32.帝都へ
「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい冗談じゃない!今また“災厄”に来られたらこっちはお手上げだっての!せめて来るなら俺が力を失う前にしてくれよ!」
ジャックをひとまず待たせ、一人で部屋に籠り、俺はぶつぶつと呪詛の言葉を口に出す。今の俺は何の力もないただの一般人Aだ。そんな俺が国際会議に出たところで何を言えるわけでもないし、まかり間違って戦力に数えられた日には最悪だ。かといって力を失ったと言えば希望が落胆に代わる分だけ恨みも大きく、処刑必至と言ってももはや過言ではないだろう。
「詰んだ……」
がっくりと肩を落とす俺。傍から見れば随分と滑稽かもしれないが、これがまごうことなき英雄の末路である。
「カイル様……どうかなさいましたか?」
一人落ち込んでいたら部屋の扉からひょっこりとシーシャが顔を出した。俺は慌てて取り繕う。
「なんでもない、実はまた手助けを求められてさ、能ある者は大変だなーなんてハッハッハ」
「……あまり、無理をなさらないでくださいね。いくらカイル様とはいえ、一人の人間なのですから……」
「俺の力はシーシャもよく知ってるだろう?何を不安そうな顔をしているんだ。どうせ今回もあっと言う間に解決するさ」
なまじ全盛期の自分を演技できてしまうからこそ、余計空しさが募る。俺はこれからどうなるのだろうか……
不安の種は尽きないまま、俺は帝都へと向けて旅立ったのだった。
「カイル様、交通手段はどうなさいますか?」
「と、徒歩でいいよ……畏れ多い……」
「はっ、かしこまりました。ちなみに各国代表はすでに顔をそろえてカイル様をお待ちしておりますので向こうで待たされることなどございません。どうぞご安心を」
「なああああああああああああああああっ!それを早く言ってくれ!向こうで待たされなくても向こうを待たせてるじゃないか!全速力で行けるものを!用意して!」
「はっ、かしこまりました。しかしカイル様はもっとも立場の高いお方ですから向こうをお待たせしても一向に――」
「こっちが気にするっての!いいからっ!早くっ!」
前途は――多難である。
* * * * *
「カイル様、何か不都合はございませんか……?」
「ないっ、ないから急ごう!ほら向こうを待たせてる!」
隣に爆弾を抱えているジャックは、なんとか機嫌を取ろうとカイルに話しかけたが、返事はつれないものだった。二人は今馬車の上、国内屈指の移動手段であり、手軽さと合わせて考えればあの山から最速で帝都に入るに当たりベストの選択である――普通ならば。
だけどジャックは知っている。目の前にいるこの男は、その気になれば走ってこれよりも速く帝都に辿り着くことができるということを。
それをしないのは、普通ならばジャックの顔を立ててくれるというありがたい心遣いなのだが、ことこの男に至ってそのような気配りをするような人間ではない。自分以外の他人はすべて虫けらとしか思っていないと言っても信じられよう。ならば――彼は一体何を考えているのか……一つの可能性に、さっきからジャックは思い至り胃が痛い。
「くそっ、もっと速く行けないのかこれは……あ、いや、別に普段から俺たちの回りを警備してくれている騎士隊に文句があるわけじゃないんだが」
きた。
絶望の鐘が鳴る音を、ジャックは確かに聞いた気がした。
「いや、ほんと、騎士隊のみんなには感謝してるんだよ。いつでも俺たちを死狼から守ってくれてるしな。ほんと、騎士隊がいなければ、俺たちは死狼の餌になっていたに違いないよ。いや死狼に対して本当に強いよな」
嫌味だ。この男が死狼に負けるはずもない。死狼に対する警護はあくまで訓練と技術向上の一環。それはよくわかっている。彼が今言いたいのは、死狼に対する騎士隊の強さではなく、むしろ逆、死狼対策と言われたら死狼対策しかできないのかという、騎士隊の無能をあげつらっているに他ならないのだ。
そう思うのは、ジャックの被害妄想ではない。先日、彼らが死狼討伐をしている間に、カイルの妻の一人であるラーニャが誘拐された。それも騎士隊が警護をしているはずの山の中でだ。その件に関して、今のところカイルから騎士隊に直接文句が入ったことはなかったが……やはりこの馬車を利用して、自分相手に騎士隊への不満をぶつけようというのか。実際誘拐事件を見逃したのは自分たちの恥としても、今ここでカイルと二人っきりというのはジャックに対して新たな恐怖を呼び起こすのに十分だった。
「いやほんと、死狼対策を実によくやってくれてると思うぜ。俺なんかじゃこんなに上手に死狼を倒せるかわからないものな。これからも騎士隊のみなさんには、ぜひ死狼対策をしっかりやっていただきたいもんだよ――」
死狼死狼と言われるたびに、きりり、きりりと胃が痛む。
かくして、騎士隊と友好を保っておこう、というカイルの思いとは裏腹に、彼が死狼対策を褒めれば褒めるほど、ジャックの胸には恐怖が湧きあがっていくのであった――