47.助太刀
肌に触れる空気が、ピリリと変わった気がした。耳が急に、聞こえにくくなった気がした。絶望に蝕まれた心が、ついに五感までも欺きだしたのかと思った。
――だけど、違った。それは気圧が変わったことが原因なだけだった。
――大地が、揺れた。
風が、巻き起こった。
轟、という音は、さながら急に嵐が始まったかの如く。
まるで、世界そのものが、それの登場を歓迎するような、圧倒的な存在感が、俺のいる場所へ迫っていた。
――突然、視界が暗くなる。
太陽が、何かに遮られた。
雲ではない。ただの巨大な生命。それが、ひとたび吠えると、空気が形を持っているかのように大きく震えた。
――俺は、そいつをよく知っている。
その姿は、天を覆うほどに大きく。
その咆哮は、山を震わすほどに鋭く。
その雄姿は、誰もが畏怖の念を抱かずにはいられない。
それは――悠久の時を生きる、竜族の王。
“竜”の“災厄”を引き起こした張本人。
――竜王が、日の光を浴びながら、今まさに、ゆっくりと俺の下へと降下するところだった。
突然の出来事に、俺は呆けたまま、首を上に向ける。
「なんで――ここに」
ようやく震える唇から紡いだ言葉に、竜王は口の端を持ち上げた――気がした。
かつて俺に敗れた竜王は、その巨体からは想像もできないほどに繊細な動きで、俺の横にピタリと首を添える。そして、小さな声で囁いた。
「汝――まさか自分が力を失ったくらいで、この我が約定を違えるとでも考えたか?仮に汝が鱗を持たずとも、汝が危機に瀕しているというのなら、我は汝の下へと駆け付けようぞ」
「な、なんでお前まで力を失ったことを……!」
「ふん、前の汝なら今頃あの魔王は地面に這いつくばっておるところよの。我には、むしろそんな簡単なことにも気づかぬ、人の子らの方が信じられぬわ」
竜王は呆れたように息を鼻から吐き出す。
「人の子と闇の種族の争いが起こりかけているのは気づいておった。てっきり汝がすべて収めるのかと思っておったが――どうも様子がおかしいので、わざわざ出向いてやったというわけよ。汝が求めるなら、助太刀するぞ?まあ、余計なお世話だというのなら、手出しはせぬが――」
「助太刀はほしい!けど、今の俺にはお前に命令できるだけの、力も……」
弱弱しい俺の言葉に、竜王は、心外だというように唸る。
「朝に言った言葉を夕に返す人の子と、悠久の時を生きる竜族の言葉を一緒にするでないわ、たわけ」
そう言って、竜王はその雄大な翼を、はためかせた。
戦況が――変わる。