38.なじみの家に戻ってきました
「では、本日はこれまでとする。皆様どうかごゆるりと休まれよ」
一日目の会議は、現状の確認で終わった。すでに外相級の会議などで報告されていたことに加え、ホストが有能なこともあり、必要以上に議論を詰め込まず、かといって共通認識をしっかり確立するという大事な条件はきちんと整えることができたのだった。
そして、会議が終われば当然、皆泊まるところがある。小国ならば外交官亭の貴人用客間、大国ならばきちんと一等地に確保してある別邸、特段の事情がある場合は王宮に泊めてもらう人も……いずれにせよ、すぐに帰る人、もう少し外交的駆け引きをしていく人ともに、夜の宿はきちんと用意されている。問題は俺の場合である。
王宮からすぐ近く、帝都の一等地中の一等地に、かつて俺は豪邸を持って、美女たちとともにそこに住んでいた。隠居のときにそこに関する権利は根こそぎ放棄して、俺は帝都を逃げ出して来たのだが――
「見事に、そのままじゃねえか……」
思わず口から声が漏れてしまうほどに、豪邸は手つかずで残っていた。皇帝陛下に、「カイル殿、帝都滞在中は勝手知ったるところがよいだろう。以前のお住まいが手つかずで残っているから、どうかお使いになられるといい。うん、王宮に泊まられるよりもそっちの方がいい、絶対に!」と強く言われて、やって来たのだが、思っていた以上にそのままだった。管理も行き届いているし、その費用は、やっぱり税金からかな……うう、胃が痛い……
「な、何かご不満な点がございましたでしょうかっ!」
案内してきた兵士が、慌てたようにそんなことを言う。呟きを聞かれてしまったらしい。俺は慌てて愛想笑いを浮かべた。
「あ、いえいえ不満なんて何も。ただ、俺としては本当にもう戻ってくるつもりはなかったのでこんな一等地ですし誰かに買い取っていただいて有効活用していただいた方が国のためにもよかったのではないかというか……」
「そ、それがですね……買い手がつかなかったと申しますか……あ!いえいえ決してそんなカイル様がいつ何時戻ってくるかもしれないから皆敬遠して買わなかったとかそういうわけではなく!ええ!決してそういうわけではなく!ただカイル様のような偉大な方が利用していた場所を手に入れるなど恐れ多いと皆がそう判断しただけに過ぎないわけでございます!」
……なんか、無理矢理言い訳しているが、要は俺を警戒して誰も買わなかったってだけらしい。まあ、「やっぱ戻る」って俺が一言言ったら追い出されるものなぁ……信頼ないなぁ……
俺としては帝国から無害認定を受けたいのだが、残念ながら皇帝陛下のみならず貴族や兵士などからもすべて腫物扱いが続いていることが分かって改めて前途の険しさを感じてしまった。
「はぁ……まあ、勝手知ったるかつての我が家ですからね、ありがたく使わせてもらうことにしますが……ホントに、売り払っていただいてもいいんですよ?帝都に用事があるときは、王宮の馬小屋にでも泊まらせてもらえれば……」
「何をおっしゃいますか、救世の英雄をそのような場所にお泊めするわけにはいきません。当然、最上の部屋でおもてなしさせていただくことになります、もちろん、今からでもそちらのほうがいいということでありましたら陛下にそうお伝えしますが……」
言っている内容とは裏腹に兵士からはそれだけはやめてくれ、という雰囲気が伝わってきた。俺を少しでも王宮から遠ざけておきたいらしい。
「まあせっかく管理してもらっていたことだし、ありがたく使わせてもらいますが――でも、自分のことは自分でできるので、兵士を何十人も派遣とかやめてくださいね!ただでさえ今は各国の要人対応で忙しいでしょうし……」
これ以上税金を俺に使われて恨みを買ってはいけない。広い家だが、一人でも住もうと思えば済めるだろう。しかし、それに対する兵士の返事は意外なものだった。
「ああ、それでしたら――すでにとある方が、カイル様の帝都滞在中のお世話を買って出てくださいまして。カイル様もよくご存じの方ですし、このお屋敷のことも分かってらっしゃる方ですので、きっと快適に過ごしていただけるかと」
なるほど、そんな人が立候補してくれたのか。しかし、俺がよくわかっていて、しかもこの豪邸のことも知っている人物となると――ひょっとして元ハーレムメンバーの一人では?
ピコーン、と。
何か警戒音が鳴ったような気がした。
だけどそれに気づくのはすでに時遅く。
俺の隣に、いつの間にか音もなく近づいてきた影があった。
「カァーイィールゥーさーまぁー」
ぞわわわわわわわわわわわわわわわわわわわっ――と。
俺の全身から生えている、毛という毛が逆立った。