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ラーレ・ムンドゥス ~異世界で戦闘民族と国作り!~  作者: 印西たかゆき
第一部:第一章 適当な処置と希望の芽生え
8/80

アスナ、キャラ崩壊! いざ、決闘へ!

「いくよっ!」


 ジーナと相対して構えをとるテオは、意識を集中させて時間の流れが遅く感じ始めると、大地を蹴ってジーナに突進した。

 もちろん、ジーナは問題なく動けている――ジーナは、テオが射程圏内へ入るとすかさず右拳を叩き込んできた。


「ふっ!」


 しかし、テオには不思議と恐怖感はなかった。昨日あれだけ激しくやられたのにも関わらず――テオはジーナの右正拳突きを横にかわしながら、彼女の懐に入り込んだ。


「甘いぜっ!」


 ジーナは見計らったかのように、右膝蹴りをテオに浴びせた。


「っ! ぶあッ!?」


 ジーナの膝を直感的に左腕だけで受けたテオは、そのまま後方に吹き飛び、修練場の地面を転がる。これはテオにとって、あまりにも予想外なことだった。

 テオが意識を集中させた状態の空間でもジーナが動けることは前の戦いで知っていたが、ジーナがテオに対して本格的な反撃をしてくるのは、今回が初めてだった。


「おらっ! どうしたっ!? もっと来いっ!」


 立ち上がるテオの向こうでは、シャドーボクシングをするジーナと腕組みをしてジッと戦いを見つめるアスナがいる。

 テオは痛む左腕と腹を気にしつつ、再び構えをとった。


「っ!?」


 その時、テオの脳内に女性の声が響いた。


(……聞こえるか?)


 それはフォルトゥナの声だった……テオは心の中で焦りの言葉を述べる。


(ね、ねぇ、どうしようっ!? このままじゃ――)

(何を泣き言を言っている。君はすでに、自分の戦闘力を上げる方法や格闘技術を、すでに身に付けているぞ? もっとも知識だけで、実戦で使ったことはないようだがな)


 フォルトゥナにそう言われ、テオは急いで自分の記憶を掘り起こしていく……そして、ある結論に至った。


(もしかして……たまに図書室で読んでた……?)

(そうだ、あれは武術だろう? アレがそのまま通用するとは思えないが、戦うための土台として運用出来れば君にとって大きな助けになるはずだ……じゃ、頑張って)

(待って! あれはただ読んだだけでっ!……? ねぇ、ちょっとっ!)


 フォルトゥナの声は、いつの間にか聞こえなくなった。


(もうっ!)


 心の中で怒りながらも、テオはある構えをとった……それを見て、ジーナとアスナの表情も強張こわばる。


「おい、ジーナ……」

「ああ。分かってる……アイツ、空気が変わりやがった」

「仮にも異世界から来た人間だ。何をするかわからん。気を付けろよ」

「へへ、てめぇに心配される覚えなんてねぇよ」


 二人の目の前には、空手の『三戦立ち』の姿勢をとったテオの姿があった。

 二人にはその構えの意味は理解できなかったが、これまでの戦闘経験でつちかった勘が、しきりに警告している。


『奴は強い』


 その思いは、二人にテオに対する警戒心を植え付ける以外にも、絶対に勝ちたい、あるいは戦ってみたい……そんな欲求を芽生めばえさせるほどだった。


(た、たしか、こうだったはず……)


 そう、テオは以前、図書室で空手や合気道の本を読みあさっていたことがあった。

 初めはイジメっ子達に対抗するために実際に修得するつもりだったが、いつの間にか自身の知識欲を満たすために読むようになっていた。

 そのため、テオには格闘技の経験などない……せいぜい知識があるくらいだ。

 だがそれでも、今のテオにとっては、その知識こそが唯一の武器として機能している。


(落ち着いて……大丈夫……気を意識して……)


 そしてテオは、自身の体内を巡る気に意識を集中させた……テオの気は穏やかに体内を巡り、特に異常はない。


(大丈夫……大丈夫……)


 テオは、独特な呼吸をしながら気を自身の身体全体に張り巡らせるように展開した。

 その作業は、ジーナとアスナの視界にも見える形で行われる。


「なにやってんだ、アイツ?」

「さぁな、分からん」


 二人の目の前では、テオが自身の身体から溢れ出す闘気で全身を包み込んでいるように見える……その闘気は徐々に小さくなっていき、やがてテオの身体に薄皮一枚の薄さで張り付いた。

 テオはゆっくりと目を開ける……彼の目は闘気と同じように薄水色を中心とした複雑な色になっており、文字通り気力にあふれている。


(よしっ!)


 テオは決心すると、三戦立ちのまま、すり足でジーナの元へ向かった。


「……ほう」

「へへ、おもしれぇっ!」


 二人は互いに笑みを浮かべ、テオのすべての挙動きょどうに目を向ける……やがて、テオの身体がジーナの射程圏内に入った。


「何をしでかすか知らねぇが……オラッ!」


 ジーナの右拳がテオの顔面を粉砕する――かと思いきや、テオはその右拳を素早く避けてジーナの懐に入る。


「馬鹿野郎っ! 同じ手なんか――」


 ジーナがそう言いながら膝蹴りを繰り出すが、テオはさらに踏み込み、膝蹴りを片手で捌きながらジーナの真横に立った。


(なにっ!?)


 ジーナはそう思ったが、もう遅い――ガラ空きのジーナの脇腹に、テオの鋭い肘打ちが炸裂した。


「ぐおぉっ!?」


 その肘打ちは昨日のテオの正拳と比べて遥かに威力が上がっており、ジーナは十数メートルほど吹き飛ばされてしまった。


(……あの構えと闘気が溢れた瞬間、陛下の戦闘力が跳ね上がった……気合いを入れたにしてはあまりにも大きな変化だ……いったい、なにが……)


 吹き飛ばされたジーナを見て、アスナはそう思った……恐らく、今のテオの戦闘力はジーナを上回っているだろう。

 だが、ジーナも一筋縄でいけるような相手ではない……地面に転がり、剥き出しの整地された地面に爪を立てて体勢を立て直したジーナは、テオの方をギロッと睨む。

 格下だと思っていた相手に、一撃を喰らわされたことに怒っているのではない……単純に、攻撃されて吹き飛ばされたことに怒っているだけだ。


「やるじゃねぇか……」


 そう言いつつも雰囲気が変わったジーナはテオにそう吐き捨てると、両足を広く開け、両腕を仰々(ぎょうぎょう)しく開く構えを取った。


(やるつもりなのか、ジーナ……)


 アスナは、心の中で不安に思っていた……ジーナの構えがどういった類のものなのか、アスナはよく分かっている。かつて二人で死合いをしていた頃に、何度も見て、何度も敗北した構えだ。もっとも、そのうち何回かは勝つことができた……その時の喜びは今でも忘れない。


「いくぜ……」


 ジーナはそう呟くと、一気に闘気を解放した――轟音と共に砂塵が巻き上がり、赤黒い闘気がジーナの全身を包み込み、その風圧はかなり距離がある筋トレ用具を納めた棚も地面に倒すほどだった。


「うわっ!?」


 テオは一瞬のことに驚いて目をつぶってしまい……その事に気づいた時にはすでに遅かった。


「喰らいやがれっ!」


 再び目を開けたテオの眼前には、勝利の笑みを浮かべるジーナの姿があった……その目は黄金に輝き、両腕には赤黒い闘気と黒煙が纏わりついていた。

 そして、ジーナが両腕を振り下ろした瞬間、テオの立っていた地面はジーナの闘気による風圧と拳撃の衝撃で轟音と共に穿うがたれた。


「っ! どこに行きやがったっ!?」


 しかし、その場所にテオの姿は見えず、ジーナの視界には自分の左横に見える薄水色と薄緑色を中心とした光の軌跡きせきだけだった……ジーナがその軌跡を目で辿たどると、


「はぁっ!」


 そこにはテオがおり、その足はジーナの膝関節を正確に蹴り上げていた。


「うおーっ!?」


 テオに内腿うちまたを蹴り上げられたジーナはガクッと体勢を崩し、その顔面にテオの裏拳が炸裂する。


「ぐはっ!」


 ジーナの巨体はその裏拳の衝撃のために激しく地面に叩き付けられ――彼女が衝撃のために閉じた目を開けた時には、すでに眼前にテオの拳があった――。


「そこまでっ!」


 アスナはそう叫ぶと、二人の元へと向かった。


「だ、大丈夫、ジーナッ!?」


 アスナの号令が聞こえると、テオは闘気を消してジーナを助け起こそうとした……ジーナの腕を取って起こそうとすると、その部位から彼女の身体の重さがズシリと、テオの両手に伝わってくる。

 その時初めて、自分がこの人物を殴り飛ばした事実を、テオは深く噛みしめることになった。


「……あぁ、誇りはズタズタだがなっ!」


 ジーナは助け起こされながら、意地悪くテオに言った。

 だが、彼女は今の戦いでテオが見せた技を、素直にすごいとも思っていた。


「……お前、今のどうやったんだ?」

「え? 今のって――」

「闘気と構えだよっ! アレをしてから、お前の雰囲気が一気に変わったぜ? まるで別人みたいにな。しかも、前に戦った時より強くなってやがる……どうやったんだよ?」

「さ、さぁ……?」


 ジーナにそう聞かれるが、テオにもよく分かっていない。

 フォルトゥナに言われた通りに自分の知識とイメージをすり合わせ、気を意識しつつ構えをとった結果がアレだっただけだ。


(おそらく……)


 アスナの方はさっそく、自分の心の中で考察の旅に出ていた。


(アレは気の掌握と運用、独特な呼吸と構えをとることによる戦意高揚によって自身の戦闘力を上げるものなのだろう……陛下の戦闘力が今は元通りになっているという事は、常時発動できるものではなく、あの一連の動作をすることによって発動できるものなのだろうか……?)


 自分の中である程度の結論を導き出すことは出来ても、アスナにはまだに落ちない点がある。


(それだけでは、あの構えをとったジーナを倒すことは出来ないだろう。明らかに、陛下の普段の戦闘力が以前にも増して上がっている……昨日のジーナとの一戦でやられたことによって上がったのか、それとも修練を積んだからか、はたまた私とジーナの戦いを見て自然に上がったのか……)


 そのことについていくら考えても、まるで暗黒の海を漂い続けているかのように、まるで答えが出てこない……だが、アスナはテオの成長を嬉しく思っていた。


(いずれにしても、とてつもない逸材だ……)


 そんなアスナの目の前では、テオとジーナが押し問答をしている。


「だから、僕でも説明できないんだってば~……」

「なんだよ、もったいつけんなよ~」


 そう言いながら、ジーナは突然、テオの頭をヘッドロックした。


「わぶっ!?」


 ジーナの丸太のように太い腕と山脈を思わせる乳房に挟まれ、テオは痛みとありがたみの狭間はざまを往来する……彼女から漂ってくる女性らしくも荒々しい複雑な香りは、テオにジーナを女性として意識させるには充分だった。

 しかし、その複雑で甘美な時間は、アスナによって終わりを告げられる。


「コラッ! ジーナッ! 陛下を離せ、愚か者っ!」

「いいじゃねぇかよ~、俺はテオが気に入ったんだっ!」


 そう言って、ジーナはテオを離して彼の両肩をガシッと掴み、大声で宣言した。


「よし、決めたっ! テオッ! お前、俺の旦那になれっ!」

「えっ!?」


 それは、テオにとってあまりにも唐突過ぎる宣言だった。

 そしてその意味を理解すると、不思議とテオの目線はジーナの胸と顔にいく……よく見てみれば、ジーナは間違いなく美人の類に入る。アジア系とラテン系が混じった複雑な顔立ちは、アスナとは違った魅力を醸し出している……鎧のような筋肉がなければ――。


「お? なんだ、お前。人の胸と顔ばっかり見てよ。あ、分かったぜっ! 見てぇのかっ!? そうなんだなっ!」


 そう言って、ジーナは片手で胸当てを脱ごうとする。


「わぁああっ! い、いいよ、ジーナッ!」

「ん? なんだ、いいのか?」


 二人がそんなやり取りをしていると、アスナがジーナの眼前に迫った。


「ジジ、ジーナッ! 貴様、何を言っているっ!? へ、陛下にはエルザという許嫁がいるのだぞっ!?」

「あ? 別に気にしなくていいだろ、あんなチンチクリン……あ、分かったぜっ! お前、テオに惚れてんなっ!?」


 ニヤついた笑みを浮かべたジーナにそう聞かれると、アスナは途端に顔を真っ赤に染めた。


「なな、な、何を言っているっ!? わ、わわわ、私は界皇直轄の執政官としてだなぁ!……い、いや、待てよ? そもそも、あの小娘をなんとかすれば、陛下は私のモノになるのか?

 いやっ! ならん、ならんっ! 界皇と執政官がそのような関係になるなどっ!……し、しかしっ! 心優しい陛下には、私のような現実的思考が出来る人間が傍にいるべきで……うおぉぉおおっ! ど、どうすればいいんだ、私はっ!?

 そ、そもそも、執政官と界皇が添い遂げることを、一族のみんなは許してくれるだろうかっ!? そ、そうだっ! そもそも、一族や民族の意見などどうでもいいのだっ! 愛の前では、種族の未来などクソ喰らえだっ! えへっ! えへへへへへっ!!」


 形容しがたいほどの気持ち悪い笑みを浮かべて、何事か叫んでいるアスナを見ながら、ジーナとアスナは口を開いた。


「……大変だね、アスナって……」

「……まったくだぜ、どんだけマジメに生きてんだよ、戦闘種族のくせに……」


 呆れた顔をした二人に気づき、アスナはハッとした表情をしてテオを見る。


「ふぁっ!? へへ、陛下っ!? いつからそこにっ!?」

「……ずっといたよ、アスナ」

「ずず、ずっとっ!? も、もしや、陛下は私と添い遂げるために、神が遣わした――」

「ないない、それだけは絶対にないぜ。それで……どうなんだ? テオの事が好きなのか?」


 正直、ジーナに改めてそう聞かれると、テオの方も緊張してしまう……どうでもいいなんて言われたら、明日からどう接すればいいのか……対するアスナの方は、


「にゃにゃ、にゃにを聞いておるっ!? わ、わらひはっ!――」


 もはや言葉も満足に話せない状態だった。


「ああ、分かった、分かったっ! お前もテオが好きなんだな、良かったな」


 ジーナにそう言われると、アスナは何も言わなくなったが全身をプルプルと震わせている。


「ね、ねぇ、アスナ。どうしたの?」

「……」


 テオの問いにも答えず、アスナはしばらく体を震わせていると、突然全身から闘気が溢れ出した。


「うわっ!?」

「ちょっ! 落ち着けよ、アスナッ! ちょっとした冗談みたいなもんだろっ!」


 二人の制止の声も無視し、アスナは両手を二人に向ける。


「ちょ、まっ――」

「うわああぁぁぁあああっ!!」


 アスナの絶叫と共に彼女の両手から闘気が勢いよくビームのように放たれ、ジーナとテオを包み込んだ。


「わぁっ!」

「うおおっ!」


 二人は闘気の波にもまれ、そのまま城壁に叩き付けられてしまった。


「……ぐふっ」

「……クソッ、なんだよ」


 闘気によって焼かれた肌は煙をたなびかせ、二人はそのまま地面に倒れて気絶する……後に残ったのは、目をギラつかせるアスナと破壊された城壁だけだった。


「……ハッ!? わ、私はいったい何をっ!? むっ!? へ、陛下っ!? 陛下ーっ! ご無事ですかー!」


 我に返ったアスナは、急いでテオ達の元へと向かっていったのであった……。


                    ※


 翌日、テオは自室のベッドの上で目を覚ました。

 昨日の最後の記憶は、涙目で顔を紅潮こうちょうさせたアスナが、自分に向かってエネルギー波を放つところで終わっていた。あの時のアスナの紅潮した顔は、今でも忘れられない……おそらくは、当分忘れられないだろう。


「……あれ?」


 何か忘れている……テオはそう思いながら、ベッドから起き上がった。

 自分が今着ている服装は毛皮で作ったパジャマではなく、いつもの胸当てに腰当ての姿だった……たぶんあの後、直接自室に運ばれたのだろう……しばらく呆然としていると、廊下側の扉がノックされた。


「はい、どうぞ~」


 こなれた調子で返事をすると、扉がゆっくりと開いて外からアスナ、ジーナ、アデーレが入ってきた。 アスナはずっと顔を伏せたままであり、ジーナはニヤニヤとした表情を浮かべ、アデーレは……どこか恍惚こうこつとした表情でテオを見ている。


「あの……おはよう」


 三人はテオの目の前に立っても、それぞれまったく異なる表情を浮かべたまま沈黙しているため、テオが朝の挨拶をしてみた。すると、アスナがおもむろに顔を上げた。


「……昨日は申し訳ありませんでした、陛下」


 アスナはそう言って、頭を下げた……数秒して頭を上げた後も、彼女はテオと目を合わせようとしない……続いて、ジーナが優しい微笑みを浮かべて口を開いた。


「まぁ、なんだ……決闘、頑張れよ」

「……あっ!」


 テオは驚愕の声を上げた。それと同時に、今日がリンダとの決闘の日であることを思い出した。


「ど、どうしようっ! 僕、勝てるかなぁっ!? ねぇ、勝てるかなぁっ!?」


 その問いに答えてくれる者はいない……というより、答えることが出来ない。

 ある者はテオが敗北することを前提に今後の事を考えていたが、自分のせいでその計画が頓挫とんざしたことに責任を感じ、ある者は決闘そのものに複雑な心境を抱き、またある者は、目の前の美しい少年を今すぐにでも我が家に持ち帰りたいと考えていた。


(ど、どうしよう……)


 静寂な空間は朝には貴重なものだが、今のテオにとっては不気味以外の何物でもない。

 今日、自分が死ぬかもしれない……そのような思いが、テオの心をジワジワと侵食し始める。一応、フォルトゥナから戦うためのヒントは得られたが、それでも不安だった。

 テオのこの上ない焦りの表情を見て、アデーレは口を開く。


「テオ様、どうかお気を確かに……泣こうが喚こうが、リンダとの決闘は避けられませんわ」

「……そう、だね……」


 未だに覚悟は決まらないが、アデーレのおかげで冷静になることは出来た。

 テオは一回深呼吸をすると、三人を見て平静を装って答える。


「……今までありがとう。どんな結果になっても、僕はみんなと一緒にいられて幸せだったよ」


 その言葉を聞いて、アデーレとアスナの目に涙が浮かび、ジーナも『へへっ』と照れ臭そうに笑った。

 その後、テオは三人に連れられて、闘技場へと向かう。

 三人が生活棟を出て城壁の門を出て坂道を下ると、城下町の方はお祭り騒ぎのようだった。


「お、陛下っ! 頑張れよっ!」

「気合い入れなっ!」

「ありがとうっ!」


 テオの姿を見かけた女性達が、口々にそう言ってくれた。仮にお世辞だったとしても、今のテオにとっては大きな励ましの言葉だ。

 やがて闘技場に着くと、テオは三人に導かれて闘技場の裏に設けられた地下へと続く坂道を降りていった。坂道を降り切った先にある通路の中は燭台が等間隔で置かれており、足元までハッキリと見ることが出来る。

 しばらく剥き出しの地面と左右に扉と廊下が設けられた通路を進むと、突き当りにある一つの扉の前に来た。


「……こちらは、闘技場で戦う闘士達の控えの間になっております」


 アスナは沈痛な面持ちで静かに言いながら、扉を開けた……テオ達が控えの間に入ると、そこには数人の闘士達がいた。

 彼女達はテオ達の姿を見ても、鼻を鳴らして横を向いてしまう……どうやら、あまり歓迎されていないようだった。

 今回のメインイベントは、あくまで次期界皇となるテオとスキティア皇国界皇直属武道師範代であるリンダの決闘だ。

 闘士達にも、誇りはある……自分達が命がけで戦う死合いが、テオとリンダの決闘を引き立てる『前座死合い』になる事に、少なからず反感を抱いていた。


「陛下、こちらへ……」

「うん……」


 ピリついた空気の中をアスナに導かれ、テオは壁際の長椅子に座った。

 そこはちょうど控えの間全体が見える位置にあり、長椅子に座ったテオを三人は護衛するように取り囲んだ。


「しばらく時間ある?」

「ん? あぁ、まぁな。最初に闘士達の死合いがあって、最後にテオとお袋の決闘のはずだぜ」

「そっか、ありがとう」


 ジーナにお礼を言うと、テオは目を閉じた。


(少しだけ、眠ろうかな)


 そう思って、テオは眠りについた……。


                    ※


「……また?」


 眠ったと同時に、テオはまた例の空間に来ていた……彼の目の前には、フォルトゥナが立っている。


「そうけむたがるな。君に戦うためのヒントをあげたのは、この私だぞ?」

「それはそうだけど……」


 まさか殺し合いをすることになるなんて……そう不満を述べるより先に、フォルトゥナが口を開いた。


「まぁ、死合いをすることになったのは私にとっても予想外のことだったんだ。悪く思うな」


 そう言いながら、彼女はテオに近づいた。すぐ近くで見てみると、このフォルトゥナという女性もスキティア人の女性らしく筋骨隆々とした体格をしていることがよく分かり、その物腰はアスナのように穏やかで理知的であることに、さすがはスキティア人の神様だなとテオは素直に感心した。


「それで……どうしたら勝てるの?」


 テオのその問いに、フォルトゥナは顎に手を当てて悩んだ。


「う~む……分からん」

「えっ!?」

「当然だろう、彼女とは面識がない。そもそも、戦いでは『こうすれば勝てる』というような必勝法は存在しない。なのに、どうしたら勝てるかなど……分かるものかっ!」

「そ、そんな……」


 フォルトゥナにそう喝破かっぱされ、テオはうなだれる……自分がどうすれば、勝てるのか……そう思い悩んでいる時、彼にある疑問が浮かんだ。


「あっ! そう言えば、チート能力はどうなったの? 確かに、向こうの世界にいた時よりは見た目もいいし強くなってるし、感謝してるけど……」

「あぁ、それか」


 フォルトゥナは、テオの両肩をガシッと掴んだ。モデルのように美しい顔には似合わない、ささくれだってゴツゴツした両手は、不思議と今のテオには安心感があった。


「それは……いずれ分かる。心配しなくても、君にはいくつかの能力を授けておいた。ちなみに肉体や闘気の強さだが、元々の君の強さを、この世界の肉体に反映させた結果に過ぎん。たゆまず修練を続ければ、きっと今よりも強くなるだろう」


……なんとも掴みどころのない言葉だ。

 テオは焦った。このままでは、自分は殺されてしまうかもしれない……ここにきて改めて、自分が置かれている立場に危機感を覚えた。


「だ、だけど……僕は――」

「よく聞け、テオ」


 フォルトゥナはテオを落ち着かせるように言葉を発すると、静かに語り出した。


「どうせ、人はいつか死ぬんだ……老衰だろうが戦死だろうが、あらゆる生命はいつか終わりを迎える。私達だって、老衰は無いが戦死や……まぁ、とにかく私も、かつては君達と同じような存在だったのだ。神と崇められているが、そのような崇高な存在ではない。この世界に限らず、あらゆる次元、世界、宇宙は無限と永遠の輪のような存在の中で廻っているものなのだ」

「……え?」

「じゃ、そういうことで」


 フォルトゥナはそう言って、紫色の閃光と共に姿を消してしまった。


「ちょっ!? ま、待って……」


 テオは叫んだが、徐々にその意識を失っていった……。


                    ※


「テオ様、起きて下さいまし。死合いのお時間でございますわ」

「……ん……アレ?」


 眠りから覚めたテオの目の前には、アデーレの姿があった。

 周りを見てみると、控えの間の床には血痕が辺り一面にこびりついており、先程見た女性達が倒れていたり、腕を押さえてうずくまっていた。


「あ……」


 テオはその光景を見て、自分の立場を再認識した。

 自分は、今からこうなるかもしれない……単純な、しかし自分の心に深く突き刺さる思いがこみ上げてきた。

 元いた世界ではかなり凄惨で陰湿なイジメを受けてきたテオだが、命の心配をするほどではなかった。

 だが、今は違う……これから自分は、まともに話したこともない相手と殺し合いをするかもしれない……。


(……)


 何も考えが浮かばない……この場から逃げ出すことも出来ない。結局、フォルトゥナからはアドバイスのようなものは聞けなかった。

 テオは、半ば諦めた気持ちで闘技場の武台へと上がる坂道の前まで来た。

 彼の横には、アデーレとアスナ、後ろにはジーナがいる。三人とも、テオに語り掛ける言葉もなく、心の中で彼の無事を祈るのみだった。

 不意に、テオはアスナを見る……アスナもテオの視線に気づき、テオを見つめる。


「あの……いかがなさいましたか?」


 彼女は未だに、昨日の出来事を自分の責任だと感じて悔いている……そんな彼女に、テオは界皇として……あるいは一人の男として、アスナをギュッと抱きしめた。


「へ、陛下っ!? なにをっ!」


 案の定、アスナは仰天の声をあげ、アデーレは恨めしそうにアスナを見る。ジーナは相変わらずニヤついた笑みを浮かべながら、アスナとテオを見ている。


「アスナ……昨日の事だけど……気にしなくていいよ」

「陛下?」

「僕……戦うのが怖いし、この決闘で死んじゃうかもしれないけど……アスナと出会ったこと、絶対忘れないから……」


 それは、もはやこの決闘に勝ち目がないと踏んだテオの……次期界皇として絞り出した言葉だった。

 外からテオの言葉を叫ぶアナウンスと思われる声が聞こえ、坂道の先にある門が開き、外から陽光が差し込んでくる……不思議と、テオにはその光がどこか神々しく感じられた。


「それじゃ……行ってくるよ」

「あ……」


 テオはそれだけ言って、坂道を上って陽光の中に消えていった……後に残された三人は、その姿をジッと見送った後、ジーナがアスナの肩に手を置いた。


「……優しいじゃねぇか、アイツ」

「……ああ」


 アスナの両目は充血し、涙が溜まる。

 続いてアデーレが、アスナの背中に手を添える。


「あなたの事は嫌いですけれど、今は一時休戦ですわ……一緒にテオ様を応援いたしましょう?」

「……ああっ!」


 アスナはグイッと目に溜まった涙を拭い取り、二人を引き連れて控えの間を後にした。

 向かう先は一等観覧席……その眼に、テオの雄姿をキッチリと焼き付けるためにっ!

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