49.魔王
心底動揺したような顔の魔王は、しかし同時に急速に状況を理解してきたようで、俺の質問にしどろもどろになりながらようやく返事をした。
「イ、イエス、アイ、キャン(は、話せます)」
「ウェア、アー、ユー、フロム?(どこ出身だ?)」
「アイム、フロム、ジャパン(日本です)」
「日本か、なら日本語で話そうぜ」
俺は数年ぶりに日本語を口に出した。中学生レベルの英語を続けないといけないかと思っていたから助かったぜ。
「あ、ああ……き、君ももしかして……」
「ああ、転生ボーナスは三年で終わりって言われたクチだ。悪いな、いきなり殴っちまって。談合してるところ、ばれたくなかったんだよ」
ただでさえ、竜王の背の上という、視認しにくい場所で、俺は今、相手の耳元に口を当てながら、首の周りに手をかけている。逆に魔王の口元も、俺と魔王の体に隠されて、誰にも見えない。つまり、遠くの人間には、ただ俺たちが組み合って膠着しているようにしか見えないはずだ。そして一緒に上ってきたシャルロッテは、竜王が受け損ねた四魔族からの攻撃を剣ではじいて俺を守ってくれるのに必死である。
「とりあえず、しばらくは喧嘩の演技だ。そして適当なタイミングで和睦の相談をしよう。あんたも力を失ってるんだし、それでいいだろう?」
「わ、わかった――」
俺の予想は当たった。魔王も俺とまったく同じ転生者であり、やはり三年目の日を迎え力を失っていたのだ。そして、そのことを周囲に悟られないようにしていた。それこそが、俺の感じた違和感の正体。魔王は、俺の見ている前で、一度たりともその力を使っていなかった。
それにしてもまさかお互い日本人とはな。やっぱりアメリカ人は異世界チート野郎ではなくアメコミヒーローに転生するんだろうか。まあ、そんなことはどうでもいい。
――これで、一世一代の賭けは、俺の勝ちだ。
* * * * *
遂にカイルと魔王との一騎打ちが始まった。エルク=ラウタボクリスは居ても立っても居られなくなり、魔族と戦いながらもその姿が見えるところまで進み出る。近くには、魔族の横槍からカイルを守ろうと、地上から魔法を発射する、マローの姿があった。
「おお!皇帝陛下、わしも長いこと生きてきましたが、まさかこんな戦場で、カイル師とともに戦う誉れをいただけるとは、感無量ですぞ!!」
嬉しそうにマローが言う。
「どうやらカイル師は全ての力を集中させねば魔王と戦えぬと判断したようでしてな、わしに、助太刀を頼んでくださったのですよ!!あのカイル師が!!ああ、なんという名誉でしょうかな!!」
そう言いながらも、的確に竜王の周囲を飛び回る魔族たちに魔法を撃ち、竜王の背で戦うカイルに対する攻撃を許さない。また竜王の背には、剣と盾でカイルを守るシャルロッテの姿もあった。
二人と竜王が余計な敵を抑えているおかげで、カイルは魔王との戦いに専念できるのだ。エルクは目を細め、竜王の背で戦う救世の英雄の姿を見た。あのカイルが本気を出した戦いというからには、到底肉眼で捉えられないものかと思っていたが、意外にも、その姿ははっきりと見ることができた。
「しかし、あれは、まるで素人の喧嘩のような……」
ふと漏らした皇帝の言葉に、マローは自らの見解を述べる。
「まるで理解できない、高度な体術を極めた者同士の戦闘ゆえに、結果としてお互いのフェイントが複雑に絡まりあい、さながら素人の喧嘩のように見えてしまっているのでしょうなぁ、魔力も完全に互角と見えますわい。双方の力が打ち消しあって、わしには観測できんのです」
二人は、同じタイミングでごくり、と唾を飲む。カイル=サーベルトの恐ろしさを誰よりも知っているからこそ、それと双璧をなす力の持ち主が存在するということに驚きと恐怖を隠せなかった。カイルがもしここで負ければ、間違いなく全人類が滅びてしまう。それ以外の者同士の微細な戦闘など、戦局に何の影響も及ぼさない。そう考えてしまうと、徐々に戦意が衰えていくのを感じた。魔の軍勢もそれは同じのようでいて、気づけばいつの間にか、カイルと魔王の他には、竜王とシャルロッテが、四魔族と行っているものくらいしか戦闘らしい戦闘がなくなっていたのだった。
そして、カイルと魔王はついに同時に拳を下ろす。そして、代わりに言葉を何やら交わしだした。
「おい!あれを見ろ!!」
「まさか、言葉が通じたのか!?」
「三千年来起こらなかったことだが、カイル様ならやりかねん!!」
それを見つめる者たちがざわめく中、やがて二人は会話を終え、遥か上空の竜王の背から、カイルは連合軍の方へと体を向けた。
「皆!!よく聞け!!俺と魔王は一騎打ちを行ったが、遂に双方全くの互角で決着がつかなかった!!ゆえに、お互いこれ以上の戦闘は無効と悟り、和睦を結ぶことになった!異論はないなあああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
カイル=サーベルトの言葉に異論を挟めるものなど、もちろんいようはずもなく。
魔王は魔王で、魔族の言葉で彼らのことを説得し。
かくして、人類始まって以来初の、魔族との講和がここに実現したのだった。