33.英雄待ち
帝国王宮、めったなことでは開かれない最上級の間には、各国の代表が勢ぞろいしていた。その数、およそ数十名にして、大神官、第一皇子、国王本人……といずれを見ても引けを取らない各国の要人が勢ぞろいし――最後の一人を待っている。
その一人は、オブザーバーにして、救世の英雄。
本来ならば他人を待つことなどしたことのないような身分の者たちすら、無期限の待機を受け入れざるを得なくなるような圧倒的な存在――
――もっとも、全員がそういうわけではない。
「ちぇっ、俺を誰だと思っていやがるんだ……オーギュ王国の第二王子ブーホ様をこんなに待たせるとは、英雄様はいい度胸をしているもんだなぁ」
聞えよがしに呟く男を、周囲の者はたしなめるでもなく、さりげなく観察していた。
カイル本来の力を目の当たりにしたことのない者のなかで、さらにあまり頭のよくない人物――そんな人間が代表としてやって来ること自体あるまじきことなのだが、広い世界の出来事、そんな国もまた、一つや二つは存在する。
それを見て、周囲の各国代表たちは彼の行く末を憐れんだり、飛び火が自分のところに飛んで来ないかを心配したりしていた。
腐っても同じ立場の相手、直接注意したり忠告したら国家間の問題にまで発展しうる。そんなリスクを背負うくらいならカイルにすべて任せてしまおうという判断だった。
「たっく、何が救世の英雄だよ……まったくよお、ろくな血筋でもないくせに……」
お前こそ、ろくな血筋を誇るならその振る舞いを今すぐ改めるくらいの気品はあるべきだろう。周囲の皆がそう思うことも、愚かな王子は気付かない。この王子を出すような国なら与し易し、“災厄”後に混乱が起これば、攻め入ってやろうか、それとも商売で搾り取ってやろうか。そんなことを考える隣国、近国がいることもまた、気付かない。
本題は“災厄”、待つのは英雄。しかしだからといって、それだけを考えてこの時間をただぼうっと過ごす一国の顔など、彼の他にはいるわけがないのだった。
* * * * *
各国代表がカイルの登場を緊張した面持ちで待つなか、一人だけ別のことに気を揉んでいる人物がいた。
エルク=ラウタボクリス皇帝陛下その人である。
無論、今回のホストとしての役割も多岐に渡り、そちらの心配事も多いのだが、今の悩みは少し毛色が違っていた。
「陛下、例の委員会の者から陛下にお会いしたいとの連絡が」
「わかった、すぐに行く」
議長席の後ろから耳打ちされ、エルクは重々しく立ち上がった。一時退席を詫び、部屋から出る。そこにいたのは、エルクがとある問題について調査を命じていた委員会の会長を務める数学者だった。
その問題とは、カイルの肩書読み上げである。通常、こういった会議においては要人が登場の際、傍に控えるものがその要人の肩書を読み上げるということになっている。エルクの場合は、“ミーハンタイ勲一等、ヤカイ騎士章、ジジリーガ勲章、サラカラン正章、イエリゴゴ聖章、リポーチメンタイ勲特等、ハイゼンベ白薔薇章、ゼイリ特別聖騎士、ヤコーフ聖破魔師、ワイゼンハマーン皇帝、エルク=ラウタボクリス陛下のお成ーりー!”と、こうなるわけなのであるが、カイルの受けた勲章の数が問題だった。
その数――297。世界を救った英雄なのだから、これでも少ないと言えるかもしれないが、それらを確認して整理するのだけでも大変だ。
しかも、単にこれらを読み上げればいいというものではない。それぞれの勲章には格というものがあり、読み上げの順番は格の下から順に読んでいかなければならないのだ。そうしないと、格上のほうの勲章を与えた国を軽んじたということになって、その国との関係が悪化したり、場合によっては武力衝突まで覚悟しなければならなくなる。
なので、カイルの297の勲章についても、同時受章者の先例を調べさせ、さらにそれらを正しく格の順に呼びあげるために、歴史学者はもとより、詩人や数学者など、各界の才人を集めた委員会を作ったのである。さしもの彼らをもってしても、297の勲章の議論は遅々として進まず、もはやカイルがやってくる直前の今になって、ようやくエルクは報告を受けることができるのだった。
「御苦労であった。お前たちの判断する正しい順番を、一刻も早く、呼びあげ人へ教えてやってくれ」
「……そのことですが、陛下。“正しい順番”が、存在しないことがわかりました」
思わずエルクは、怒りのあまりずっこけかけた。