31.要請
決死隊。
騎士の中でも生存確率の低い任務に就く者は、時としてそう呼ばれることもある。
とはいえ最近は福利厚生や人権意識の向上から、昔ほどそのような任務が下されることは少なくなったが、それでも基本的には命を懸ける代わりにお金を貰う職業、たまにはそう揶揄されるような任務に就くことがある。
ジャック=マイソン=ジャニアが下されたのもそういう類の任務だった。
“カイル=サーベルトをオブザーバーとして会議に招待せよ”
字面だけで見ればそこまで危険な任務には見えない。事実、ジャックはカイルの住む山に魔獣調査と討伐という名目で常駐している騎士の一人だし、カイルとも面識がある。ならばなんら問題はないのではないかと思うが、そうは問屋が卸さない。
なぜなら、これはカイルに対して、“王宮に来い”と言う任務だからだ。
カイルは自分が軽んじられることを嫌う。それは驚くべきことに王族に対してすら同じで、自分よりも王族が重視されていると感じたときには露骨に不機嫌になるし、場合によっては周囲のものを根こそぎ破壊してしまう。あまりにも精神年齢が低いと言えばそれまでだが、実際にカイルが世界を救った英雄であることを踏まえるとそもそも彼こそが最も世界で敬われるべき人物であるようにも思えるので難しい。
ともあれ、そんなカイルに対してオブザーバーとして参加せよ、というのは、一歩間違えれば皇帝からカイルに対しての命令であるかのように受け止められてしまう。そうなればどうなるか。宮廷乱入事件は騎士たちにとって比較的記憶に新しい出来事だが、それが繰り返されないとも限らない。
だから、カイルの機嫌を崩さず、かつエルクの面子もなるだけ保たれるようにオブザーバー参加を頼まなければならないのだ。エルク本人が行ければまだいいのだが、以前に彼はカイルから来ないでくれと言われてしまっている。ならば普段から山に出入りしている騎士に――ということでジャックに白羽の矢が立ったのだが、彼にとってそれがどれほどのプレッシャーになるかを考えれば、彼が同僚たちに憐みと自分がその役に当たらなかった安堵の籠った目で決死隊と揶揄されるのも分かるというものだろう。
そんな背景のもと、ジャックはだらだらと背中に汗をかきながら、カイルの返事を待っていた。
「えっと……“竜”の“災厄”は俺が止めたはずなんだけど……なんでオブザーバー参加が必要なの?戦後処理とかならそっちで勝手にやってほしいんだが」
「はっ!それが……“魔”の“災厄”が起こり得るとの研究報告がまとめられましたので、それに対する対応策を検討するための会議である、とのことであります!」
「“魔”ぁ!?」
カイルが素っ頓狂な声を上げ、思わずジャックは震える。しかしそれは自分に対する怒りが込められているわけではないようで、ほっと一息吐いた。
“竜”の“災厄”とよく似たものに“魔”の“災厄”がある。こちらも二百年周期で訪れるもので、魔獣の大量発生により人的被害が多数に上る。“竜”の“災厄”とは異なる原理で発生していると言われるものの詳細は不明。一説には“魔王”と呼ばれる強力な魔人が二百年周期で発生と成長を繰り返しているという。
そして、“竜”の“災厄”と“魔”の“災厄”は互い違いの百年紀に現れる。すなわち、“竜”の“災厄”から百年は“魔”の“災厄”にならないはずなのだが……
「ご存じの通り、魔獣の発生が増加、この前の“竜”、前回の“魔”のデータと比較しましても、“災厄”が迫っているというのが統一された見解であります」
「そ、そうなのか……」
そう言ったきり言葉を出さないカイル。ジャックは重苦しい沈黙を感じた。ただの沈黙ではなく、一国、否、一つの世界がこの男の気まぐれで左右される、そういう沈黙。怖いもの知らずの騎士として知られる彼にしてもそのプレッシャーは耐えがたいものだった。
「な、なあもしかして勘違いとか、データの読み間違いじゃないのか。あと百年も後に起こるはずのものが、間もなく来るなんて――」
「偉大なるカイル様をお呼びするのに、勘違いなどの不確定な情報に基づくなどありえません!すでに帝国大学、騎士、魔法使いの精鋭による特別調査委員会の十三回に渡る調査と七回の会議、更に外相級の国際会議を経たものであります!」
折角呼び出しておいて後で勘違いでしたなどとあっては、カイルにどんな復讐をされるかわかったものではない。この点についてもしっかりと裏付けは済まされていた。
「そ、そうか……しかし俺はもう隠居の身だし……」
「場合によってはこちらの山で国際会議を開いても構わないとの陛下のお言葉でございます!その他、カイル様に何か不便なことがあれば帝国騎士、魔法使い総力を持って解決をお助けするようにと!」
「……わかった、会議に参加する」
絶望したような表情でカイルはそう言ったが、ジャックは自分の任務が達成できた安堵のあまりカイルのその表情には気がつかなかった。