3.シーシャの勘違い
生まれ持った白銀の髪に、透き通るような白い肌。それに小柄な体躯を合わせ持てばどこか神秘的な雰囲気がおのずと漂う。そんな彼女、シーシャ=エフスカリフカは聖女である。
聖女というのは宗教団体から信仰心とそれに基づいた特殊な技能を認められて贈られる称号であり、彼女はワイゼンハマーン帝国の国教である天上教から、その治癒魔法の卓越した能力を認められ認定を受けている。清貧を旨とする天上教の信仰にも当然通じており、そのため最近の豪邸生活は彼女の望むところではなかったのだが、なんと言っても世紀の英雄、カイル=サーベルトの願いだからと彼女も強く言えなかったのだ。
天上教には、世俗的な一面もある。その一つが、“休息”と呼ばれるものであり功徳を積んだ者が軽度の禁忌を犯すことを認めるものだ。昔はこの教えを曲解して王族貴族が自由に殺人を犯したりしていたが今ではさすがにそのような横暴はなくなっている。
さて、その“休息”だが、世界を救った英雄にはいったいどれほどの禁忌破りが許されるのか。さしもの聖女シーシャも、そればっかりは判断することができなかった。
だから、シーシャは待った。
いつの日か、カイルが怠惰な生活を捨て去り、信仰の道に目覚めることを――
(本当に……カイル様はすごいお方です)
帝都から遠く離れた山奥で、小屋の整備を手伝いながら隣にいるカイルの横顔をシーシャはそっと眺めた。人間、堕ち切った生活を回復するには、ちょっとやそっとの努力では不可能なのだが、この男はいとも簡単にそれをやってしまう。今朝、急に隠遁生活を送ると宣言した彼はあれよあれよと言う間に屋敷を引き払い、こんな人里離れた山奥まで引っ越してきたのだ。しかも、屋敷にいた者たちに行き先も告げずに。天上教の人脈を利用しなければシーシャもここまでたどり着けないところだった。
爛れた同棲生活を送っていた相手に対してさえこの扱いである。まるで、最初から“休息”の期間を決めていて、それが終われば隠居すると決めていたようだった。それは口では言えても、実行に移すには至難の道。“休息”で信仰を崩したかつての偉大な信徒も多いというのに。
「カイル様……本当に信仰心の篤いお方……」
思わず呟いたら、隣に入るカイルがぎょっとした目でシーシャを見た。
「いやいやいやいやいやいやいやいや!どうしてそうなるのさ、きっとシーシャは俺のことなんて見限ってどっかに行ってしまうと思ってたのに!」
「確かに……初めはカイル様と私が違う道を行ってしまうのかと不安になったこともありました。今思えば、これも私に与えられた試練だったのですね。そして――私がきちんとそれを乗り越えられたとは申せませんが、とにかくカイル様はこの道に帰ってきてくださいました!ねえカイル様、これからはきっと、天上教の教義に沿った清貧な毎日を私と送って下さるんですよね?」
「あ、ああ……そうしたら、怒らない?」
「怒る?カイル様が信仰に則った生活を送るのに、どうして聖女である私が怒るんですか?それに……天上教は世俗的なところもあるのはよくご存じですよね?“男女間の営み”は禁忌ではありませんから、これからも“ばにいがある”や“なあすふく”はできるのですよ?」
にこっと、聖女の笑みで微笑みかけたのだが、カイルは何故か固まってしまった。
「……シーシャ、やっぱり怒ってる?」
「……何をですか?」
何か怒るようなことを自分は彼にされたのだろうか。まあ“ばにいがある”や“なあすふく”なんてのは、カイルと出会うまではとんと知らなかった分野なので最初は戸惑いもあったが、今ではすっかり慣れてしまった。ここに来る時の荷物にも入っているし。
そう言ってきょとんとするシーシャの横で、カイルは頭を抱えながら、
「やっぱり怒ってる……汚れなき聖女様とするようなことじゃなかったよな……昔の俺を殴りたい……シーシャに回復魔法で終わりなき拷問とかされるのか……?天上教秘伝の毒薬なんてあるかも……」
何かブツブツと呟きつつ、震えていたのだった。