42.二日目(下)
「諸君、予期せぬ出来事が起こり、我々は少し冷静さを失ったかもしれぬ。茶菓子を用意させるので、少し頭を休めてから会議を再開しようではないか」
エルク陛下がそう言うと同時に、高価なお茶とお菓子が運ばれてきて、各国代表の座る机に置かれていく(俺の机が一番早かった)。このあたりのそつがない動きは、さすがエルク陛下の下で鍛えられているのだろうなと思わせる配下の人々であった。
全員に菓子が行き渡るのを待ってから、菓子に口をつける。……皆を待ったくらいのことで、意外そうな目を向けられるのが辛いが、高価な菓子の上品な甘みは、俺にちょっとした安らぎを与えた。
「ふぅ……」
とはいえ、なんとか今回もごまかせたけど、怪訝に思っている人もいるみたいだし、早く会議が終わってほしい。しかし終わったところで、屋敷にはエリューナがいて心が休まらないときた。
「……あー、早く山に帰らせてくれぇ」
ただでさえ昨夜から眠気が残っているうえに、余計なことで精神をすり減らされた俺は、思わず呟いた。絶対に聞こえない小さい声で呟いたつもりだったのだが、ある意味では俺はエルク陛下の俺に対する警戒を侮ってしまっていた。俺の漏らす言葉はどんなに些細なものでも、一国の命運、果ては世界の命運を変えうるのだということを、そういう認識をされているのだということを、俺は理解しきれていなかった。――つまり、何が言いたいのかというと……
――ばっちり、聞かれちゃいました。皇帝陛下に。
「カ、カイル殿、今なんと……」
「へ!?いやそのこれはそんなここまで集まっていただいているお方たちに対して決して決して不満とかそういうものがあるわけではなく、ただ世界各国の尊い方たちがこんなところで時間を取られてしまっているのはもったいないことだなあとかそういう意味の心境から出た言葉であってですねつまり早く“災厄”が終わって皆様が各国に帰ることができれば世界はより発展するだろうみたいなあのその」
しどろもどろになりながら言い訳する俺の言葉は、別の意味を持って皇帝陛下たちにとらえられてしまう。
「つまり、この“災厄”を終わらせていただけるということでよろしいのですか!?」
「おお!なんですと!カイル殿がついにやる気になってくださるということか!!」
「さすがカイル殿だ!カイル殿万歳!!」
「カイル殿万歳!万歳!」
『万歳!万歳!』
『すべてのめしべはカイルのために!』
『すべてのめしべはカイルのために!』
ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれええええええええええええええええええええええええっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
等と、叫べるはずもなく。
ただでさえ、先ほどの騒動で化けの皮がはがれかけている俺は、逃げ道を防がれたまま、帝国を中心とする連合軍の神輿に担ぎ上げられてしまったのだった。
その日のうちに皇帝エルク=ラウタボクリス陛下は帝国軍に出陣命令を出し、魔物の発生源と思われる北西方向への進撃を開始。各国も自国の軍隊を合流させるという話がまとまった。
と、とはいえ、増えている魔物の討伐くらいなら軍隊の手でもなんとかできるわけで、まだごまかせる余地はいくらでも――
「申し上げます!!帝国属領ヤルメ=ライの北西辺境州、リーチチの森より大量の魔族の出現を確認、周囲の村々を蹂躙し、帝都へ向け進軍中とのこと!状況から判断して、魔王軍と考えて間違いないと思われます!!」
――あ、終わった。
次回、2月10日ごろに更新の予定です。どうぞよろしくお願いいたします。




