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29.エミナとお買い物(4/4)

 その後は幸いにも、誰かに絡まれたりすることもなく。俺とエミナは買い物を終えた。しかしあの一件以降、エミナの表情がずっと冴えなかったので、俺は彼女の内心が気になっていたのだが……


「ご主人様、すみません……あたし、ご主人様のことを一瞬疑ってしまいました……」


 帰り道、口を開いたエミナが申し訳なさそうに俺に言う。実際申し訳ないのは俺の方なのだが。


「いや、いいよ……俺の方こそ、不安にさせちゃってごめん」


 というか実は売ろうとしていました。マジごめんなさい。



 しかしそんなことは露とも知らぬエミナは、勝手に自己嫌悪に陥ったのかどんどん顔が蒼くなり、眼には涙が浮かぶ。


「いえ、ご主人様の力は私もよく知っていたはずなのに……疑うばかりか、あのときあたしは心の中でご主人様にとても言えないようなことを考えていました……大恩あるご主人様にこのままでは私の気がすみません……どうか、罰を!罰をお与えください!!」


 涙目で、そんなことを言われると……罪悪感が酷い。俺は、何も言えずただ静かに首を振る。しかしそれがエミナには更にショックだったようだ。


「どうして……他の人々がご主人様に牙をむけば、決して無事ではすまされないでしょうに……私は、私は!それほどまでにご主人様にとって、どうでもいい《・・・・・・》存在なのでしょうか?」


 ――エミナは、誰にとってもどうでもいいような存在として、幼い頃から生きてきた。貧民街で彼女を拾った俺は、そのことをよく知っている。彼女は最初、自分の人生に意味を見いだせてはいなかったのだろう。だけど、俺のところに来て、メイドとしての仕事を覚え、俺やシーシャ、ラーニャ達と触れ合ううちに、徐々に彼女は自分の存在が肯定される喜びを覚えてきた。そしてそれゆえに、自分が再び不要になってしまう恐怖とも戦ってきたのかもしれない。だからこそ、彼女は意地でも隠居した俺に付いて来て――そして今も、自分がどうでもいいと思われているのではないかと恐れている。

 伝えたい。本当は俺がゲスなだけだって。エミナには何も悪いことがないのだって。

 ――だけど、伝えられない。俺にはその勇気がないから、優しい嘘で固めた言葉で、せめて彼女を励まそうとする。


「それは違うよ、エミナ。どうでもよくない。君のことが大切だからこそ――他の人達みたいに、君を傷つけるなんて発想が俺には湧いてこないんだ。だからそんな風に自分を卑下するのはやめてくれ」

「ふ、ふぇっ!?ご主人様……あたしなんかに、勿体ないお言葉過ぎます……」


 そんな顔をするのはやめて欲しい。エミナを裏切っているのは、俺なのだから。だけど俺はその気持ちを表情に出さず、言葉を捻り出す。


「……さあ、今夜の夕食は買った野菜をたっぷり使ったシチューなんだろう?エミナの料理はおいしいから、楽しみでしかたないんだ。早く帰ろう」

「――!そう、ですね。ご主人様、期待していてください!おいしいシチューを御馳走します!」


 ようやく、前を向いてくれたエミナに俺はほっと安心する。しかし、その心の隙間に入りこむかのように、別の不安が俺の心の中に湧き上がって来た。

 ――いつまで、俺は誤魔化し続けることができるのだろうか。

 この前のラーニャ誘拐のときだってぎりぎりだった。運よく俺の知る前に事件が終わったから何も起こらなかっただけで。今回だって、マローが来ていなければ少なくともエミナは不審に思っていただろう。

 危うい綱渡りが続いていることは、自分でも気づいている。

 そして――その綱から落ちたときに、待っているのは――死かもしれない。


 ぶるり、と背中を抜けた恐怖に、俺は一瞬震えた。

 懸命に頭を振って、それを追い払う。


 しかし、俺をいよいよ追い詰めるそれ(・・)は、もうすぐ側にまで迫っていたのだった。


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