46.再会(下)
「気付いておりましたよ、少なくとも私達三人は」
シーシャは、聖母のような微笑みを続けたまま、語る。
「スター君がやって来たときのカイル様は、やっぱり少しおかしかったですよね?ラーニャは、誘拐事件の幕の引き方がらしくないところから、エミナは一緒にお買い物に行ったときに不自然ことがあり。
――みんなそれぞれ怪訝に思うことがあって、こっそり相談する中で、その結論に辿り着いたんです。――ふふっ、そんなに驚くところですか?一緒に過ごしていたんだから、ぼろが出るのは当然ですよ」
「で、でも……力を失った俺のことなんか、きっとみんな、見限って……」
そこで初めて、シーシャは少し怒ったような、困ったような顔をした。
「それが――そんなに大きなことですか?
世界を救ってくださったのは貴方です。
エミナを路地裏から連れ出してくれたのも貴方です。
ラーニャを大商人の娘から、一人の少女にしたのも貴方です。
私と皇帝陛下に――よりよい人生を与えてくださったのも、貴方です。
結局、力を失ってしまったとしても、それでカイル様が今まで、私たちにやってくださったことが変わるわけじゃないし、世界を救ってくださったことがなくなるわけでもないんです。だから――カイル様は、何も気にしなくていいんですよ。
今度は、私たちの番です。
たくさんのものをくれた貴方に、せめてもの恩返しを――」
そう言ってシーシャは再び微笑むと、俺の頬に小さく口づけをしてから、天幕をくぐり、傷病兵テントの方へと向かった。
「さあ!怪我人の方は私のところに運んで来てください!私の目の黒いうちは、そうそう死なせはしませんよ!!」
俺は、その声をただ茫然と聞いているだけだった。
「魔王軍、来襲!!」
見張りの声が聞こえる。さほど時間を経ずに、爆発のような音が聞こえ、悲鳴や呻き、叫び声や鬨の声などが混ざった音が聞こえてきた。戦闘が始まったのだ。
きっと、このまま続けば、人はどんどん死ぬ。マローが、シャルロッテが、エルク陛下が、そして――シーシャが、ラーニャが、エミナが。
でも、もはや俺はどうすることもできない。彼らはもはや、俺がいようがいまいが関係なく、自分自身で、戦うことを決めてしまった。
「だったら……どうすりゃいいんだよ……」
俺は震える手で天幕を開ける。その先に広がる光景は絶望が形になって現れたものだと表現するべきものだった。
戦力の差は歴然、翼を持ち、魔力にも優れた魔王軍は終始帝国連合軍を圧倒し、上がる火の手も倒れる人も、圧倒的にこちらの方が多かった。
特に、陣形の中心に居座る五人。兵士の報告にあった“四魔族”と思しき奴らは、強力な魔法を高度から振り落とし、方々に爆発をまき散らしている。マローら連合軍の魔法使いも応戦するが、四人のうち一人の攻撃を魔法で止められるかどうかというくらいで、まったく歯が立っていなかった。
――そして、自らは何も手を下さず、ただ冷めた目で戦況を見守る、四魔族の中心に浮かぶ魔族こそが――おそらくは魔王。遠くから見るだけでも、思わず彼らの迫力に威圧され、俺はごくり、と唾を飲みこんだ。
「誰か……誰でもいいから、助けてくれ……」
カイル=サーベルトを知る人ならば誰もが驚く弱弱しい叫び。
か細く消えるだけだったはずのその言葉を、
――掬い取る、者があった。