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23.ラーニャ誘拐事件(2/4)

「――たくっ、あのガキども……」


 大商人の娘としては相応しくないような言葉遣いをしながら、ラーニャは山を登り家への道を歩む。なぜこんなことになったかというと、以前家の近くまで探検に来ていた子供達がいて、ラーニャに声をかけられてびっくりした挙句逃げて行ってしまったのだが、小物入れを落として行った子供がいたのだ。なんだかんだで面倒見のいいラーニャはそれを見つけてから気になった挙句、結局麓まで下りて持ち主を探すことになった。

 首尾よく見つけて渡せたものの何故か懐かれてしまい、遊び相手にされてへとへとになった体で山を登らなければならなくなった彼女は、つい悪態をついてしまったというわけだ。

 その一方で頬はにやにやと緩んでいるあたり、彼女もシーシャに負けず劣らず子供との付き合いが好きなのかもしれない。

 そんな彼女をそっと()けている男達がいた。


「アニキ、あの娘ですか?」

「ああ、間違いねえ。不用心なお嬢様だぜ」


 ひそひそと言葉を交わしながら、ゆっくりと移動する。そして頃合を見計らって、彼らはラーニャの前に姿を現した。


「きゃっ、な、何よあんた達!」

「おとなしくしなお嬢ちゃん、それなら危害は加えねえよ」


 覆面の男達にいきなり前後を挟まれて、ナイフを突き付けられたラーニャは、どこか呆れたような表情になりながら両手を上に挙げた。


「ようし、いい子だ……そのまま俺達に付いて来てもらうぞ」

「はいはい、これでいい?」

「アニキ、いやにこいつ物分かりがいいですぜ?」

「ほっとけ、お嬢様ってのは咄嗟の状況判断ができねえのさ。じきに自分がどういう状況に追い詰められてるか分かってからは面倒なことになるぞ。その前に手際よくしちまおう」


 そんな会話をする男達を、可哀想なものを見る目で見ながら、ラーニャは大人しく彼らのアジトに連れて行かれたのだった。



『娘を預かった。返して欲しくば明日の朝までに金貨300枚を用意せよ』


 そんな手紙がハードッツ商会の巨大な門の向こうに投げ入れられたのはその日の夕方のことだった。

 手紙を見つけた使用人は彼らの主であるペンシ=ハードッツにそれを届け、ペンシは顔を蒼くして――王宮に早馬を送った。


「帝都が……帝都が戦場になってしまう……」


 と呟きながら。




「申し上げます!カイル=サーベルトの妻の一人、ラーニャ=ハードッツが何者かに誘拐され、その身代金が要求されている模様!」


 今日の仕事も終わり、さてそろそろ寝ようかと思っていた皇帝、エルク=ラウタボクリスは、帝国騎士長シャルロッテの言葉に飛び上がった。


「すぐに非常事態宣言を出せ!帝都の臣民を疎開させろ!避難住宅の建設を始めるんだ!ボヤボヤするな!帝都が火の海になるぞ!首都も移転だ!近隣外国には使者を送れ!それから外交問題には発展させるな!各国大使館からは優先的に避難させろ!」

「落ち着いてください陛下」

「これが落ち着いていられるか!あの男がいったいどんな反応をするかなんて誰にも分からんのだぞ!とりあえず誘拐の実行犯にはお悔やみの祈りを捧げてやりたい気分だ!それにしてもそんなバカがまだ我が国にいたとは嘆かわしい!」

「だから落ち着いてください陛下。カイル師匠はまだラーニャの誘拐に気づいていません。身代金が求められたのはハードッツ商会です。ラーニャは今日、麓に下りて行く用事があったそうで、それが長引いて泊まりになっているのだとカイル師匠達は判断している模様です」


 それを聞いて、糸が切れたかのようにエルクは椅子にがたんと座りこんだ。

 ふう……と安堵の息が口から漏れる。


「それならまだなんとかなるか……それにしても、今あの山には騎士も魔法使いもいるというのに……」

「ちょうど大きな死狼が複数現れて、皆そちらにかかりっきりになっていたようでして……申し訳ございません……」

「そもそもカイルの家族を人間から守る必要が出るのは想定外だ。やむをえん。次からは人間に対する警戒も一応しておくように伝えておけ。――それにしても、運のいい悪党だな。頭は悪いようだが」

 

 やれやれと溜息を一つ吐いて、エルクはシャルロッテに指示を出した。


「ハードッツ商会には国庫から身代金を用意させろ……カイルが気付かないうちに事件を解決するのが一番だ。合わせて騎士と魔法使いで特殊部隊を編成せよ。先方が約束を違えた場合、あるいは違えずとも攻略可能な場合は活躍してもらう。だが最優先はラーニャの確保と、彼女が誘拐されたことをカイルに言わないようにすることだ」

「承知いたしました!」


 敬礼してシャルロッテは執務室から出て行く。この間、ラーニャの身の安全については、エルクはもとより彼女の大叔母であるシャルロッテすら心配していないのだが、これもカイルの日ごろの行いのなせる業であった。

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