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9.皇帝陛下の勘違い(中)

「ウィ~、お前が、ヒック、帝国皇帝、エッ、エルクってー、奴かよ?」


 赤ら顔でこっちを威圧してくる男を見て、エルクは何を間違えてこうなったのかと自問していた。


 

 ちょっと前から噂は聞こえていた。

 帝都に、随分と魔法の腕の立つ男が現れたらしい。

 体術にも剣術にも優れているらしい。

 噂になるくらいだから少しは気になるが、所詮は一個人の話。皇帝たる自分の肩には、何十万、何百万という帝国臣民が乗っているのだ。そんな噂に構っていられない。

 そう高をくくっていた結果が――これである。



 宮廷に侵入者を許していた。どう見ても酔っ払い。

 近衛は何をしているんだと文句を言いたくなるが、しかしさすがにこれは彼らの想定外だろう。

 まさか“災厄”レベルのことを一個人ができるなんて思いもしない。

 だけど、現にこの目の前の男は、一人で、千鳥足で、宮廷にあるもの(・・・・・・・)全て破壊しながら(・・・・・・・・)、皇帝の間に辿り着いた。

 今も彼は小部屋くらいの大きさの火の弾を両手でくるくると(もてあそ)んでいる。酔っ払って手元がおぼつかないので余計に危険極まりない。


「いいかぁ、俺は、ヒック、カイル=サーベルト様だぁ、ウィー、その、カイル様が帝都にいるのに、ゲエェーップ、なんでお前は、ヒック、挨拶にも、来ねえんだよ!」


 無茶苦茶だ、お前のことなんか知るかよ、だいたいなんで皇帝が挨拶にいかないといけないんだ。

 いくつか常識的な反論が思い浮かんで、そしてすぐに消える。どう考えても常識で対応できる人間ではない。


「陛下!!ご無事ですか!!」


 横合いから、聞き覚えのある声がした。帝国筆頭魔導師マロー。齢七十を越えてなお魔法の鍛錬と研究を欠かさず、個人では帝国――否、世界最強であってもおかしくない存在。

 そんな人が助けに来たにも関わらず――エルクは何故か全く安堵の気持ちが湧きあがって来なかった。


「この狼藉者がぁっ!覚悟せよ――うぼっ!?ぐほぁっ!!」


 何か魔法でしようとしたのだろう。

 そして圧倒的な魔法で返された。

 彼らほどの高みにいないエルクにはそれしか分からなかったが、今は何が起こったかよりも、その結果マローが倒れていて、カイルが無傷であるという事実が大事である。

 エルクは逃げ出したかったが、そうにもいかない理由もあった。


「陛下……」


 怯えた顔で隣にしゃがみこむのは、シーシャ。まさか彼女を置いて逃げ出すわけにもいかない。妻を置いて逃げ出した皇帝などと、末代までの恥だ。


(え――?)


 ふと、違和感。


(俺は、恥をかかないために(・・・・・・・・・)シーシャを見捨てないのか……?)


 何かが気になったが、今はそれどころではない。目の前にいる怪物をどう対処するかだ。


「あ、カイルと言ったか――な、何が望みだ?」


 我ながらダメな皇帝っぽい。

 とはいえこんな化物を相手に口を開くのだってこっちには大仕事なのだ。だけど相手はそんな事情を忖度してはくれなかった。


「ああん、その上から目線見たいな言い方、ヒック、気に食わねえ」


 言葉の使い方を間違えたか。

 だがこちらも一国の皇帝。そう簡単に媚びへつらうようなまねはできない――




 違う。

 また常識に縛られた。

 こいつ相手には、例えどんなに卑屈になろうとも、会話を成り立たせればそれだけで成功じゃないか。

 そう思った時には、エルクは吹き飛ばされていた。

 何をされたのかも分からない。ただ腕をぶん、と振っただけ。それだけで大の大人であるエルクが、宙に浮き、吹き飛ぶ。


「なんだ――こんな別嬪を後ろに隠してたのか――ウイッ」


 そして、カイルの視線の先には――シーシャがいた。


「今はまだちょっと小さいけど――もう少ししたらいい女になりそうだなあおい、なあ、こんな奴の所にいていないで、俺の所に来いよ」

「――そこにいる方は、立派で偉大なお方です。立場や肩書がではなく、人として。そのことは訂正させていただきますが――貴方がこれ以上、ここで乱暴を働かないでいてくださるなら、私はその条件に乗っても構いません」


 凜、と。

 エルクよりも遥かにしっかりした声が、響いた。

 その様子に驚いたのはエルクだけでなかったようで、カイルは口笛を吹いた。


「坊ちゃん皇帝陛下よりもよっぽど肝が据わってるね、ますます気に入ったぜヒック、よし決まりだ。俺の所に来い――ヒック」


 そう言ってシーシャの手を取り、肩に担ぐ。彼女はされるがままになっていた。


「ま――待てっ!お前は一国の皇妃を攫おうとしているのだぞ――それがどういう意味か、一国を敵に回すということだぞ!!」


 ここにきてようやく、エルクは我を取り戻し叫ぶ。

 それに対して、シーシャを肩に担いだカイルが、一瞬だけ真剣な目になってエルクを見た。


「――エルク、お前、この女のことそこまで大事に思っていないだろ?」

「――なっ!何を!」

「立場とか意味とか、ガタガタ言ってんじゃねえ。本当に大事な女なら、例え他の全てを犠牲にしても……も、ヴぉ、オえええええええええええ………」


 皇帝の間にぶちまけやがった。

 最後の最後までクソみたいな奴だった。

 そんなやつに皇妃を奪われ、なすすべもなく後ろ姿を見送る自分もまたクソ皇帝だな、とエルクは思った。

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