人間と猫族と妖怪族・2
6月27日━━今日は闇谷市の猫族による会合が予定されていた。
もちろんエレオノールも出席するよう言われてはいたが、なにしろ気ままな猫族である、いざその時に寝ていたりして欠席する者などは毎回必ずいた。
エレオノール自身も、何度か忘れたことがある。
別に、出なかったからといってペナルティがあるわけでもなかったので、出欠は完全に各々の判断に任されている。
時間は夕方頃だったので、こんな朝方から気にかけていても仕方なく、エレオノールはとりあえずご飯が欲しいと思ったので園山田婦人におねだりした。
今日の朝食は高級カリカリにしっとり貝柱を添えたものだった。この味のドライフードはなかなか味わえず、これも園山田家を訪れる楽しみの一つなのだ。
「ごちそうさまにゃ、もう、行きますにゃ」
「あらぁ、もう帰っちゃうの?残念だわぁ。またすぐに、いつでもいいから来てちょうだいね」
一家全員がエレオノールのファンである園山田婦人は、本当に残念そうに送り出してくれた。
「はい、また来ますにゃ」
その一言に救われたように、園山田婦人が笑顔になった。
♪♪♪♪♪
商店街のほうへ向かう途中、今日も今日とて試供品を配る、洋菓子店勤務の妖怪・ネバゲロン氏の姿があった。
「あ、そ〜れ、本日は店主の失敗作をさらしに来たよ!めったに見れない、失敗作だよ。遠慮なさらず、お食べよ、お食べよ」
失敗作と明言したものを配る神経がわからない。
あるいは、神経そのものがないのか。
そこへ通りかかったのは、サラリーマンの男性だった。朝食を食べていなかったのか、ネバゲロン氏を見つけると物欲しそうに寄って行った。
「さあ、どうぞ。お食べよ」
故意になのか、失敗作という説明を省いて、ネバゲロン氏が2センチ角のチョコレートみたいな物体を手渡した。
「おっ、サンキュー」
男性はさっそくそれを口に放り込み━━。
「ぶっほぉぉぉっ!」
物凄い勢いで吐き出した。
「まっっっずぅぅぅ・・・くっさ!うわ、クサいなにこれ!」
ごしごしと口元をぬぐっても、その臭いは取れなかった。いわく、なんとも形容しがたい腐敗物の味だったとか。
そして今回も男性が吐き出したチョコレートみたいな物体は、ネバゲロン氏の呼吸器穴にめり込んでいた。
玉虫色の肌に青系の色が増えていき、なんだかプルプル振動している。
「これは・・・この臭いは強烈至極。まさしく地獄!こりゃあまいった観念した!」
そのまま小一時間ほど、ネバゲロン氏はプルプルしながら突っ立っていたのだとか。
もちろん、エレオノールにとってはどうでもいい出来事だった。
♪♪♪♪♪
商店街まで来ると、開店前の店や、すでに開店している店先に多くの人や妖怪の姿があった。
妖怪族はその大半がアルバイトになる。中には店主をしているような者もいたが、ほとんどの妖怪にそれほどの能力はなかった。端的に言って、向いていないのだ。
ゲームセンター"じょんそん"の店長が大きなビニール袋を3つも持って作業している。小さなアームのクレーンキャッチャーのマシンの中に、袋の中のクジ券を大量に投入する。なにやら貼り紙をして、奥に引っ込んだ。
貼り紙には『一等 プレイステージVR96』『二等 四次元プラズマテレビ"ネオアース"16V型』『三等 超合金ハリガネムシマン』などと書かれている。
なかなかに豪華なラインナップだ。
事務室では、それについて質問する妖怪の姿があった。
「テンチョ、あの、あたらしく入ったクジ券キャッチャー、景品豪華でーすねー」
まん丸胴体に1メートル弱の首、その上に鉄球にも似た頭部が乗った妖怪のヤッチ氏が言う。
「ああ、あれなぁ。そうなんだよ、景品めっちゃがんばったからさぁ、一回百円だろ?元取るだけでも大変だから、実は当たりクジ入れてないんだよね」と、店長のマルヨツがぶっちゃける。
「ええーっ!それってインチキじゃなーいのー。最近流行りだした大昔の"ユーチューバ"が来たら、どうするんでーすかー」
「ああ、それね。金持ちの道楽息子が大昔に流行ったやつを真似てるって、アレでしょ?本当に当たりが入っているのか、買い占めて検証するってやつ」
「そうでーすよー。テンチョ、インチキ野郎として警察に突き出されまーすよー」
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと当たりクジはあるから、そのチュパカブラが来たら、クジ券補充で当たりクジ全部入れるからさ」
「なーるほどー、さすがテンチョ。チュパカブラ並に小賢しいでーすねー」
「はっはっは、誉めたってボーナスしか出ないぞ」
「ああん、テンチョ、愛してまーすよー」
そんな店員たちの秘密の会話も、声量がでかすぎて外まで漏れ聞こえていたが、薄暗い店内でそれを聞くものはいなかった。
現時点での唯一の客━━開店と同時に入店し、新作の4D格闘ゲームをプレイする喪毛山ガブリエル14世くんはプレイ画面に集中していたし。
「うぬおおおーっ、くそったれジーザスてめこの淫猥な顔面しくさってコンボ決めてんじゃねーぞオラぁぁぁっ!」
ガガガガガ、と、レバーもボタンも乱暴に操作する。あまりに激しいので、筐体が揺れている。
「おのれこの下等なCPUごときがこの崇高なる高貴な伝説のぼくちゃんはブチ切れ寸前全然前世で悪いことしてねーのになんでこんな目に合うんだクソまったく技でねーぞなんだこの腐れクソゲーは誰が作ったんだマジコラ出てこいや土下座しろ感謝しろ崇拝しろやべやべやべやべなんで序盤のCPUがハメ技してくんだよああっもうっぶっちギレたわ捻り潰したるわああああーんっ!」
バキョッ、と嫌な音を立てて本日稼働を開始したばかりの筐体のレバーが根元から綺麗に折れてしまった。
「はんす!」
はんす、とか言って慌てて辺りを確認するガブリエル14世くん。誰も見ていないことがわかると、残りのクレジットなど忘れ一目散に走って逃げた。
ちなみにしっかり防犯カメラは作動していたので、ガブリエル14世くんの悪事はその日のうちにバレたのだった。
♪♪♪♪♪
優雅に歩くエレオノールのそばを、全速力で走り抜けた少年が角を折れて見えなくなった。それと入れ替わるようにしてやって来たのはイケメン猫族のゴマシロだった。愛らしい目がエレオノールの姿を捉えると、とことこ近づいて来た。
「エレノルちゃん、昨日マサシコが、おしり見てたよ」
「まあ、最低ですのにゃ。お魚屋さん、行けないにゃ」
「そうだ。聞いて。あのね、最近ゴンタの姿が見えないの。ゆくえふめーなの。テッチャンが、悪い人間に食べられたのかもって言うから、ぼく、心配なんだ」
ゴンタとは、そろそろ20年ほど生きている猫族のおじいちゃんで、とても頼りになる存在だった。
お食事をくださる人間に口利きしてくれたり、妖怪族との仲を取り持ってくれたりする、みんなの親分なのだ。
ちなみにテッチャンとは銭湯を営む柴田さんちの家猫族で、情報通な一面があった。絶えず訪れるお客さんから、いろんな情報が入るのだろう。
「それでね、だからぼく、探しに行こうと思うんだ」
「ゴンタを探すのかにゃ?でも、どこにいるのか、わかるのかにゃん?」
「う〜ん、公園にいるのかも」
「公園にいるのかにゃ?」
「エレノルちゃんも、一緒に探してよ」
言われ、確かに暇は暇だったから、それもいいかなという気分になる。猫族においては、自分が次の瞬間、なにに興味を示すのかなんて、予想もできないことだった。
すっかりその気になったエレオノールは、ゴンタ探しに手を貸すことにした。「わかったにゃ、探すのにゃ」と、歩きだした。
「あ、待ってよエレノルちゃん」
ゴマシロも慌ててそのあとを追う。
みんながドン底公園と呼んでいる兎ノ底公園。
あちこちに並ぶダンボール製の住宅地でもある。大昔に存在したアウトバッカーズと呼ばれる屋外派の文化を愛好する人間が、このような公園に手作りの別荘を建てる遊びが流行していたのだ。休みの日にだけ訪れる家主もいれば、本格的に暮らしている人間もいる。そんな人たちがたくさんいた。
公園の景観を損ねるという批判もあったが、行政が取り締まることはなかった。一言、迷惑にならない程度に、との注意があったのみである。
「あそこのおじさんに、訊いてみようよ」
ゴマシロはダンボール家屋の屋根を補修している男性のもとへ向かった。エレオノールもついて行く。
「ねえねえ、おじさん、ゴンタしりませんか?」
手を止めたオヤジが、こちらを振り向く。
「ゴンタぁ?誰だっけそれ」
「しましまの、ゴンタです。しりませんか?」
「う〜ん、いやぁ、猫族さんは見てないねー」
「そうですか、さようなら」
それからしばらく、他の人間からも話を聞いたが、ゴンタに関する手がかりは一つも得られなかった。
疲れてしまったゴマシロは、ベンチの下に潜り込むと、そこで丸まってしまう。仕方なく、エレオノールもそこに並んで眠ることにした。コンクリの上で寝るなんて、ひさしぶりのことだった。
思いの外、ぐっすりと眠れて、辺りはもう日暮れの時間帯であったが、エレオノールもゴマシロも起きる気配がなかった。きっともうゴンタのことなど忘れているのだろう。
そして当然のごとく会合があることなんてすっかり失念していたので、この日、二人が出席することはなかった。
♪♪♪つづくにゃ♪♪♪




