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44/50

44.戦場

 帝国属領ヤルメ=ライ。その北西辺境州、リーチチの森近郊にて。

 俺たち本隊が到着する前に、既に近くに展開していた帝国軍の部隊が、先発部隊としてここに到着し、いち早く魔王軍との交戦を始めていた。

 ――結果は、惨敗。

 既にいくつかの村を捨てざるを得ない状況に陥り、本来の森との境からは随分帝国側に押されこんだ位置に、帝国軍は陣を敷いていた。合流した俺たちは馬車を降りると、司令部が設置されている天幕へと向かう。その時間も惜しいというように、エルク陛下は迎えに来た兵士に状況の説明を求めた。


「はっ!陛下の臣民たる帝国兵士は士気高く勇敢に猛戦いたしておりますが、対する魔王軍は翼の利を生かし、また潜在的に持つ魔力も人間のものより格段に強く、我が軍は苦戦し、退却を余儀なくされたのであります!魔王軍も深追いはしてきませんでしたが、現在はご覧のように陣形を整えつつあり、こちらへ攻撃を仕掛けてくるやもしれません!」


 兵士は森の方を手で示す。リーチチの森を背に、宙に浮く虫のようなシルエット。それは実は、翼を持つ魔人と呼ばれる種族たちだった。“魔”の“災厄”のとき以外は、ついぞ姿を見ることがないと言われる伝説の種族が、遂にその姿を現していたのだ。今こうしている間にも、その点は徐々に大きくなっている。

講和はありえない。魔族とは言語が全く異なり、しかも現れるのは“災厄”の時でしかないので、そもそもコミュニケーションが成立した記録が、かつて一度たりとも存在しないのだ。数年に渡り、ただ世界を蹂躙し、それが終わったら去って行く魔族。それこそが、“魔”の“災厄”なのである。

 ちなみに、竜王の方はその知性で、普通に人の言葉を理解していた。そのあたり、“竜”の“災厄”と“魔”の“災厄”はやはり性質が異なるものなのかもしれない。また、俺は俺で、全言語変換能力を以前は持っていたが――今となっては、ワイゼンハマーン帝国語を使えるだけである。三年間帝国で過ごしたので、得ていた力とは無関係に、脳が言葉を覚えたようだ。日本語(と中学生レベルの英語)も一応覚えている。使う機会はもちろんないが。


 そんなことを考えて俺が現実逃避をしている間にも、兵士の報告は続く

「と、特に“四魔族”と呼ばれる魔王軍の幹部が強力であり、我々には到底及ばぬ魔力を有しております!また、“魔王”らしきものの存在も四魔族と共に確認されましたが、魔王に関してはまだその実力を明かしておりません。おそらく魔王の力は切り札として温存しておいて、しばらくはこちらの手の内を確認するつもりかと。逆に申しますれば、四魔族と魔王さえ抑えられれば、我々でもなんとかできるかもしれないのですが……」

 そう言いながら、機嫌を取るように俺の方を見る兵士。

 ――もう、やめてくれ。

 俺は、ただ視線を逸らした。


 ……付近に張られた簡易なテントからは、傷病兵の声が漏れ聞こえる。


「ああ、あれがカイル様……」

「カイル様が来てくれればもう大丈夫だ……」

「しかし、もう少し早く来てくだされば死なずにすんだ者もいたろうに……」

「馬鹿っ、聞こえるぞ!!」


 ――俺は、それを泣きそうになりながら聞いていた。


「おお!カイル師ではありませんか!ようこそお越しくださいました。いやはや、我々の力及ばず面目の次第もございません……」

「カイル師匠、ありがとうございます!!カイル師匠が来てくださるなら百人力ですね!!」

 先に到着していたマローとシャルロッテから挨拶を受ける。二人とも元気そうな顔をしていたが、裏腹に着ているものにも、あらわになっている肌にも無数の傷があった。


 何とかごまかそう、と思っていた。

 これまでやってきたように、今回も結局はどうにか逃げ切れるだろう、と期待していた。

 ――しかし、俺はその気持ちが、急速に冷え込んでくるのを感じていた。

 戦場に来て、この惨状を見せられて、もはや俺に、悪あがきを続けるだけの、度胸とか、そういったものが、なくなってしまったようだった。


 連合軍の総本部が見えてくる。巨大な天幕が張られたその空間には数多くの兵士たちが、皇帝と――そして俺の到着を、待っているはずだった。

 

 ――もうだめだ。この天幕に入ったら、エルク陛下に潔く全てを話してしまおうか。その結果、俺は処刑されてしまうかもしれないが、これ以上嘘の希望で、皆を騙し続けることは俺には耐えられそうにない。今なら、まだ作戦を立て直せるかもしれない。皇帝陛下のような優秀な指導者が導けば、被害を少なくできるかもしれない。俺の力がなくなったことを把握したうえで、正しい戦略を立てれば……


 そして、俺は、天幕をくぐり、そこには、勢ぞろいした帝国軍の精鋭兵士、魔法使いと――


「えへへっ、お久しぶりですっ、ご主人様っ!」

 ――エミナがいた。

「――ちょっと、何よその顔。あたしが来て嬉しくないわけ?」

「あらあら、よもや帝都にいらっしゃる間に、私たちのことをお忘れになってしまったのですか?」

 エミナだけじゃない。ラーニャも、シーシャもここにいる。

 ――この、今現在、世界で最も危険な戦場に。


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