25.ラーニャ誘拐事件(4/4)
「こいつらがラーニャ誘拐を企てた一味だ。煮るなり焼くなり好きにしていただきたい」
「いや、でもその、法律というものが世の中にはありますし、あまり俺がでしゃばるのも……」
俺がそう言うと、皇帝陛下や騎士達は愕然としたような顔をした。いやまあ、日ごろの行いが悪いからですよね知ってますよ!
さて、今日はラーニャが麓の村まで用事があるとかだったので、俺はシーシャ、エミナと三人で夕食を取っていた。そして風呂にも入ってそろそろ寝ようかというときに、ラーニャが帰ってきて、誘拐されていたということと、麓に捕らえられた一味が連れてこられているから来てと言われたのだ。
わけも分からず、ラーニャを送ってくれた騎士の先導で麓まで下りると、縛られた男達に、シャルロッテ騎士団長、そしてエルク皇帝陛下までがいた。
そしてラーニャ誘拐を企てた奴らがいるから、好きにしてくださいと言われたわけだ。
――いや、困る。好きにしてくださいと言われても、今や魔法の使えない身。炎の魔法で焼くことも雷の魔法を当てることもできないのだ。それがばれるわけにはいかないのだが、以前までの俺のことを考えると彼らに対して自分で制裁を加えないのはいかにも不自然。いったいどうしたものだろうか。と、いうか陛下や騎士たちの目、完全にこれから“グロ注意”の物を見る覚悟を決めた目になってる。その目を見てゴロツキ達も自分がヤバいことを自覚してガクガク震えちゃってるし。俺がどれだけ非人道的なことをやると思ってるのだ、この人達は。
――と、そこで思いついた。人道的観点という線を一つ攻めてみよう。
「えっとですね……陛下、俺が彼らに罰を与えるのは簡単ですが――そもそも、彼らがなぜ、こんな犯罪に手を染めてしまったのか考えてみませんか?」
* * * * *
「――そもそも、彼らがなぜ、こんな犯罪に手を染めてしまったのか考えてみませんか?」
その言葉を聞いて、エルクには絶望が湧きあがって来た。
そもそもはラーニャに誘拐されたことを黙っていて欲しかったのだが、
「うーん、最近なんか、カイルも丸くなってきてるし、別に喋っちゃっても大丈夫じゃないですかね……」
と彼女に反対されたのだ。あまり強制してしまっては今度はこちらの立場が悪くなる。なので仕方なくあったことをそのまま話したのだが、その結果が先程の反応である。
怒りにまかせてゴロツキ達を惨殺するとかのほうが、エルクにとってはましだったかもしれない。しかし、彼はそうではなく、彼らがなぜ、こんな犯罪に手を染めてしまったのかと聞いた。これはもう、彼らを誘拐に走らしめた国家そのものの責任を問うているとしか思えない。やはり避難指示を出さないと……と思いかけたそのとき、カイルがゴロツキのリーダーに質問をした。
「あなたは、なぜこんなことを仕出かしたんですか?」
「そ、それは、俺の家は生まれたときから貧乏で……碌に学校に通うこともできずに……そうしたらちゃんとした仕事もなくて……それで、金に困ってしまった……からですっヒイッ!殺さないでッ!」
「そんなことはしませんよ、それより、陛下、お聞きになりましたか――」
「あ、ああ聞いたとも!直ちに初等教育の完全無料化と完全義務化を法制化しよう!いやあ、カ、カイル殿にはいつも新しい視点を提供してもらえるなあ。ああ、そうだ新しく義務教育の学校を作るときには、その功績を讃えて“カイル=サーベルト学院”と名づけることにしよう」
エルクは背中に滝のように汗をかきながら、なんとかカイルが怒りの矛先を収めてくれるように必死で提案する。さもなくばこの国は彼に乗っ取られてしまうだろう。
「そうですか、まあ俺の名前まで付けてもらわなくてもいいんですけど……しかし、それだけで全ての問題が解決するもんですかねえ……あなたは、この悪事に手を染めるまでにどんな経歴があったんですか」
「おっ、俺は……ひもじくて……何も食べるものがなくて……それでパンを盗んでから、何かおかしくなっちゃって……そっから色んな悪事に手を染めるようになってしまって……」
「成程、やはり空腹は人間の理性を壊しますからね……」
「カイル殿っ、先程の義務教育に、給食制度の導入をしよう!勿論無償でだ!それならばそのような飢える子供は減らせるに違いない!」
「素晴らしい提案です、さすが陛下。しかし食事だけでいいものでしょうかね?あなたは?」
「お、俺は……余りに貧しくて、着るものも、寝るところもなくて――それで人を脅して服を奪ったりしていたらこんなことになって……」
「貧困も大きな問題のようですね――」
「――余りに貧乏で、人として最低限度の生活もできないような者達には国からいくらかの補助を出そう!それから――」
かくして、一夜でワイゼンハマーン帝国の社会政策は劇的に向上したのだった。
* * * * *
「さて――このように彼らが犯罪に手を染めてしまう背景には、彼らだけに責任を負わせるには忍びないような部分もあるわけです!というわけで、俺が希望するのは彼らを国が責任持って真人間に更生させてくれることですね。というわけで、やはり後の処遇は陛下にお任せします」
俺がそう言って話を結ぶと、エルク陛下はほっとしたような顔をして頷いた。
「分かった。カイル殿のご意見に感謝する」
俺の方針は最初言ったことと変わらないのだが、社会政策の話を挟むことでその結論に妥当感を持たせることに成功した。今回もなんとか誤魔化せたらしい。
一味を引き連れて帰る陛下達を見ていると、俺は急に力が抜けた。
今回はなんとかなったが、俺に力がない状態で誰かの身に危険が迫ると、いつかは本当に傷ついてしまうかもしれない。その恐怖に今さらながら体が震え、思わずラーニャの服を掴んでしまう。
「ちょっと、何よカイル」
「いや、ラーニャが無事でよかったな……って」
「――っ!?な、何言ってるのよアンタらしくもない!カイルならそんな心配不要でしょ!?」
少し顔を赤くしながら、そんな風に信頼の籠ったことを言ってくれるラーニャに……俺は一瞬、本当のことを話そうかと思って――
「――ラーニャのことが大切だからね、心配するのは当たり前だよ」
「――!?バカッ、たらしっ!知らないっ!」
結局話せずに、俺は曖昧な口説き文句で誤魔化すのだった。