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ラーレ・ムンドゥス ~異世界で戦闘民族と国作り!~  作者: 印西たかゆき
第一部:第一章 適当な処置と希望の芽生え
7/80

この世界における、最初の受難

――徐々に意識が覚醒するにつれて、テオは自分がいる場所が、例の暗黒の空間であることに気がついた。

 しかし、空間は以前来た時とは違って少し明るく、起き上がったテオの目の前には例の女性がいた。


「やぁ、元気そうだな」

「……えぇ、まぁ……」


 テオはその女性に、力なく返事をした。ここ最近で起きた出来事に対する疲れもそうだが、何よりジーナの右フックが強烈に効いた。

 少し朦朧もうろうとする意識のなか、テオは目の前の女性を見る。よく見てみれば、その女性はあの聖堂のような場所に飾られていた肖像画の人物にそっくりだった。


「その……あなたは、フォルトゥナ……って人なんですか?」


 テオの問いに、女性は笑みを浮かべて答えた。


「ああ、そうだ。私がフォルトゥナだ」


 その言葉を聞いて、テオの脳裏にはあらゆる疑問が浮かんだ。

 なぜ自分をこの世界に連れてきたのか?

 自分はこの世界で何をすればいいのか?

 だが、フォルトゥナはそんなテオの疑問を見透みすかしたような笑みを浮かべた。


「ふふ、心配するな。いずれ君にも、この世界でやるべきことが見つかる。まずは、今日から始まる武闘修練や闘気修練、他にも様々な修練を修めることだ。君がすべての修練を終えた頃、君はこの世界で自分が何をすればいいのかわかるはずだ。いや、もしかしたら、その前にやることは分かるかもしれない……いずれにしても、いつかは君自身が理解できるようになるだろう」

「でも――」


 テオのその言葉をさえぎるように、フォルトゥナは光に包まれて消えていった……。


                   ※


 翌朝、小鳥がさえずる早朝に目を覚ましたテオは、ベッドの中で横たわったまま、自分の身に起きた出来事を思い出していた。

 ジーナに確かな手応えを感じて勝利を確信した後、鬼の形相ぎょうそうで迫るジーナを見て……右フックで壁に叩き付けられた――あの時の光景はよく覚えている。

 剥き出しの敵意のようなものを向けられたのは、テオが歩んできた人生の中であれが初めてだったので、とても恐ろしかった。

 テオはベッドの中で少し身じろぎをするが、痛みなどは感じない。


(よかった……)


 テオはそう思ってベッドから起きて衣類が置かれている棚を開け、いつもの服装に着替えた。さすがに、毎日アスナに着替えさせてもらう訳にはいかない。こう見えても十七歳なのだ。

 テオは着替えを終えると、自室を後にして一階へと降りていく。一階の廊下では、奴隷の女性達が先端に毛皮が付けられたホウキで床を掃除していた。

 彼女達はテオの姿を見ると作業を中断し、胸に手を当てて一礼する。彼女達の見た目はそれぞれ異なっているが、初めて食堂で出会った時に話していた言語は同じものだった。


「おはようっ!」

「おはようございますっ!」


 テオは彼女達に挨拶をして、彼女達が掃除に戻るのを見てそのまま食堂へと向かって中に入ったが、食事の時間にはまだ早かったためか、食堂には誰もいなかった。


(……しょうがない)


 テオが再び廊下に出ると、そこでアスナに出会った。


「あ、おはよう、アスナ」

「陛下っ!? おはようございます、もう出歩いても平気なのですか?」


 アスナは、少し驚いた様子でテオを見た。彼女はこんな朝早くにも関わらず、いつも通りの服装だった。


「うん、大丈夫。問題ないよ」


 テオのその言葉を聞いて、アスナは一瞬頬を緩ませた後にすぐ深刻な顔をした。


「そうですか……昨日はジーナが粗相をしてしまい、大変申し訳ありませんでした」


 そう言って、アスナは深々と一礼する。


「いや、気にしてないよ。ジーナと戦えたことは、僕にとっていい勉強になったからさ」

「はぁ……そう言って下さると助かります」

「うん。だからアスナも、そんなにつらそうな顔をしなくていいよ? それより、食事したいんだけど……いいかな?」


 その言葉を聞いて、アスナに再び笑顔が戻る。


「……かしこまりました。今、奴隷達は城内の清掃に従事しているため、私が作りましょう」

「うん、ありがとうっ!」


 そして、アスナはテオをいつもの席に座らせると、『少々お待ちください』と言ってイスに座ったテオから見て正面の扉の奥に消えていった。

 しばらくして、中から木で作られたお盆を持ったアスナが戻ってきた。彼女はお盆をテオの前に置くと、テオの右横に控える。

 お盆には鯛のような魚をそのまま焼いて塩をこれでもかとまぶした料理と、水が入った木製のコップが置かれていた。


「い、頂きます……」

「ええ、どうぞ」


 テオがそう言って食事をしていると、ふと気になることがあった。後ろの壁に掛けられている紋章だ。


「ねぇ、この紋章って何なの?」

「ん? あぁ、こちらですか。こちらの紋章は界皇の紋章になります」

「そう……っていうことは、僕にとって大事な物なんだ」

「ええ、そうですね。署名をする際には、この紋章が描かれた印鑑を押して頂きますから」

「そうなんだ……ねぇ、アスナはいつご飯食べてるの? その……他の人達も」


 テオは奴隷の女性達を正直に『奴隷』と言うのが嫌だったので、遠回しな言い方をしてアスナに聞いてみた。『他の人達』という単語にアスナも若干困惑していたようだが、その意味を理解すると質問に答えてくれた。


「早朝に食べてますよ? 私達は早起きなので……」

「へぇ、意外だなー。戦闘民族っていうから、深夜までバカ騒ぎして昼間に起きるような生活してると思ったんだけど……」


 その言葉を聞いて、アスナは複雑な表情を浮かべた。


「……まぁ、私も若い頃はそんな生活をしておりましたが、今は陛下のお傍に付いておりますので……」


 アスナのその言葉を聞いてテオは脳内でアスナの若い頃を想像しようとしたが、一向に彼女の言ったイメージがわいてこない……どちらかというと、アスナは若い頃は勉強ばかりしているようなイメージがある。自分で聞いておいてなんだが、そんな無茶苦茶な生活を若い頃にしていたのはジーナの方だと思う。


「そうなんだ。ねぇ、この国って多民族国家なの?」


 先程廊下で出会った奴隷の女性達の風貌を見て思い浮かんだ疑問を、テオはアスナにぶつけてみた。


「はい、左様でございます。我が皇国が建国されたのは、今から数万年前で――」

「す、数万年前っ!?」

「は、はい、そうですが……いかがなさいましたか?」


 テオは素っ頓狂な声をあげて驚いてしまった……確か、自分で界皇は十三代目になるはずだ。

 もしスキティア皇国が建国されたと同時に界皇が誕生しているとして、建国から数万年経っているという事は界皇一人につき数千年以上は治世ちせいをしていることになる……そう考えた瞬間、テオは自分の意識が遠くなっていくのを感じたが、そこでアスナが言っていたことを思い出した。


『死ぬことはあっても、老いることはありませぬ』


 あの言葉が本当ならば、別に珍しいことではないだろう……老いることが無ければ、事実上永遠に生き続けることは可能だ。

 それよりも、数万年の時が過ぎているのも関わらず、文明としてはまさしく古代ローマ帝国ほどのレベルでしかないように思えるのが気になった。建国当初から経過した時間を考えると、あまりにも文明の発展が遅い。

 異世界からの来訪者達が技術や知識を授けたということから考えれば、もう少し発展しても良いと思う……スキティア人は、そういった文明の発展には興味が無いのだろうか?


(でも……)


 そんな考えをよぎらせた時、テオは心の中でかぶりを振った。

 そもそも、テオがいた世界の文明の発展が早すぎたのかもしれない。なんせ、核兵器や冷蔵庫なんかを作る技術まで開発できても、未だに宗教戦争や人種差別がある世の中だったのだ。

 なにより、テオにとってはそんな世界でいじめられたことがなにより嫌な出来事だった……それに比べれば、文明が遅れていてもイジメが無い方がいい。



「そっか……よく考えてみれば、僕達は老いることはないんだから当然だよね……ん……? 待って。なら、どうして『老いる』っていう概念が分かるの?」

「ああ、それは初代界皇の伴侶様の功績ですよ。彼はあなたと同じ、異世界からの来訪者だったのは前にも話しましたよね? その彼が、当時の我々の先祖達に様々な知識を授け、皇国の発展にご尽力されたのです。『老いる』という概念も、その方が教えて下さったものなんです」

「あぁ……なるほど」


 正直言って、その人が自分と同じ世界から来たかどうかは分からないが、少なくとも老化する生物がいる世界から来たことは間違いないのだろう。

 その後、テオは食事を終えてアスナに連れられて自室へと戻り、アスナはテオがイスに座るのを見計らって、話を始めた。


「それでは陛下。今日は御身おんみの大事をとって武闘修練を中止し、代わりに闘気の仕組みを伝授したいと思います」

「闘気?」

「はい、闘気です。幸い、これは室内でもある程度の修練ができるため、この部屋でやっても構わないでしょう。それに、簡単なものなら私にも教えることが出来ます」

「そっか……分かったっ!」


 テオがそう言うと、アスナはニコリと笑う。


「よろしくお願いします。それでは、お立ち下さい」


 テオはアスナに言われた通りに席を立ち、アスナが部屋の中央に移動するのを見て彼女に近づいた。


「それでは、いきます」


 テオがコクッと頷くと、アスナは掌を上に向けて右手を前に出した……そして、大きく深呼吸をする。


「ハッ!」


 そう発声すると同時に、アスナの右腕から重々しい破裂音と軽い衝撃波が発生すると同時に、その右腕は青色のオーラに包まれた。テオがこれを見るのは二度目だったが、未だにどういう仕組みなのか分からない。


「これが……闘気っていうの?」


 アスナは、右腕から視線を移さずに答える。


「はい、そうです。これは闘気の一番基本的な運用法、『発現』になります……ちなみに、我らデューク人はあらゆる現象を体系化することにもひいでております」

「そ、そうなんだ……」


 アスナは最後の部分だけ、この上ないドヤ顔で話した。

 そして、彼女は右手に闘気をまとったまま、バルコニーへと続く扉を左手で開け、バルコニーの石畳の上に移動する……テオもそこまで移動してアスナの横に立ち、彼女の説明を聞く。


「そしてこれが、闘気の『発動』になります」


 そう言って、アスナは右手を前に差し出す……程無くして掌にまばゆい球体が現れ、凄まじい勢いで海洋に向けて発射された。


「うわぁっ!?」


 突然の轟音と風圧にテオは驚き、顔を両腕で覆った……数秒後、両腕を降ろしてテオが海洋の方を見た時には、遥か彼方に核爆発のようなキノコ雲が出来ているのが見えた

 そして、海面を伝って爆発によって発生した衝撃波がこちらに向かってくるのも確認できた。


(すごい……)


 やがて衝撃波が自分の身体を撫でつけるのを感じて、テオは純粋にそう思った。

 たったあれだけで……掌に納まるサイズの球体を発射して着弾させただけであれほどの威力があるとは、テオにはまったく想像がつかなかったからだ。

 テオのいた世界のアニメにもあのような事が出来るキャラクター達がいたが、テレビの画面越しに見るのと実際に目にするのとでは、明らかに迫力が違った。


「いかがでしょう?」


 ほんの少しだけ笑みを浮かべたアスナは、テオの方を見た。自分の実力をテオにアピールすることが出来て、彼女もご満悦のようだ。


「す、すごいよっ! ホントにすごいっ! どうやればいいのっ!?」


 それは御世辞おせじではなく、テオの心からの本音だった。別に誰かに対して使ってやろうという気持ちはなく、ただ単にその『力』に憧れた。

 テオの懇願こんがんを聞いて、もはやアスナはドヤ顔の笑みを隠そうとせずに、口を開く。


「ゴホンッ! え~、まず、意識をご自身の体内に集中させてください。今の陛下ならば、ご自身の体内に気の流れを感じることが出来るはずです」

「うん、やってみるっ!」


 そう言って、テオは目を閉じてアスナに言われた通りに自分の体内に意識を集中させた……すると、不思議と自分の『気』のようなものが体内をゆっくりと巡っているのが感じ取れた。


「……感じ取れましたか?」

「うん……」

「では、次にその気を利き手に集中させてみて下さい」


 テオはアスナに言われた通り、右手に気を送り込むようにイメージした。

 すると突然、テオの右の掌にバスケットボール程の大きさの、薄水色と薄緑色が混じった気の球体が出現した。

 球体からは黄金の稲妻が走り、凄まじいエネルギーを持っているのが感じ取れる。


「うわっ!?」


 テオは思わず目を見開いて球体に目を向ける。


「ふむ、少し力が強すぎますね、もう少し小さくしてみて下さい」


 アスナにそう言われて、テオは右手から気を逃がすようにイメージした。

 すると、球体はアスナが発現させたのと同じサイズに納まった……それと同時に稲妻も収まり、球体の周囲を同色の闘気が緩やかに流れている。


「これでいい?」

「結構です。それでは、その球体を海の方へ弾き飛ばしてみて下さい」


 テオは右手を海洋の方に向け、大砲をイメージして球体を発射した。

 球体はテオの右手から、まさに砲弾のようにはじけ飛んでいき、やがて海洋の地平線の彼方に消えると、数秒後に地平線の向こうで大爆発と同時に水蒸気が天高く舞い上がるのが見えた。


「……やった……」


 立ち昇る水蒸気を見て、テオはそう呟いた。


「お見事です、陛下」


 そんなテオの姿を見て、アスナはニッコリと笑った。


「さて」


 アスナはそう言って、バルコニーから寝室へと戻った。テオも付いて行く。


「闘気の運用は他にも種類があるのですが、今日は他の戦技も一通りやっておきたいと思います。次は飛行術です」


 そう言うと、アスナは部屋の中央で姿勢を正し、意識を集中させるとその体は部屋の床を離れて空中に浮いていった。


「あ、コレって……」

「覚えていますか?……私があなたを連れて空へ飛んだのと同じ技です。これは気の発現ではなく発動によって出来る技ですので、すぐに覚えられるはずです」


 テオの頭の中に、当時上空からアスナに落とされた恐怖が蘇る……だが、今は技の修得を優先すべきことも理解していた。


「そっか……やってみる」


 そう言って目を閉じ、テオは再び自身の体内に巡る気の存在を意識した。


「体全体に気を纏わせ、ゆっくりと浮かぶようにイメージしてください」


 アスナの心地いいアルトボイスに導かれ、テオは気を全身に纏う。


(あとは……)


 気が全身を包み込むような感触がすると、テオは頭の中で自身の身体が浮かぶのをイメージした……少しの時が流れた後、テオの足はゆっくりと床から離れ、アスナと同じぐらいの高さまで浮かび上がる。


「目を開けて下さい、陛下」


 アスナにそう言われ、テオはゆっくりと目を開ける。


「っ! や、やったっ!」


 テオは、自分が元いた世界では決して出来ないようなことを次々と経験し、軽い興奮状態に陥った。

 イジメられるだけの存在だった自分が、こんな神業のようなことを成し遂げられるなんて……テオの心中は、まさにそのような考えに染まっていた。

 アスナの方も、自分の教えに素直に従い、そして達成した時にこの上なく喜びの表情と声を上げるテオを愛しく想い始めていた。

 その想いはアスナがテオに抱く、『戦闘種族としての将来』の方向性の違いを忘れさせるほどだった。


「ふふ、それでは降りましょうか」

「うんっ!」


 二人は床に下りると、イスに座った。


「大変良くできました、陛下。明日は、より実戦的で広範な内容を学習していきましょう」

「うん、わかったっ!」


 もはやテオの頭の中は、闘気と飛行術の事でいっぱいだった。


「それでは、今日はこれで――」


 アスナがそこまで話すと、自室の扉が勢いよく開け放たれ、一人の女性がズカズカと入ってきた。


「っ!? あなたはっ!」


 界皇の自室に不躾ぶしつけに入ってきた女性に対して、アスナは咄嗟とっさにテオの前で身構えるが、女性に動じる気配はない。


「執政官……アタイはアンタに話があって来たわけじゃない。話があんのは、そこにいる奴さっ!」


 深紅の髪が特徴的なヴォルガ人の女性は、テオを指差した。


「そいつはもう、ヴェグナガンじゃねぇ……だったら、アタイは決闘を挑ませてもらうぜ?」

「何を馬鹿なっ! 不満でもおありかっ!?」

「あるさっ! エルザが言ってたぜっ!? そいつは腰抜けだってよっ! それに、アタイらのアタマは代々決闘で生き残ってきた強者だけだっ!」

「馬鹿なっ! 決闘で界皇を選んでいたのはもう数千年も前の事であろうっ!? なにをいまさら――」

「うるせぇっ! それじゃ、そいつはアタイ達をどうするつもりなんだいっ!? まさかセーヴェル人共みたいに『平和』だとか『愛が』とか言うんじゃないだろうねぇっ!?」

「それは……」


 女性のその言葉に、アスナは何も言えずに唇を噛む。後ろにいる少年が自分達をどうするのか……それを本人から聞いたことは無いし、聞くことも出来なかった……それを知るのが怖かったから……。

 一方、テオは女性のかもし出す迫力にすっかり怖気おじけづいてしまっているようだ。


「……ふんっ! いいかい? 明日の正午に、闘技場でアタイとそいつの一騎打ちだ。他の死合いが終わった後、一番最後にしな」


 そう言って、女性は寝室を後にした……しばらくしてアスナがテオの方を振り返り、深々と頭を下げる。


「……申し訳ありません。私がもう少ししっかりとしていれば……」

「……大丈夫。気にしなくていいよ。それより、あの人は誰なの?」


 テオのその質問に、アスナは表情をくもらせる。


「……我が国で代々、界皇直属の武闘師範代を務めている一族の長です。重ね重ね申し訳ありません……私がもっと反論していれば……」


 テオは首を横に振った。


「大丈夫だよ、たぶん……それより、早く修練を始めよ? 明日は試合になったわけだし……」


 テオの言葉に、アスナは驚いた。

 少なくとも自分の分析では、目の前の少年は荒事は苦手なはずだ。ましてや、界皇直属の武闘師範代との決闘と言ったら、どちらかが死にかねない……彼は決闘を甘く見ているのではないか?

 そう思い、アスナはテオに質問してみた。


「失礼ですが……陛下は決闘の意味がお分かりですか? 仮にも武闘師範代との決闘です。勝てばいいのですが、負ければ間違いなく彼女に殺されるでしょう」


 アスナの言葉を聞いて、テオはひどく思い悩んだ。


 殺される……その言葉の重みを、テオは人生で初めて感じたかもしれない……だが、不思議と恐怖感は無かった。あるいはその感覚が狂っていただけかもしれないが……。


「そうなんだ……でも、仕方ないよ。まだ戴冠式とかやってないから界皇じゃないけど……いずれそうなるんでしょ? それなら、今から覚悟を決めなくちゃいけないよ……スキティア人の界皇として……」


 テオのその言葉に、アスナは頭を悩ませる。

 せっかくこの世界に現れた希望……それを自分の不始末、あるいは他者の権力欲のために消してしまうかもしれないという重責……だが、アスナは迷いを振り切るように頷いた。


「……そうですね。では、こちらへ」


 アスナに言われて、テオも彼女の後を付いて行く。

 やがて二人は、城内の修練場に来た。時刻はすでに昼近くになっており、快晴の空の下で修練場を吹き抜ける風がなんとも心地よい。

 なぜアスナがここに来たかというと、テオを徹底的に鍛えることにしたからだ。もっとも、たった数時間鍛えただけで、テオが決闘相手に勝てるとは思っていない。

 さっきはテオの決闘に対するあっけらかんとした言葉に愕然がくぜんとして思わずあのように言ってしまったが、よくよく考えてみれば、彼女相手に善戦すればテオが殺される可能性は低くなるかもしれない……アスナはそのように考え直していた。

 決闘から逃げたり、実力差があり過ぎたならまだしも、自分と決闘で正々堂々と戦って善戦した相手を殺したなら、界皇としても、スキティア人としても、この上ない不道徳だ。

 そんなことをすれば、テオとの決闘に勝利した後に界皇となったとしても、その治世に悪い影響が出かねないし、臣下しんかも言う事を聞かない……もちろん、自分も含めてだ。

 ゆえに、彼女が自分相手に善戦したテオを殺すことはない……おそらくだが、追放されることもないだろう。もし追放しようものなら、彼女のみならず、一族の面子も潰すことになる……狭量きょうりょうな界皇とその一族など、誰も見向きはしないのだから。

 それぐらいは、彼女も分かっているはず……よって、テオは決闘後も生き続けることになる。

 そして、もう一度テオを鍛え直してこちらから決闘を申し込めば、彼女も受け入れざるを得まい……偶然ではあるが、テオが彼女の決闘の申し込みを受けたように、基本的に界皇はいかなる者の決闘も受けなければならない。決闘の理由は自分が界皇になりたいからとか、ある政策が気にくわないからとか、そのようなものがほとんどだ。

 そして、その時に界皇となっているであろう彼女がその申し出を断れば、その影響力はある程度は消失するだろう。自分が過去に決闘で勝利した相手との再決闘を断れば、周りの人間は彼女の力が衰えたと考える……となれば、彼女の言うことを聞く者はいない。力のない界皇に、自分達が従う理由などないのだ……正直言って、テオがあそこで決闘を受けてくれたことに、少しホッとしている。

 とにかく、その決闘に勝利して再び界皇の座を取り戻せば、その後の治世も比較的穏便に進む。相手はこの国で代々界皇の武闘師範代を務めてきた一族の長……その者との決闘で勝利するということは、勝利した者の実力は間違いなくスキティア人の中で上位に位置することを意味する。

 様々な一族のおさ達も、テオの政策についてかなりの部分で譲歩して認めざるを得まい……代替えの決闘に勝てば勝利した本人もその一族の者達も大きな名誉がもたらされるが、負ければその面目は丸潰れだ。そんなリスクを犯してまでテオと争うのは、彼女達も分が悪いと思うはずだ。

 恐らくテオは穏健な政策を採るだろうが、その部分は自分が軌道修正を行って無難な政策を採用してもらえばよい。長達や有力者達への根回しも同時に行えば、多少現実離れした政策を採ることになっても、治世は安定するだろう。


(……嫌なものだな……)


 アスナは心の中でそう思った。

 昔は何も考えずに、オークや他の獣人共を相手に暴れ回っていたし、他のスキティア人とも戦ったこともある……それが、何より最上の幸せだった……いつからこんな、面倒臭い人間になってしまったのか……しかも、おそらく今の自分は、若かりし頃の自分が嫌っていた両親の性格にソックリなのではないか?


(……しかし……)


 アスナは、隣のテオの顔をチラッと見た。その表情は柔らかく、その瞳はどこまでも澄み切っており、ほのかに笑みを携えた唇は、アスナの欲情を掻き立てる。

 例え、今の自分が両親にソックリだったとしても……このお方を守れるならば本望だ……そう思って、アスナは気分を切り替えて修練場を見ると、そこにはすでにジーナがおり、どこか気まずそうに顔を伏せていた。


「ん? おい、ジーナ」

「お、おう……」


 アスナの言葉に、ジーナは歯切れ悪く答える……テオもその様子を不思議に思って、彼女に尋ねた。


「ねぇ、ジーナ……どうしたの? どうしてここにいるの?」

「ん? いや、その……たまには体を鍛えようと思ってよっ!」


 テオの言葉にも、ジーナは苦笑いを浮かべて両方の拳をブンブンと振り回しながら答えるだけだった。

 それを見てあることを思い出したアスナは、ニヤッと笑って口を開いた。


「実は、さっきお前の母親が陛下の寝室に怒鳴り込んできてな……お前、何か知らないか?」

「うぐっ!?」


 アスナに詰め寄られ、ジーナは彫刻のように動かなくなってしまった……やがて、彼女は観念したように溜息をついた。


「……あぁ、そうだよ……クソッ! あいつ、まだ生きてやがったのかっ!」

「えっ!? あの人って、ジーナのお母さんなのっ!?」

「まぁな……いつまでも、俺の事ガキみたいに扱いやがって……」


 どうやら、ジーナと母親の仲はあまり良くないようだ。元の世界で母親とかなり仲が良かった、というよりたった一人の味方とも言える関係にあったテオからしてみれば、信じられないことだった。


「実は明日、お前の母親と陛下が決闘をすることになった」

「……けっ、どうせそんなことだろうと思ったぜ。あの脳筋女の考えそうなことだからな。で? どうすんだ? もちろん、受けたんだろ?」

「ああ。半ば強制的にな」


 嫌味たっぷりにアスナが言うと、ジーナは神妙な面持ちで言った。


「……もし奴がテオを殺そうとしても、俺は止めないぜ? いいな?」

「うむ、了解した」


 この人は、自分の母親をどう思ってるんだろう……いくら考えても、答えが思い浮かばない。もっとも、この世界にいるのは戦闘種族だ……日本人の尺度で考えたら、頭がパンクするだろう。

 テオがそんなことを考えていると、アスナがテオの方を向いて口を開いた。


「では、始めましょう」


 修練場の更地に立つアスナの言葉に、テオは深く頷いた。

 明日は決闘だ。そして、アスナの言う事が正しければ、自分はその決闘で死ぬかもしれない……相手があの凶暴そうな母親なら、あり得る話だとテオは考えていた。

 テオが頷くのを見て、アスナはさらに言葉を続ける。


「時間がありませんので、今日中に基本的な戦技を教授致します。よろしいですね?」

「うん、わかった」

「では……」


 アスナはそう言って、ジーナと向かい合わせになって構えをとった。


「えっ、俺がっ!?」

「当たり前だろうっ! 貴様の母親が陛下に決闘を申し込んだのだからなっ!」


 アスナにそう言われると、ジーナはチッと舌打ちをして、身構えた。


「まぁ、なんだかんだ言ったって、てめぇとやるのは久しぶりだぜ、へへ」

「集中しろ、陛下の御前だ」

「あいよ」


 不満を述べつつもどこか嬉しそうなジーナが返事をしてから、アスナは深呼吸を一回して視線をジーナに向けたまま、テオに説明を始めた。


「まず、体捌きからです。お言葉ですが、あの女……リンダの戦闘力、戦闘技術は共に今のあなたを遥かに上回っています。そのため、まずは彼女の攻撃を軽減、回避するための方法をお教えします」

「うん」


 テオはアスナとジーナの一挙手一投足を見逃すまいと、瞬きしないように目を見開いて二人の様子を観察し始めた。そうすると、テオの目にはこれまで見えなかったものが見えるようになってきた。

 一番顕著なのは、二人の闘気だ。肉眼では見えないが、テオがアスナとの修練の際に行った『気を意識すること』……その方法を使って二人を見た時、目の前の二人の強さがよく分かる……二人共、テオとは比べ物にならないほどの戦闘力を持っている。

 その上、二人の闘気の質が異なっていることも理解できた。ジーナの方はそれこそ激しく燃え盛る炎のような闘気を持っているが、アスナは上昇気流のような激しさの中に、どこか柔らかさのようなものがある闘気だった。

 この『気』というものの存在をテオは未だによく分かっていないが、どうやらジーナとアスナはお互いに自分の気を完全にコントロールしているように思える。それこそ、自らの意のままに、といった様子だ。

 自分がやった時はなんとかコントロール出来ていたと思うが、目の前の二人を見たら自分の気のコントロールはまだまだだなと、テオは真摯しんしにそう思った。


「では」


 そう言った瞬間、アスナはテオの視界から一瞬で消えるほどの速さでジーナに詰め寄ると、右拳を叩き込んだ――その瞬間に鈍く、大きな破裂音が聞こえ、その拳圧は修練場の砂塵を盛大に巻き上げる。

 だが、そんなアスナの一撃を、ジーナは左腕で下の方に捌いていた。空手で言うところの、下段受けというものだろう。

 二人の足元の地面は互いに衝撃で割れており、彼女達の持つ強大な力を感じさせるには充分だった……二人はしばらく静止した後、アスナが口を開いた。


「……決闘は素手で行われます。例外はございません。基本的に、相手の突きというのは自分の両腕や体を少し動かして威力を半減させることができます。戦場、決闘、死合い……いかなる戦いの場においても、最悪なのはボーッと突っ立って何もしないことです。常に動き続け、相手からの攻撃の機会を奪い取りましょう。仮に相手が攻撃してきても、動き続けていればその狙いは狂い、威力は半減します。

 これは、武器を持った獣人共が相手でも同じです。そして、このジーナの受け身によって私の拳の威力は半減し、不安定となった私の体勢はジーナに対して隙を作ることになります」

「そこに俺が拳を叩き込むっ!」


 そう言ってジーナが放った左拳は、アスナの顔面で轟音と風圧を残して止まった――アスナが左手の掌で受け止めたのだ……その顔は苦痛に歪んでいる。


「ひとつ……注意がございます。掌で拳を受け止めますと痛いので、なるべき手で払ったり、腕の外側で受け止めて下さい」

「う、うん、分かった……大丈夫?」


 ここまでの二人のやり取りを見ていたテオは、心配そうにアスナを見た。


「平気です……」

「へっ! 強がるのも今の内だぜ?」

「平気だと言っているっ!」


 アスナは、そう言った後にジーナの拳を払って右前蹴りを放った――またしても轟音がテオの耳を襲い、風圧が砂塵を舞い上げ、テオの視界を遮る……砂塵のカーテンが開けてくると、そこにはアスナの蹴りを避けたジーナの姿があった。


「基本的に、蹴りは突きよりも威力があります。半端な状態で受け止めますとケガをしますので、完全に受け止められないようでしたら、避けて下さい」

「うん、わかった」


 テオがそう返事をすると、二人は構えを解いた。


「以上が基本的な体捌きです。陛下の攻撃力は昨日のジーナとの一戦で、本人が太鼓判を押しているので問題ないでしょう。それでは、実際に戦ってみましょうか」

「よし、こいっ!」


 ジーナにそう言われ、テオは頷いて構えをとった。

最近投稿頻度が落ちてしまって申し訳ありません。

ただいま、別の小説も投稿している最中ですので、暇つぶしによろしければそちらの方もご覧ください

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