19.病気の子供がやって来ました(下)
おやつタイムを終え、スター君もだいぶリラックスできたみたいだ。頃合を見計らって俺は声をかける。
「おいしかったか?でもこれは、高くて普通はなかなか手に入らないんだ。これが毎日食べられるようなお金持ちになるためには、いっぱい勉強して財産を築くか、魔術か剣術で大成するくらいしかないんだよ。だから――ママの言っていることも、ある意味正しい」
「うん……」
俺の言葉に、しょんぼりとうなだれるスター君。その頭を俺はよしよしと撫でた。随分脅かしたし、これ以上お説教をする必要はないだろう。
「――とはいえ、いきなりなんでもかんでもはやり過ぎだな。ママには俺がうまく話してやるよ。だから、まずはどれか一つだけ頑張るんだな」
* * * * *
別に教育に詳しいわけじゃないが、それでも分かることだってある。要は、最近魔法使いと騎士の精鋭たちが取っている方法が広まったせいで一時的な狂騒状態になっているのだろう。そのうちに皆も気付くはずだ。基礎もできていないのに、なんでもかんでも手を出しても全て疎かになるだけだ、と。ちゃんと何かの分野で精鋭に上り詰めてから、他のものを学ぶことで吸収できることがあるのだと。
だから、俺はそれをヒースさんに伝えるだけだ。
「いいですか、ヒースさん。スター君の病気は、急激に習い事が増えたことによる心因性のものでした。そして――英雄で、剣術や魔法など、全ての力に通じている俺から言わせてもらえば、いきなり習い事を増やしても得られるものは限られています。まずは今まで通り、どれか一つに絞って習わせるのが心理的にもいいでしょう」
「まあ!まさか私がよかれと思ってしていたことがスターちゃんの病気につながっていたザマスか!?」
「残念ながらそういうことになりますね」
「そうザマスか……スターちゃん、ごめんなさいね……」
まあ、この人もちょっとクセは強いが、根は子供のことを思っているのだろう。
どのみち、力を失った俺にはこれくらいしかしてやることはできないし……なんてちょっと自嘲的に思っていたら、スター君がトトトッと、ヒースさんのところからこちらに来て――
「英雄さま、聖女さま、ありがとうございました。僕も頑張って、英雄さまみたいな立派な人になります!」
ぺこりと頭を下げ、ヒースさんと共に去って行った。
……力を失っても、できることもある、なんてね。
まだまだ卑屈な俺は、そこまでプラスに考えることはできなかったが、スター君が最後にそう言ってくれたのは、どこか心が軽くなるような気がした。
「さすがはカイル様ですね……私も手も足も出なかったのに……」
二人っきりになった家で、キラキラと光る目でシーシャに見つめられては悪い気はしないが、とにかく今回もなんとか能力喪失をばれなかったという安堵感だけで俺は一杯だった。
「ま、まあたまたまだよ」
「それにしても、心因性のものにだって回復魔法は効くはずなのに……やっぱり何か特殊な事情があったんですか?」
――え?そうなの?
まずいまずいまずい!この世界に来てから心因性の病気の人なんて治したことがなかったから変に疑われてる!いや、まあこれについては真実を話したところで彼の仮病というオチなのだから何の問題もないのだけど……
かといってあんなに真剣に治療しようとしていたシーシャに、実は仮病だったと教えるのも可哀想だ。どうしようと思っていた矢先に、家の玄関から声が聞こえた。
「ただいまー」
「ただいまですー」
ラーニャとエミナ。今日は二人とも用があって外出していたのだ。俺はこれ幸いにと話題を逸らす。
「お、二人が帰ってきたみたいだ。あの親子の話は、またゆっくりしたときにでもしよう」
「……そうですね、まずはみんなで、ご飯にしましょうか」
また先送りにしかなっていないような気がするけど、とりあえずどう言い訳するかの時間は稼げる。今の俺には碌な力がないのだから、こんな先送りでもないよりはましなのだった。