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24.ラーニャ誘拐事件(3/4)

 さて、帝国中枢のそんな動きなど知る由もなく、ラーニャを攫った男達は勝利の美酒に酔いしれていた。まだ身代金を手に入れたわけではないのに、お気軽なことである。


「いやあ……それにしてもあんなに簡単にいくとはねえ!」

「流石兄貴だ!兄貴の子分で本当によかった!」

「あの子本当に別嬪だなあ……ちょっと味見でも……」

「バカ、余計なことすんじゃねえ。俺達は金貨三百枚さえもらえればそれでいいんだ。さすがに脅迫状には書かなかったけど、寄越せ、じゃなくて貸せ、って書こうかと思ったくらいなんだからな。いいか、余計な恨みを買うようなことはくれぐれもするんじゃねえぞ」

「へーい、けど、せめて酌をさせるくらいでも……」

「それで逃げられたり暴れられたらどうする!むしろこっちから酌をして差し上げるくらいでちょうどいいわい!」


 などとわいわい騒ぐ彼らを尻目に、ラーニャはやれやれと溜息を吐く。縛られている手が少し痛い。内出血を起こしていなければいいのだが。まあ後でシーシャかカイルに魔法で治してもらえばいいだけのことなのである。

 元からだいたい分かっていたことだが、身代金の期限にならない限り命の危険はない。そしてカイル御一行にとっては、死ななければ問題はないとしたものである。なので彼女は、偶発的に命を落とさないように、大人しくカイルが来るか、状況が動くのを待っているのだった。


 そして、それは程なくして訪れる。


「アニキ!フロイドさんがお越しです!」

「なにっ、おい、お前らしゃんとしろ!」


 その名前を聞いて、だらけ切っていた場の空気が一気に締まる。彼らの話から考えると、金貨三百枚の取引相手がどうやらフロイドという人物らしかった。


「おいお前ら、ちゃんと金は用意してあるんだろうなあ!」


 数名の子分と一緒に入って来るなり威圧的にそういう男は、白髪頭ながら迫力十分で、もとからいたゴロツキどもとは、くぐって来た修羅場が違うのだということは素人のラーニャにも容易に想像がついた。


「へい、フロイドさん、それはもう、準備万端でさぁ……きっちり金貨三百枚、耳を揃えてお渡ししやすよ」


 子分と話すときとはうってかわって下手に出切った話し方の“アニキ”。それに対して、フロイドは馬鹿にしたように鼻から息を吐いた。


「ふん、まあいい。ブツはお前らのために用意したんだからな、払えなかったら豚の餌箱行きだ。俺の子飼いとお前ら、どっちが強いかなんて言うまでもねえんだからなあ」


 フロイドの言葉に呼応して、彼の子分達が少し体に力を入れる。それだけで筋肉は盛り上がり、ゴロツキ達に恐怖を抱かせるには充分だった。


「へい、へい。充分分かってやすよ、フロイドさん。どうぞよろしくお願いいたしやす」


 ふんっともう一度息を吐いてフロイドは部屋を出ようとし――隅に縛られているラーニャに気づいた。


「おい、なんだ?あの娘は」

「ああ、あれはですね……金貨三百枚を生む鶏と言いますか……まあそんなもんでやす」

「なんだ、誘拐でもしたのか、結構危ねえ橋を渡ってるじゃねえか。断わっとくがな、失敗しても支払いを待ったりはしねえからな」

「そりゃあもう、重々承知の上でさあ」

「ならいい。しかしあの娘……どこかで見たことのあるような……」


 フロイドは少し気になったのか、ラーニャの方に近づいて来る。


「金髪、褐色の肌、育ちのいい体……何か引っかかってんな……おい、こいつはどこから掻っ攫って来やがった?」

「へい、ハードッツ商会の一人娘でやす」

「ああ、あの大商会なら金貨三百枚くらい出すだろうな。道理で俺も知ってたわけだ――!?おい、今テメエ何て言った!?ハードッツの娘だと!?ハードッツの娘っていやあ確か――」


 何かに思い当たったフロイドが、焦ったようにラーニャを見る。その瞳を真っすぐに見返して、ラーニャは優雅に微笑んだ。


「あらあら、ようやくあたしの旦那様(・・・)が誰か、分かる人に会えたみたいね」


 その時のフロイドの顔といったら、見ているラーニャのほうが噴き出しそうだった。

 まず真っ青になり、続いて真っ赤になり、その変化を周期的に何度か繰り返す。そして、声にならないような音が、彼の口から響きだした。


「バ……ヴぁ……バ……バカ野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!テメエらなんて人を攫ってやがるんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




「フ、フロイドざん……いっだい……」


 数分後、フロイド達にぼこぼこにされた“アニキ”は、やっとの思いでそれだけ口に出した。


「うるせえ!そんな奴知らねえよ!いいか、テメエらは遊ぶ金欲しさに誘拐事件を起こした、金貨三百枚を払う取引相手なんかいなかった!いいな!」

「へ、へい……」


 他の子分は皆気絶まで追い込まれてしまっている。“アニキ”にできることは弱弱しく返事をするだけだ。


「本当ならテメエらの命を奪ってやりたいところだが、それだとあの方の怒りの矛先がこっちを向いちまう。だからこの程度で済んでんだぞ、テメエらは」

「へい……すんませんでした……フロイドさん……」

「だからそんな男はここに来てねーっつってんだろうがあ!!!!そんなに殺されてえのかテメエはよお!!」

「すんません……すんません……」


 フロイドは唾を“アニキ”に吐き捨てると、ラーニャの方に来た。


「さてと、本来はお助けすべきところですが……部下が調べた情報によるともうすぐ特殊部隊がここまでやって来るようですし……」

「はいはい、それを待てってことね。別にいいわよ、あたしの旦那に目をつけられたくないんでしょ?」

「恐れ入ります……」

「その代わり、カタギの仕事をするときはハードッツ商会(うち)をよろしく頼むわね。どうせ表の顔も持ってるんでしょ?」

「はい……仰せのままに……」


 すっかり小さくなったフロイドは何度も頭を下げてからアジトより撤収し、それから少ししてそこを見つけた特殊部隊が侵入したときには、床に倒れ伏す誘拐犯一味と、のんびりとストレッチをするラーニャがいたのだった。

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