30.“災厄”
ラーニャ誘拐事件が起こる、少し前。
ワイゼンハマーン帝国王宮、執務の間は今日も重大な会議に使われていた。議長席に座る男が口を開く。
「それで、やはり魔物は増えておるのだな」
「はい陛下。出現率が有意に上がっております」
「そして他国も同じ……というわけか」
苦虫を噛み潰したような顔をしているのは本日の会議の議長にしてこの国の皇帝陛下、エルク=ラウタボクリスその人である。周囲にいる側近たちも大差ない顔。それも無理はなく、この状況はつい最近彼らの心と国に消えない傷を負わせた状況と一致していたからだ。
「“災厄”……“竜”ではなくて“魔”の方が来る、と?」
その言葉に、周囲が一斉にざわっと動揺の色を示す。長年国政に携わる彼らをもってすら、感情の変化を隠しきることのできない力が、その言葉にはあった。エルクにしたところでそれは同じ。しかし彼は前に立つものの責任として口を開く。
「わからぬ。まだ百年は猶予があるはずなのに、なぜこのような事態になっているのか……だが、これは好機かもしれぬ。空前絶後の英雄が我が国にいるまさにこの時期に、“竜”だけでなく“魔”の“災厄”まで終わらせることができるとすれば……人類の歴史は変わる」
今度は周囲の顔に希望が浮かぶ。なかには露骨に嫌そうな顔をする者もいるが、それでも皆その“英雄”に一目も二目も置いていることは事実だった。
「しかし、あの英雄、今度も力を貸してくれますかね……?」
「貸してくれると最初から踏んでいれば貸してくれんだろう。あれはそういう男だ。おまけに今は隠居中と称して、何やら怪しげなことをしている始末」
「ならば、いかがしますか……?」
「まずは、彼なしでも“災厄”に耐える方法を考えよう。その上で頭をひたすら低くして願いに行けば、あるいは前の“災厄”のときと同じく彼は我らに力を貸してくれるやもしれぬ」
数日後、ワイゼンハマーン帝国は周辺各国に伝令を送った。“魔”の“災厄”が訪れる兆候あり、対策を英雄のいるワイゼンハマーン帝国で話し合いたいから、各国は代表を我が国に送られよ、と。
そして時間はしばし進む――
* * * * *
この世界では百年に一度“災厄”に見舞われる。
正確に言えば、二百年に一度の“災厄”が二つあり、百年ごとに交代で訪れるのだが。
俺がこの世界に来た時、世界は“竜”の“災厄”に襲われるところだった。人間の居住域において竜の出現頻度が飛躍的に高まり、竜によって殺される人が相次いでいた。それでもまだ序の口の方で、かつての“災厄”では最終的に国単位で竜に滅ぼされていたという。
俺は、それを食い止めた。
転生時に手に入れたチート能力で竜の群れをなぎ倒し、遂には彼らを統率する“竜王”の元へと訪れ、一瞬で勝負を片づけたのだ。
『トカゲはトカゲらしく、地面を這いずり回ってろ!!』
飛行機並みの大きさで知性にも溢れる竜王を一方的にボコり、そう言い放てたのはさすが当時の俺、という感じであるが、まあそんな感じで俺は平和を手に入れた。
より正確に言うと、竜に人の強さを認めさせた、といったところか。
誇り高い竜は、力で劣る癖に数に任せて世界の支配者であるかのように振る舞う人間に好感情を持っていない。なので、二百年に一度、人の住むところまで攻め入り、真にこの世界で最強たる種族は誰なのかを示していたのだ。
しかし俺は彼らを打ち砕き、彼らに人の強さを認めさせた。そして竜王の誇りにかけてもう人に攻め入らないと誓わせたわけだ。
なので物語はめでたく幕を閉じ、後には力を失った俺が残るわけなのだが――
「カ、カイル=サーベルト様。このたび、ワイゼンハマーン帝国の王宮にて“災厄”に関する首脳級国際会議が開かれます。つきましては、カイル様にもオブザーバーとして参加していただけないかとの陛下の意向をお伝えに参りました!」
直立不動の態勢で家の前に立つ騎士を見て、俺は勘弁してよと言いたくなった。
更新が偏っていて申し訳ありません。それにも関わらず皆様感想、ブクマ、評価等いただきありがとうございます。励みになっています。そのなかで、コメディタグがあったほうがいいかもという意見をいただいたので付けてみました。
少し空気が変わりそうな本話ですが、次話以降も基本のノリは変えずに進めるつもりですのでよろしくお願いいたします。