17.病気の子供がやって来ました(中前)
「――えっ!?やっぱり痛いままなんですか!?」
シーシャが焦ったように言った。
もっと焦ったのは俺だったのだが。
結論から言えば、シーシャの回復魔法は効果がなかった。彼女が回復魔法を使ったあと、スター君に確認を取ればやはりお腹は痛いままだと言う。
と、いうことは当然の帰結として……
「ああスターちゃん、可哀想に……カイル様!お願いするザマス!どうか英雄様のお力でなにとぞスターちゃんを救ってくださいザマス!」
俺に助けを求めて来るんだよね畜生!
ま、まあ俺がここで無理難題をふっかけることはよくある話だ。ヒーチさんはプライドが高そうだし、そこらへんをうまく攻撃するような代償を求めればきっとなんとか……
「カイル様……私からもお願いします!魔法を使うのはカイル様なのですから、私が口を挟むことは差し出がましいとよく理解しておりますし、これまで一度も口を出すようなことはありませんでした……けれど、今回はわけがわからないのです!回復魔法を使ってもまったく手ごたえがありませんでした……いつもなら、治せないにせよ、何かしらの感覚はあるのに……」
――いやいやなんで涙を浮かべながらこっちを見るんですかシーシャさん。そういうのは俺が力を持っているときにやってくださいよ泣きたいのはこっちだ!
とかくこの世はままならない。なんでちょうど今回に限ってシーシャが口を出してくるのだ。ヒーチさんに難題を出しづらくなったじゃないか。
いや……?待てよ、シーシャが手も足も出なかったということは、逆に俺もどうにもできなかったとしてもそこまで違和感を抱かせない……のか?
実はシーシャが俺の能力喪失を疑って罠を張っているとかなら、ここで俺が失敗する振りをするのはおかしいけれど、彼女の性格的にそういうことはしない……と思う。もしやってたらどうしよう。怖い。
いや、怖がっていてもしょうがない。さすがに付き合いは長いのだ。シーシャの魔法が通じなかったのは本当……だろう。ならばその線でいくか……
と、そんなことを考えながらスター君のことを見ていると、俺の視線に何かを感じたのかスター君が口を開いた。
「ママ……もう諦めようよ。聖女様でもだめだったんだから……もうこれ以上迷惑をかけられないよ……」
途切れ途切れになりながらそんなことを言うスター君。まだ幼いのにそんな考え方ができるあたり、やはりここは現代日本とは違うのかなあという気になる。少なくとも俺が彼くらいの年のときに原因不明の腹痛に悩まされていたらこんな達観したようなことは言えなかったろう。あるいは、そんなことを言えるようになるほど、様々な医者や魔法使いに匙を投げられてきたのか。
「何を言うザマス!これから腹痛で習い事も何もできなければ、どうやって将来生きていくザマスか!お父さんやお母さんのように立派な仕事に就いて立派な生活をするには、今から習い事をたくさんしておかなければならないんザマスよ!大丈夫、英雄様がきっとなんとかしてくれるでザマス!」
ヒーチさんが遮るようにそう叫ぶと、スター君は「ひっ……」と言ったきり黙ってしまった。まあこの年頃でこのお母さんなら逆らえないわな……ん?
今一瞬、何かを掴めそうな気になった。それが何かを、俺は懸命に探る。とにかくボロを出さないために、生き残るために俺がこれからすべきことは、少しの情報でも有効に利用することだ。慣れないと感じながらも、俺はここまでのこの親子との会話を思い出す。
……少しヒステリックで教育ママ的なお母さん……まだ十歳にもなっていないスター君……原因不明の腹痛……その割に症状に諦めきっているような様子……
もしか――して。いやいやさすがに、でもこの年ごろなら……
「――わかり、ました。シーシャの回復魔法が使えなかった以上、保証はできませんが、俺がスター君を治してみましょう。しかし……大変デリケートな治療を行いますから、どうか俺達を二人っきりにしてください。シーシャはヒースさんの相手をしておいて」
そう言って、俺はスター君の手を引くと部屋を出て、別の部屋に移動した。