2.隠遁生活を始めました
「エミナー、これはどこに置いたらいいわけ?」
「はわわっ、ラーニャさんっ、こまごまとした雑用はメイドの私がやりますから、皆さんはどうかごゆっくりー」
「いえいえエミナさん、こんな所まで来てメイドも聖女もありませんわ。皆で助けあってこその生活ですよ」
「シーシャの言う通り、あたしもカイルが帰る気にならないんなら腹くくったよーこれまでもあんまり育ちとかどうこう言うつもりはなかったけどさ」
美女三人が仲睦まじく新居の掃除をしている。
それだけを見ればとても微笑ましい光景なのだが、俺にとっては胃の痛みが治まらなかった。
せっかく隠居して誰にも目を付けられないように静かに過ごそうと思っていたのに、この三人がついて来てしまったのでは意味がない。特にラーニャの実家は帝国の経済を回すような大商会だし、シーシャに至っては……
いや、あまり考えるのはやめよう。今の状況を受け入れなければならない。彼女達が俺を慕って付いて来てくれたというのなら――
と、そこまで考えて、思考が止まる。本当に、彼女達は俺を慕って付いて来てくれたのだろうか?この三人に限らずだが、自分の手元に置くために少なからず力を使った自覚はある。あるいは恨まれていなくても、後ろで操る奴が本当にいないとは限らない。
――もしかして、恨まれている?狙われている?……実は、俺を殺す機会を虎視眈々と狙っていたりして……
そう考えると、急に三人の美しい笑顔も怖く見えてきた。まさかあんな純真そうな顔の裏で、そんなことを考えていないと思いたいのだが、狙われる心当たりがあり過ぎるゆえに楽観することができない。
これまではよかった。例え彼女達が俺の寝首をかこうとしてきたとしても、絶対にそれは不可能だったのだから。しかし、今は違う。毒を盛られれば容易く死んでしまうし、就寝中に刃物で切られても生きてはいられない。
――そう、俺は力を失ったことを彼女達に知られてはならないのだ。
絶対に。
などと色々な考え事をしていたせいで、俺は肝心なことまで気が回っていなかった。
「べ、ベッドないですねー」
「な、ないですわねー」
寝具が、一つしかない。
いや元々俺一人で隠居するつもりだったのだから、そうなることは必然なのだが、夜になってまで誰一人として気付かなかったのは不覚としか言うはずないだろう。
なぜかシーシャもラーニャもエミナも目をそらしているような気がするが、きっと気のせいだ。
「こ、これはもうあれしかないわよね」
「ふふふ、そうですね、まあ今さらですし」
シーシャとラーニャが顔を見合わせる。いったい何を――と思ったとたん、二人に両脇を掴まれた。
「ひょえっ!?」
殺されるのか!?などと物騒なことを、先程までの不安な気持ちのせいで考えてしまったが、そんなことはなく、ただ二人は俺の両脇を固めたままベッドに飛び込んだ。
「ほ、ほら密着しないとベッドから落ちちゃうから、もっと詰めて!」
「私の方もほとんど残っていないので、詰めさせてもらいますね」
両脇から柔らかいものが色々と押し当てられている。
「ほ、ほらほらエミナも入りなさいよ」
「え、でもあたしなんかが……場所もないですし」
「そんな風に卑屈になる相手はここにはおりませんわ。それに場所なら――カイル様の上があるではありませんか、ほらほら、足の側から潜ってきて」
「うう……じゃあ失礼します」
そう言うが早いが、エミナはベッドの下に回ったかと思うと――ひゅう!
俺の足に何か当たった。そのまま、俺の全身に布団ではなく、もっと暖かくて柔らかい何かの重さがかかっていく。もぞもぞと上昇してきたそれは、俺の眼前でぴょこんと布団から顔を出した。
「へへへ……ご主人様が目の前ですっ!」
にっこりと笑うエミナ。その姿はとっても可愛らしいが……
両脇にシーシャとラーニャ。上からはエミナに抑えられる態勢。
三人のうち誰でも、俺を害そうと思えば確実に殺れる位置関係である。
ぶるっ、と思わず震えてしまった。この三人に俺が力を失ったことを知られるわけにはいかない、絶対に。
「あれ?カイル今震えた?寒いの?」
「ご主人様、暖かくしてあげますからね、ぎゅーっ!」
「私も、ほらこんなに密着しちゃいますっ!」
「おいシーシャ、どこを触って!」
「こんなになってるのに、今日は――しないの?」
――何もしない、これ以上恨まれることは何もしない。
俺はそう自分に言い聞かせながら、この態勢でも睡眠を取れるよう精神集中を行うのだった。