にコップ一杯の水を掛けても意味はない」

 む、とアルカは天井を見上げた。

 活字が規則正しく並んでいる状態を維持し、活字がなくなった時に補填することが精霊の役割ならば精霊術をぶつけ合うとはどのような意味を持つのか。

 単純に考えれば活字をぶつけ合うことだ。

 ぶつかった活字同士は消えると仮定すれば大量に活字を生み出した方が勝つのではないか。

「アルカ、どうしたの?」

「精霊術がぶつかりあった時、より多くの精霊を動かした方が勝つと思われる」

「どうして、アルカにそんなことが分かるの?」

「これはあくまで考察、検証が必要となる」

 う~ん、とアーネストは唸った。

「じっけ……もとい、検証に協力して欲しい」

「僕にメリットがないような気がする」

「避難場所を貸している」

「迷惑じゃないって言ったのに?」

 アーネストは驚いたように目を見開いた。

「あれは社交辞令、実は迷惑だった」

「あんまりだ!」

 アーネストは涙目で叫んだ。

「私の手は貴方を助けたせいでこんなことになった。誠意を見せて欲しい」

「誠意?」

 嫌な顔をされた。

 エルウェイ卿の教育は素晴らしい。

 誠意を求めてくる相手が必ずしも誠意ある人物ではないと教えているのだろう。

「安心して欲しい。実験に協力してくれればそれ以上は求めない。反故にもしない。契約はとても大事」

 債務者を地獄に突き落としたりもするが、これはアーネストに言うべきではない。

「分かったよ。どうすればいいの?」

「将来、貴方は苦労すると思う」

「どうして、そんなことを言うの?」

 アーネストは悲しげな表情を浮かべた。

「取り敢えず、今より多くの精霊に働きかけるようにする」

「……分かった」

 アーネストが人差し指を立てると、緑の光が渦を巻き始めた。

 だが、緑の光は一定以上増えない。

「どうやって精霊を呼んでいる?」

「え? ほら、適当に来いって……どうして、そんな顔をするんだい?」

 む、とアルカは手で口を押さえた。

「力を借りる側がその態度はない。もう少しへりくだるべき」

 アーネストは今一つ理解していないようだ。

 もしかしたら、精霊が神の後継者である人間に力を貸すのは当然と思っているのかも知れない。

「……お願いします、力を貸して下さい」

 アーネストがそう言うと、緑の光が増える。

「本当に増えた」

「精霊はちょろい。次は頭を下げる」

「精霊様、精霊様、どうか力を貸して下さい」

 調子に乗ったのか、アーネストはその場に跪いて頭を垂れた。

 だが、緑の光はそれ以上増えない。

「増えないよ?」

「へりくだりすぎてお調子者と思われたのかも知れない」

「精霊さん、どうか力を貸して下さい」

「仲間を呼んで貰う」

「友達を誘ってくれると嬉しいです」

 アーネストがお願いすると、緑の光が少し増えた。

 どうやら、精霊は胡散臭いと思われない程度に礼儀を弁えると呼びかけに応じてくれるらしい。

「あとはどうするの?」

「できるだけ頻繁に呼ぶと効果的かも知れない」

 アルカは自分の手を見つめた。

 できれば詳細な情報を残しておきたかったが、ペンを持てないのでは仕方がない。

「実験の内容は秘密にして欲しい」

「二人だけの秘密だね」

 恥ずかしいのか、アーネストの頬は紅潮していた。

「この知識を独占しておけば将来役に立つかも知れない」

「あ、そうなんだ」

 アーネストはがっくりと頭を垂れた。



 さらに一週間後、アルカはベッドの上から窓を見ていた。

 鳥がコツ、コツと嘴でガラスを突いている。

 窓を開けて撫でてやると、鳥は甲高い声で鳴いて飛び立った。

 次に来る時は餌をあげよう。

 そんなことを考えつつ振り返ると、緑の光がアーネストを中心に渦巻いていた。

「どうだい?」

「……鬱陶しい」

 素直に感想を言うと、緑の光が消えた。

 アーネストはちょっと不満そうだ。

「もっと誉めてくれてもいいんじゃない? たった一週間でこれだけの精霊が応えてくれるようになったんだよ?」

「……おめでとう」

 やはり、アーネストは不満そうだ。

「明日は模擬戦闘なんだ。これだけの力があれば一番になれる。あの二人を赤ん坊みたいに泣かせてやる。誰も僕に逆らえないぞ」

 模擬とは言え、六歳の子どもに戦闘行為をさせるのはどうなのだろう。

 この国はキ●ガイに刃物を持たせるだけではなく、人殺しの仕方まで教えている。

「アルカ、何か言ってよ」

「……私は自分の好奇心を満たすためにアーネストをダメ人間にしてしまった。とても申し訳ないことをしたと思っている」

 ペコリと頭を下げる。

 この国がキ●ガイに刃物を持たせ、人殺しの仕方を教えているのだとしたら、自分は純朴な子どもをキ●ガイに変えてしまった。

 それも好奇心を満たすために。

「どうして、そんなことを言うんだよ」

「……自分が間違ったことをしたと思ったから謝った。エルウェイ卿にも申し訳ないことをしたと思っている」

 アーネストは自分の変化に気付いていないようだ。子どもは自分を客観視できない生き物なのかも知れない。

「僕は強くなったんだよ?」

「……それは精霊の力」

「僕の力だよ!」

 アーネストは苛立ったように声を荒らげた。

 ちょっと怖い。

 猛獣の檻に放り込まれたような気分だが、責任を取らねばならない。

「……違う。アーネスト・エルウェイは運動が苦手で、詩集を理解できない子どもに過ぎない」

「アルカは僕のことが羨ましいんだ。だって、アルカは精霊術を使えないんだもの」

 言い過ぎてしまったと後悔しているのか、アーネストは気まずそうに顔を背けた。

「……貴方は大して努力もせずに手に入れた力を自分の物だと思っている」

「努力したよ」

 アーネストの声は弱々しい。

「アルカは僕にずっとイジメられていろって言うの?」

「……違う。イジメる側に回って欲しくない。貴方の選択はとても残念」

 とても残念、と繰り返す。

 ああ、そうだ。

 残念なのだ。

 あの公園で自分を助けてくれた男の子はいなくなってしまった。

 それがとても残念だ。

「もういいよ。僕はこの力で仕返しするんだ」

「……とても残念」

 アーネストは唇を噛み締めて部屋を出て行った。

 ふと彼は誉めて欲しかったのではないかと思った。

 だが、今更だ。

 友情は失われてしまった。

 そんなことを考えていると、母親が部屋に入ってきた。

 結構、アーネストが大きな声を出していたので、心配で見に来たのかもしれない。

「アルカ、どうかしたの?」

「……喧嘩をした」

 あらあら、と母親はベッドに腰を下ろした。

「どうして、喧嘩なんかしたの?」

「……アーネストが増長していたので、とても残念だと言った。けれど、もう少し彼の気持ちを理解する努力をすべきだったかも知れない」

「大丈夫よ」

 母親は笑いながら言った。

 アルカは首を傾げた。

 どうして、そんな風に他人を信じられるのか理解できない。

「アーネスト君は人の話を聞ける子だと思うの。今は頭に血が上ってるけど、自分が間違ってるって気付くわよ」

「……楽観的」

 母親はクスクスと笑った。

 こんなことを言われて笑える神経を理解できない。

 普通はもっと怒るものではないだろうか。

「だったら、謝ってくればいいんじゃない?」

「……それはできない」

「じゃ、信じて待ってるしかないわね」

 母親はそう言って部屋から出て行った。



 翌日、アルカは鳥を撫でていた。

 鳥は警戒心が強い生き物だと思っていたが、パンをやるとすぐに懐いた。

「……所詮、鳥」

 言葉を理解しているのか、鳥はアルカを睨み付けてきた。

 何処となく不満そうな目をしている。

「……申し訳ない」

 頭を下げると、鳥は分かればいいんだよとでも言うように前を向いた。

 眉間がチリチリと痛んだ。

「……もう行く?」

 鳥は嘴でパンを挟むと飛び立っていった。

 意外に頭がいいのかも知れない。

 アルカは窓を閉めるとベッドに座った。

 アーネストのことが少しだけ気になったが、忠告はしたのだ。

 それで道を踏み外してしまうのならば仕方がない。

 扉の開く音が響く。

 反射的に扉の方を見ると、アーネストがバツの悪そうな表情を浮かべて立っていた。

「アルカ、話したいことがあるんだ」

「……入って」

 アーネストはベッドのすぐ近くに立ち、もじもじしている。

「……模擬戦闘には勝った?」

「あ、うん、勝ったよ」

 アーネストは歯切れが悪い。

「……どうだった?」

「圧勝した。模擬戦闘の時は先生達が精霊の力を弱める結界を張るんだけど、風で吹き飛ばしちゃって、赤ん坊みたいに泣かれた」

「……すっきりした?」

 アルカが尋ねると、アーネストは力なく首を振った。

 バツの悪そうな表情や歯切れの悪さを見ればすっきりしていないことくらい分かる。

「最初はさ、いい気味だと思ったんだ。あいつは僕を馬鹿にしてたから、当然の報いだと思ったんだ」

 でも、とアーネストは続ける。

「あいつが泣いているのを見てたら、胸がもやもやしたんだ。アルカが言いたかったのはこういうことなんだって思った」

 アーネストは忙しなく視線を動かしている。

「ごめん。僕が間違ってたよ」

「……分かってくれればいい」

 母親は楽観的な性格だと思ったが、自分より人を見る目があったということだろう。

「アルカ、僕達は友達だよね?」

「……友達」

 安心したのか、アーネストは胸を撫で下ろした。

 こうして、アルカ・サーベラスとアーネスト・エルウェイは友達になった。

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