43.進軍
「やはりカイル殿に先に行っていただくべきではないだろうか。一刻一秒を経るごとに被害は増える一方だろう」
「ならばエルク陛下がそれを頼まれてはいかがですかな。少なくとも私は、この期に及んでカイル殿の機嫌を損ねる可能性を取るのは危険だと考えますぞ。連合軍の面子を守ってくださるという、カイル殿のご意見も確かに理解できるものではありませんか」
「わかっている、だが……今も被害に遭っている国民がいると思うとどうも」
「まあ、戦場になっているのは貴国ですからなぁ、最終的にカイル殿にもう一度相談なされるかは、エルク陛下がお決めになるべきだとは思いますが……」
北西に向かう帝国軍の隊列の中央を動く、最も位の高い馬車は小さな家ほどの大きさであり、たくさんの馬の力に、魔法で補正を加えた特殊な動力源で、さながら新幹線の中であるかのように快適に移動をしていた。複数の部屋に分かれているその馬車の一室で、ひそひそと相談する二人の言葉を、俺はこっそりと盗み聞きしていた。
もっと頑張ってくれ!!と俺はエルク陛下と話している相手、オポリ王国のオポリ三世陛下に念を送る。オポリ王国はワイゼンハマーン帝国の属国的な要素が強い国であり、オポリ三世陛下はエルク陛下と近しい王族だった。そんな二人は俺に一人で戦わせるかどうかを相談している。とにかく一刻も早く“災厄”を終わらせることそが至上命題だという観点から、俺一人に先に行ってもらって魔王軍を蹴散らしてもらいたい、というエルク陛下と、それでは帝国をはじめ各国の軍隊の面子が立たないから、せめて俺はこの本隊と同時に到着するべきだというオポリ三世の意見。ちなみに俺は当然ながら、一人で行っても勝てるわけがないので、それとなくエルク陛下に先に行かないのか尋ねられたときに、今回は各国軍の面子を尊重すると伝えている。
それを押してなお、俺に単騎突入を頼むべきかどうかを、エルク陛下は考えているのである。頼むからやめてほしい。俺はガタガタと震えながら、過ぎ去りし日々を後悔していた。
ああ、せめてあのときの竜王の鱗が……
――俺の記憶は、“竜”の“災厄”に勝利したときに飛ぶ。
『人の子よ、汝に命を見逃された礼をせねばならぬ。この鱗を取れ。ひとたびこの鱗に助けを求めれば、いついかなる時であろうとも、汝が呼び出しに応じ、我は汝に手を貸そう』
竜王との戦いが終わったあと、奴は一枚の鱗を俺の手元に落としそう言った。
『ばーか、誰がトカゲなんかの助けを借りるか』
そして、俺は竜王の鱗を叩き割ったのだった。
………………
………………………………
馬鹿は俺だああああああああああああああああああああああああああっ!
今あの竜王の鱗が手元にあれば、竜王を呼び助けを求めることができるというのに、格好つけたせいでこの有様である。俺は刻々と迫りくる自らの破滅に、ただガクガクと震えながら顔を紫色にして、静かに馬車内の自室へと戻ったのだった。
結局、エルク陛下は下手に俺の機嫌を損ねるリスクの方が危険だと判断したようで、それ以降俺に何の相談もなかったのだが、いつ単騎での出撃を頼まれるかと冷や冷やしていた俺は、せっかく快適な高級馬車に載せてもらっているにも関わらず、終始吐きそうな思いで時を過ごしていたのだった。
――そして、仮に単騎で出撃しなくとも。
進軍は続いているのだから、いずれ戦場へと到達するのは自明の理。
かくして、遂に俺は、逃げもごまかしもきかない戦場へと、足を踏み入れることになったのだった。
本日、完結まで投稿のつもりです。