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22.ラーニャ誘拐事件(1/4)

「おいおい、アニキ、どうすんだよこの状況っ!三日以内に金を用意できなきゃ、俺達は豚の餌にされちまう!」

「ンなこたぁ言われなくても分かってんだよ!ちょっとは黙ってろやウスノロが!今考えてんだからよ!」


 帝都の裏路地の暗い通り、数名の男達が小さい声で言い争いながら歩いていた。誰も彼も言葉遣いは汚く、着ている服も薄汚れている。顔や手にはいくつかの傷跡。いわゆるゴロツキという人々だった。

 この彼ら、三日後にヤバい取引を控えているのだが、その前に当てにしていた盗みを失敗し、ならばと思って勝負にでた賭博でも敗北を重ね、現在絶賛金欠中なのである。


「畜生、最近騎士や魔法使い(イヌ)どもの動きがやけにいいんだよな……俺達にもヤキが回ったか……」

「おいおい、豚の餌は勘弁してくれよ兄貴!」

「だから今考えてるって言ってるだろうが!まだ頼みの綱が完全になくなったわけじゃねえ!」


 兄貴と呼ばれた人間はそう言いながら周囲を油断なく調べる。ほどなくして彼は目当ての店を見つけた。何でも屋に見えるその店は裏稼業の人によく知られた店で、文字通り“何でも”売っている。例えば――“情報”でも。


「やあ店主、久し振りだなあ」

「なんだアンタか。何しに来た」


 キツネ顔の店主はこれでも腕が立つ。伊達に危ない人間との交渉に慣れてはいない。なので、ここは男も正規の情報量を払わねばならないのだった。なけなしの金貨を机の上に置く。


「三百枚手に入れる手段の情報が欲しい。危なくても構わん。期限は三日以内だ」

「三百枚!随分ドジを踏んだかい?」

「うるせえ、依頼人の個人情報まで詮索しねえからこの店はいい店なんだろう?」


 キツネ顔の店主はやれやれと呟くと、指を一本立てた。


「まったく――どれだけ三百枚が大変か分かって言ってるんだろうね……残念だけど、帝都に来ている大商人はいない。外交使節も、もう少ししたら色々集まるって噂があるんだけど、現在の時点ではなしだ。王宮や賭場を襲えば手に入るのは知ってるだろうけど、その人数じゃあ無理だろうね」

「ンなこたぁ分かってんだ。ちゃんと金貨一枚分の情報をくれ」

「三百枚なんてアホなことを言うから、本当に分かってるのか心配になったんだよ。密売も三日じゃきついだろうね――というか、その三日後に、ああ、なるほど、順序が逆なのか、そこで金が要るんだね」

「おい、あんまり嗅ぐと――」

「分かってるよ、ただの思考を整えるためのひとり言だ。目くじら立てないでもらいたいね。僕は君達が何故金貨三百枚必要かなんて分からないし、分かろうともしない。それでいいだろう?」

「けっ」

「それでだ。残る手段でやりやすいのはやはり誘拐からの身代金だろうね――ここにリストがある」

「もったいぶらずに最初からこれを渡しやがれってんだ!」

「君が三百枚の価値を理解していないようだからお節介だよ。そこに書かれている人間はどれも誘拐すれば金貨三百枚の身代金を取れる人間だけど、いいかい、さっきまで金貨三百枚を稼ぐのはどれほど大変か言っただろう?それと同じだけの苦労が、その人達の誘拐にはかかると思ったほうがいいんじゃないのかな?僕が示したのは王宮強盗、賭場強盗と同じ難易度の(・・・・・・)選択肢をいくつか増やしてあげただけだ。そのことを理解して仕事にかからないと、君達は失敗すると思うよ」

「余計な御世話だ!こっちだってプロなんだからそれくらい分かってらい!」

「プロ、ねえ……君達は不良少年に毛が生えた程度だと思うけど……まあ、金に見合うものは渡した。あとの用がないなら、出て行ってくれ」



 店を出た一味は、人気のないところを探し渡されたリストを読む。文字の読めない者もいたが、“アニキ”にはそれくらいの教養があった。


「公爵令息、侯爵令嬢、大商人の娘……ですか、いっぱいいやすね、兄貴」

「どいつもこいつも帝都の高級住宅街に住んでやがるのが問題だがな。騎士の巡回も多いし、最近はなぜか奴ら強くなってやがる」

「こういう家なら私兵も雇っていやがるでしょうしね……」


 顔をしかめながらパラパラとリストを見ていた“アニキ”だが、もともと金貨三百枚の身代金を取れる人間の数など高が知れている。すぐにリストは終わりまで行ってしまった。

 その最後のページ、書かれている内容に彼は目を止める。


「帝都からそこそこの距離の山奥、四人暮らし、大商人の娘……これなんかどうだ?」

「へっ、そんな上手い話が転がっていやしたかアニキ!」

「ああ、こいつだ――ラーニャ=ハードッツ。ハードッツ商会の一人娘だとよ」

「ハードッツ商会!大商人も大商人、特大商人じゃないですか!そんな奴がなんでそんなところに?」

「あ、思い出しましたぜ兄貴、そいつ、確か“英雄”様だとかの女じゃないですか?」


 その言葉を聞いて、希望の光が灯りかけていた彼らの顔に再び絶望の色が差す。


「“英雄”って……あの“災厄”に一人で立ち向かったっていう……?」

「皇帝陛下ですら、言うことを聞かせられないどころか、皇帝陛下を意のままに操れるって噂じゃないですか……」

 

 そんな奴の女なら無理だと、再びがっくりしかける彼らだが、“アニキ”はふふんっと笑った。


「やれやれ、これだからお前らみたいな学の奴はなあ……いいか、常識的に考えろ、そんな奴がいるわけないだろう!これはプロパガンダって奴だ!国の情報戦術って奴だよ。だいたい考えてもみろ、“災厄”クラスのものを一人で抑えられるわけねーじゃねーか。騎士や魔法使いどもが総力戦を戦って、そのなかで一番功績のあった奴に色々と噂の尾ひれを付けて出来上がったのが“英雄”様って寸法よぉ!」

「けど、兄貴、そんなことする理由があるんスか?」

「おうよ、そんなに強い奴を我が国は持っていますよ、って言えりゃあ国民は安心するだろう?謀反を起こそうとする奴もいなくなるだろうしな。だけど俺様はそんな子供騙しにはひっかからねえ。いいか、間違いねえ!このラーニャって娘こそが、一番狙いやすい得物だ!」

「おお……流石兄貴!」

「アニキ、一生付いて行きやす!」


 部下達の称賛の声に、ふんぞり返る“アニキ”。

 彼らは、ゴロツキである。“災厄”のときも、人類の存続をかけて戦うのではなく、火事場泥棒をこそこそと続けるようなゴロツキ。

 だから、彼らは知らない。世の中には、えてして作り話よりも奇異な事実があるということを。

 ――しかし、マイナスにマイナスをかければプラスになるように。

 彼の結論だけは、正しかったのだった。



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