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6.皇帝陛下がやって来ました

 引越しから二日が過ぎた。

 住めば都という諺があるが、一日や二日過ごしただけでも人間の適応力というのはすごいもので、もう新しい生活に慣れてしまった気がする。もっとも、力を失ったという方の現実にはまだ全然適応できておらず、俺は一緒に住む美女たちの一挙手一投足にすらビクビク体を震わせているのだが、幸いなことにこれまで表立って彼女達から攻撃されることはなかった。まあ力をまだ持っていると思われているのだから当たり前かもしれないが。

 そんなことを考える俺の耳に、聞き覚えのある声が玄関から聞こえた。


「失礼、お邪魔してもよろしいかな!」


 その声を聞いた瞬間、俺の血の気が引く。

 できれば会いたくない――が、俺が隠居したときちんと理解してもらわねばならない相手でもある。

 俺は心の重さを悟られないようにしながら、顔を出した。


「や、やあカイル=サーベルト殿!新居への挨拶が遅れて申し訳ない!新しく用意させた住居は快適かな?何かあればすぐに対応するから遠慮なく言ってくれたまえ!」


 俺の年齢と大して変わらないが、凛々しい顔からは知性の高さと共に力の強さまでにじみ出て、更には高貴な生まれであることもきちんと感じさせる青年。

 エルク=ラウタボクリス。

 この国の、皇帝陛下だった。


 一国の皇帝陛下が先触れも伴も無くなんで急に来るんだよと言いたくなるがよく考えると俺が以前『先触れなんて面倒臭いことやらずに来るときは一人でとっとと来いよ!んで俺がいなかったら帰れ!』と言ったからなのだ。昔の俺、馬鹿野郎。なんか偉そうな相手を見るとその上に行ってみたいという不良中学生みたいな発想でした。マジ反省してます。


 とはいえ折角皇帝陛下と話せる機会ができたのだ、ひたすらヘコヘコし、靴を舐めて奴隷のような態度を取り、とにかく敵対する意志のないことをアピールしたい。そういう思いが湧き上がるが、しかしそれでは俺が力を失ったことがばれてしまう可能性がある。

 そうなってはお終いだ。あくまで力があることを装いつつ、俺は表舞台から姿を消さなければならない。何年か後に、皇帝陛下に『カイル?そういえばそんな奴いたな、今どこで何をしてるんだっけ?まあどうでもいいや』と思わせるのがベストなのである。そうなるように全力を尽くさねばならない。

 ――が、この皇帝陛下には特に恨まれている自信がある。もちろんこの世界に来てから大抵の人間には恨まれるようなことをしている自覚があるが、なんと言ってもこの人については――

 と、そこまで考えた時にタイミングよく背後から声が聞こえた。


「皇帝陛下、ご無沙汰しておりますね」


 綺麗な鈴のような澄んだ声はシーシャのものだが、今の俺はその声に心臓を掴まれたような気分になる。だって――


「おおシーシャ、久し振りだな。元気そうでなによりだ」

「陛下も」


 ――ここで会話している二人は、元・夫婦だったのだから。



 ダメだろう。

 皇帝陛下の眼前で皇妃様を拉致って。

 昔の俺、アホか。

 

 俺は昔のことを思い出して、心の中で毒づいた。

 今更になって後悔が湧きあがって来るがもうどうにもならない。テーブルを囲むのは俺とシーシャ、そしてエルク陛下だ。ラーニャとエミナはさすがに皇帝陛下と同じ席に座るのは慣れておらず、現在は別室待機である。

 三人とも和やかに笑っているようだが、少なくとも俺の腹は痛い。痛すぎる。力を失う前はこんな状況になっても何も思わなかったのに……


 シーシャを奪ったのは、一番調子に乗ってる時だった。

 与えられた力が思っているよりもずっとすごいみたいだということが徐々に分かってきたところで、おまけにこの世界に来て初めて酒も飲んでいた。気付いたら前後不覚だ。社会人失格。気が大きくなった俺は、自分が世界で一番偉い妄想に突き動かされて、宮廷乱入破壊拉致事件を起こしたわけだ。

 もうね――アホか。

 ホント、不良中学生か。いや不良中学生に失礼か。

 お前偉そうだな、って他人に絡んで家を放火した挙句、家人に乱暴、誘拐。

 あああああああああああああ恥ずかしいいいいいいいいいいいいいごめんなさいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!

 泣きそうになるが、泣いたところで不審に思われるだけだ。

 ――というか、この二人ってお互いのことをどう思っているんだろう?

 年の差はそこそこあるけど、元々夫婦仲も悪くなかったという噂だし、やっぱり今でも引き裂いた俺のことを恨んでいるんだろうか?

 そう考えると、俺のことを同じ理由で恨んでいる二人と一緒にいる今の状況最悪じゃね?

 恐怖なんて感情、転生してからほとんど忘れていたのにここにきて急に眠っていた脳細胞が生き返ったように何度もその感情が俺の元にやって来る。

 と、とにかく二人に俺が力を失ったことを悟らせてはいけない。

 俺はぎこちない笑みをなんとか浮かべながら、会話に入っていった。

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