15.大商人がやって来ました
「やあやあカイル様!ご無沙汰しておりますな!」
「ペ、ペンシさん……これはどうも……」
俺は大柄な髭もじゃ男に慣れ慣れしく肩を掴まれていた。しかしそれくらいは甘んじて受け入れるべきだろう。何故なら俺が隠遁生活に入ることで一番迷惑をかけている人がこの人であることに間違いはないだろうから――
ペンシ=ハードッツ。ラーニャの父親にしてハードッツ商会の会長を務める彼はある日突然やって来た。いや正確には突然ではなく、
「カイル、お父さんが今日来るらしいわ」
とラーニャに言われたのだが当日というのはいかがなものかと思う。
「そんなこと言われても、カイルはいつ誰が来ても気にしないじゃない。『事前に予定を立てるなんて面倒なんだよ!来たいときに勝手に来いや!』とか、皇帝陛下にすらそんなこと言ってたじゃない」
黒歴史をいじくるのはやめてくださいラーニャさん。あの頃は力があって驕ってたんです。
などとラーニャに言うわけにもいかず、俺は仕方なくペンシさんの訪問を受け入れた。伴は山の麓にいるそうで、家までやって来たのはペンシさん一人である。
さて、俺が何故ペンシさんに会う気が進まないかというと、俺の隠遁生活と関係がある。そもそも帝都にいて豪遊していたころは、世界中の珍味珍品を取り寄せていたのだが、主にその仲介をしてくれていたのがハードッツ商会なのだ。だから俺の隠居で、ペンシさんは大口取引先を失ったことになる。そのことでペンシさんも怒っているのではないかと思ったが――
「はっは、なあに他の商会に取られたならともかく、隠居なら仕方ありませんな!それにカイル様のお考えは娘から手紙で説明してもらいましたし。まさかあんな考えがあるなら 納得しないわけにはいきませんよ!」
――なんだそれは。
全く心当たりがないぞ。
隣に座るラーニャを見たらめっちゃドヤ顔してた。何を勘違いされているのかすごく気になるがボロを出したくない。俺は曖昧に笑って誤魔化した。
「ラーニャも競争相手が減って幸せそうですしな。いやあ全くカイル様のようなお方と一緒にいられるなんて娘は幸せものだ」
これは本心か、それとも未だ三人嫁を囲っている俺に対する、その父親からの皮肉なのか。うう……会話の深い意味なんて考えなくてよかった頃が懐かしい……
しかしすぐにペンシさんは話題を変えた。
「おお、そういえばこちら、カイル様にお土産です」
先程から気にはなっていたのだが、大きな箱をペンシさんは持って来ていた。その荷物で山の上まで登って来るのは大変だったのではないかと思うのだが、体格がいいので気にはならなかったのだろうか。
渡された箱を、礼を述べてから開ける。そこにあったのは、俺が以前からカイルさんに頼んで取り寄せて貰っていた、珍味の数々だった。
「サギの実にコンペータの干物、クサリバナナと……メロメロメロンまで!こんな高価な物をお土産としていただくわけには……」
「なあに、カイル様には今まで散々儲けさせて貰いましたからな。お礼も兼ねてですよ。いきなりのご隠居ですし、たまにはこれらの味を懐かしく思うこともあるかもしれないと思いましてね」
確かに入っていたのは俺の好物ばかりだ。しかしまたこんな贅沢をしていると噂になれば、折角の隠遁生活も……しかし、それでも美味しそうな……
「このことは商会の中でもごく僅かな者しか知りません。これまでのように大量の物をお届することはできませんが……たまにこの程度の物をお届するなら、今後もできますよ。勿論毎回ともなりますとやはりお代をいただきたいですが……」
悪そうな顔で俺に耳打ちしてくる大商人の言葉に……俺は陥落した。
ま、まああれだ!力を失った俺としてはペンシさんに恨みを買うわけにはいかないのであって、それならいきなり取引を切るのではなくこうして小規模にした上で継続するほうが安全っていうか……つまり欲望に負けたわけではなくて戦略的な考察の結果なのだ――!
「ふうん……それをこれからもいただくことになったんですか……」
ペンシさんが帰ったあと、もらった箱を眺めながらニヤニヤしている俺の背後から冷たい鈴のような声が聞こえた。振り向くと……清貧を旨とする天上教の聖女がジトっとした眼でこちらを見ていた――しまったあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!シーシャのことを忘れてたあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!
余程俺が顔を蒼くしていたのか、彼女はふふっと手を口に当てて笑い、
「冗談ですよ。あの帝都の暮らしは天上教に合っていないと思いますけれど……これくらいの量なら、まあ、許されると思います。カイル様も急に生活を変え過ぎてはかえって変な影響が出るかもしれませんし――ラーニャのご実家ですからね。いきなり取引を切るよりはこうして正解だと、私も思います」
そう言って微笑むシーシャは本心だったと思いたいけれど、やっぱり根がチキンでヘタレな俺は実は彼女が怒っているのではないかと、内心ガクガク震えているのだった。