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18.病気の子供がやって来ました(中後)

 部屋を移動して二人っきりになる。質素な隠居生活用の家とはいえ、いくつかの部屋はあった。そのなかでもここは、珍品コレクションのうち持って来ざるを得なかったものを入れている倉庫のような部屋だ。少し薄暗いところで、物によっては不気味にも見えるコレクションがどことなく不安を駆り立てる。


「何を……するんですか?」


 おびえたように言うスター君。この部屋に入れられては無理もない。俺はできるだけ威厳を持ったような振りをして、彼に語りかけた。


「シーシャの回復魔法が効かなかった以上、俺も普通の回復魔法を使ったところで望み薄だろう。だから……これからは俺しか知らない、邪教の秘術を行う」


 そう言ってにやりと笑う俺の言葉に、スター君は更に息を飲んだ。恐怖が彼の体に十分浸透するのを待って、俺は話を続ける。


「知っていると思うけど、俺には強い回復力がある。だからスター君の体の状態と、俺の体の状態を一致させることで、スター君の体から腹痛を逃すことができるのかもしれないんだ」

「体の……状態を……一致?」

「そうだ、本来ならば他人の体の一部を食べることでその邪教集団は力を得ていたんだが……俺の体を食べさせるわけにはいかないからな、何か代わりになるような物を食べてもらえばいいわけだ……俺の体に、深く関係するような……俺の体を、通って来たような……用意してくるから、しばらくここで待ってろよ」


 そう言い残して俺は、ブツを用意しに向かった。一人残されたスター君は日当たりの悪い部屋でいい感じに不安を煽られていることだろう。後は俺の考えていることが合っているのを祈るばかりだ。


 しばらくして俺は皿の上にそれ(・・)を乗せて、部屋に戻った。上に布を被せてはいるが、微妙に茶色くて長細い(・・・・・・・)その形が透けて見える。


「――ひっ!」


 何だと思ったか、スター君が小さく悲鳴を上げる。しかし俺は気にせず、できるだけ不気味に見えるような笑顔を作った。


「さあスター君、これを食べるんだ。食べればきっと君の体もよくなる」

「え、でも、それって……」


 ちらちらと布の下から見えるその色と形に、スター君はすっかり怖気づいてしまった。だけど俺は逃げ道を作らないようにしながら、じりじりとスター君ににじり寄る。


「さあスター君、英雄の名にかけても君を救ってみよう。早く――早く食べたまえ。さあ、さあ、さあ、さあ――」

「え、でも、僕……そんな……」

「大丈夫、これは美味しいものだから心配ないよ、さあ、さあ……」


 泣きそうになるスター君に、俺は一瞬不安になるがここが勝負どころだ。

 にこやかに、しかしできるだけ表情を殺して俺はスター君に近づく。目の前に皿を持っていったところで、遂にスター君は悲鳴を上げた。


「ちょ、ヤダああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!そんなもの食べたら、本当に(・・・)お腹が痛くなっちゃうよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ――よし、成功だ。間違っていたらと思うと内心罪悪感がすごかったが、どうにか賭けには勝てたらしい。

 俺はにやりと笑うと、皿を置いてスター君に語りかけた。


「今、本当に(・・・)って言った?どういうこと……かな。今までは本当に痛いんじゃなかったの?」


 あ、という顔をするスター君。しかしやがて、観念したように俯いた。子供は素直でいいねえ。


「……ご、ごめんなさい」

「いいから、怒ったりしないから何でお腹が痛い振りをしていたのか、俺に話してごらん」


 俺は、できるだけ優しく聞こえるように声をかける。


「……僕や、ママを……炎で焼きつくしたり、土に埋めたりしない……?」

「しない、しない。しないから話してごらん」


 つーかできないからな、今の俺は。

 とはいえその言葉でスター君は安心したようで、どうして仮病を使ったのかぽつりぽつりと話してくれた。


「習い事がいきなり増えて……しんどかったの。今までは、剣術や魔法、どれかひとつを鍛錬すればいいって言われてたけど、最近、全部ひっくるめて勉強するのがいいってママが聞いて来て……それで、僕の習い事も、急に増えて……友達とも遊べないし……」


 なるほど、そういうことか。そして一度ついてしまった嘘はなかなか引っ込みがつかない。特にあんな性格のお母さんだとなおさらだろう。そして俺のところまで引っ張られてきてしまったわけか……小さい子にとっては、知らない英雄よりも身近な親に叱られることが一番嫌だったりするものだからなあ。しかしそれはそれとして、習い事に剣も魔法も全部ひっくるめてってのは、俺がこの間マローやシャルロッテにアドバイスしたことが流行になってるのかね。それなら俺にも責任の一端はあるわけか……

 少し気が重くなったが、そんなときは腹ごしらえをするに限る。


「さて、それじゃあこれでも食べるか」


 そう言って俺は、目の前の皿に乗っている茶色いそれを、無造作に口に放り込んだ。


「――へ?え?えええええええええええええええええっ?」

「何を驚いてるんだスター君、これはクサリバナナ(・・・・・・)と言って、南の島に生えている果物だ。珍味として有名なんだぞ」


 この間ペンシさんに持って来てもらったお土産の一つ。茶色くて長いその見た目から敬遠する人も多いのだが味は普通のバナナの何倍も甘くて、しっかりしているから俺は好きだ。


「ほら、折角だから一口どうぞ」


 スター君にちぎって渡すと、最初は疑わしそうな目でこちらを見ていたが、やがて意を決したように口に運ぶと、それまで見せたことのなかった笑顔になった。


「――あ、これバナナだ。おいしい……」


 やはり子供はこうでなくちゃな、そう思いながら、おれはもふもふとクサリバナナを食べるスター君を見つめていた。

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