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ラーレ・ムンドゥス ~異世界で戦闘民族と国作り!~  作者: 印西たかゆき
第一部:第一章 適当な処置と希望の芽生え
4/80

宣言、からの許嫁登場! 勉強も忘れずに!

翌日、ベッドから起きて身支度を済ませたテオの元にアスナが現れた。


「……おはようございます、陛下」

「おはよう……いよいよだね」


今日、何が起きるかを悟ったかのように、テオは笑顔を浮かべる。


「ええ、そうですね……」


 アスナはそう言うと、部屋のクローゼットから黒い毛皮のマントを取り出し、テオに着付けた。

 その時、テオが緊張して体を小刻みに震わせていることが分かると、アスナは彼の目を見つめて微笑んだ。


「大丈夫ですよ……今日はただ、あなたが魂替たまがえでこの世界に来た者であることを皆に伝えるだけですから」

魂替たまがえ?」


 それは、テオが初めて聞く言葉だった。


「ええ。昨日申し上げた通り、あなたは間違いなく異世界からの来訪者なのでしょう。そして私の知る限り、異世界の来訪者達はこれまでも、この世界に来る際は我々の姿で来ています。初めてそれを目の当たりにした人々は大変戸惑ったそうですが、今では若い人を除いてはさほど驚くことでもありません。

 ただ、その中でごく一部の例外として、こちらの世界にいる本来の我々の魂、異世界の来訪者達の言葉を借りれば『人格』と申しましょうか……その人格が消え失せ、新たな人格が宿る……そして、その新たに宿った人格はほとんどが異世界からの来訪者達なのです。我々はこの現象を、魂替たまがえと呼んでいます」

「そうなんだ……」


 テオの言葉に、アスナは頷く。


「そうです。昔の来訪者達はこの世界に来てからも長い期間、自分の出自を偽っていたそうですが、今は違います。魂替たまがえした者が戦士だろうと界皇だろうと、分け隔てなく、皆に知らせます。その方が、我々としてもお付き合いしやすいので……」

「え? なんで?」

「異世界の来訪者達は、ほとんどなにかしらの知識を持っています。そして、ほとんどの来訪者達はその知識を我々に授けてくれました。私達の生活のほとんどの場面で、その片鱗へんりんを見ることが出来るでしょう」


 アスナの言葉を聞いてテオが真っ先に思い浮かんだのは、あのバルコニーや街中で見た、キッチリと成形された正方形の石やその間を埋めていたセメントのようなものだった。


「ここ最近は来訪者は来ていなかったのでさほど変化はありませんでしたが、来訪者達が来るたびに我々の文明は発展していきました。我々の文明は、異世界からの来訪者達と共にあったと言っても過言ではないでしょう。なぜなら、我々の文明の発展が可能だったのはまさしく、その技術や知識を持ち、我々に広めてくれた者達が異世界からの来訪者達だったからでもあります。そしてそれは、我々にとっても実に助かる出来事なのです」

「え、なんで?」


 テオのその質問に、アスナは苦笑いを浮かべた。


「もし、この世界にいる私達の中からそのような知識や技術を持った人物が現れたら、なにかと問題になりましょう。お恥ずかしい話ですが……初めは『あいつはどこの一族の者だ?』とか『どこの生まれだ?』という疑問から始まり、その後は壮絶な引き抜きがその者を中心に起こるでしょう」

「つまり、その知識や技術を独占したいんだ?」


 アスナはコクッと頷く。


「そうです……ですが、それが異世界からの来訪者が相手ならば、どのような理由があってもその知識や技術を独占することは許されません。建前として、異世界からの来訪者は『みんなの者』ということです。ですが、この世界にいる者達の中でそのような優れた知識や技術を持っている者がいるならば、あくまで我々だけの内輪の話になります。

 実際、そのような事例は太古の昔よりあったことです。だからこそ、あなたのような者に我々の文明の発展を手伝っていただけるのは非常にありがたいことなのです。難しい問題は起きませんし、なにより普段の生活が非常に便利になるため、戦いの方に集中できますからね」


 そう言いながら笑顔を浮かべるアスナに、テオは内心驚いていた。


(……やっぱり戦闘種族って自分達で言うだけあって、戦争が好きなのかな?)


 その疑問をアスナにぶつける自信は、今のテオにはない……だが、いずれは聞いてみようと思っていた。


「そう、なんだ……」

「そうですとも……さ、皆が待っています。こちらへ」


 そして、戦徒は高鳴る胸の鼓動を抑えてアスナと共に城の中央テラスに向かった。

 テオはアスナに付いて行く過程で城内の様子を見回していたが、城内の壁には所々に長方形の穴が空いており、そこから光が漏れて補助的な明かりとなっている。

 その穴が無く、比較的暗い場所には光る石を入れた松明を壁に設置して明かりとしていた。

 中央テラスは城の中央の建物の最上階にあり、テオ達は一階の渡り廊下を渡って中央の建物に入るとすぐ右の通路を進み、突き当りを左、そしてその建物の中央玄関がある広い空間に出ると、両脇に設置された階段のうち、左側を上った。階段を上った先は踊り場となっており、そこにも上へと続く階段が二つある。

 その後もテオがアスナの後ろを付いて行くと、最上階にたどり着いた。そこには多くな雑多な物が置かれた屋根裏部屋というような場所だ。

 しかし、階段を上ったテオが振り向いた先には両開きの木製扉があり、アスナはそちらの方に進んで行く。

 テオも付いて行くと、アスナは扉の前で止まった。


「それでは、よろしいですか?」

「うん……」


 すでに緊張で汗が出ているテオは、アスナの顔を見てコクッと頷く……そして、アスナは扉の両方の取っ手を掴み、勢いよく外側に開いた。

 その瞬間、眩しい陽光がテオの目に入り、思わず右手でサンバイザーを作ってしまう。


「どうぞ、こちらへ」


 左手で陽光に輝く世界を示すアスナの言う通りに、テオは木製の板が張り巡らされた床から石のテラスへと歩を進めた。


(うわぁ……)


 先程まで自分がいた薄暗い城内とは違い、外は晴れ晴れとした様子だった。雲一つない快晴の空と、少し汗ばむほどの暑さはテオの緊張を不思議と和らげる。

 中央テラスはそれなりに広い造りで、目の前には一段高い段差と外側に丸く張り出した場所があり、全体に石の欄干らんかんが設けられていた。

 テオが段差を上って中央テラスの先に立つと、そこからは城下町が一望できる。タイミング良く、テオの白い柔肌を撫でる風がなんとも気持ちがいい……。

 下に見える城内の庭や城下町へと続く沿道は人で溢れかえり、人々は何事かとざわめいている……テオは、その光景に物怖じしてしまった。

 しかし、問題は無い……ここはすべて、アスナが取り仕切ることになっているのだ。

 石のように固まるテオの隣に立ち、アスナは大声で告げた。


「静まれっ! 突然ですまないが、ここにいる陛下は魂替たまがえをした陛下だっ! よって、もはやヴェグナガンの脅威は存在しないっ! みんな安心してくれっ!」

 


 天にも響くほどのアスナの大声で告げられた後、聴衆は静まり返っていた。


(……ねぇ、アスナ。大丈夫かな?)

(ええ、問題ありません、陛下)


 心配になったテオがアスナに耳打ちするが、アスナはいたって気にならない様子だった……テオが心配しながら聴衆の方に向き直ると、突然大歓声が上がった。


『うおおぉぉおおっ!!』

『皇国バンザーイっ!!』


 聴衆の口から、そのような言葉が聞こえてきた。それと同時に、アスナが『ほらね?』といった様子で、テオを見る。


「……よっぽど、前の人はひどかったんだね」

「それはもう……」


 テオは溜息をついた……そして、再び大声で叫んだ。


「静まれっ! よって、ここにいる陛下は近くスキティア皇国第十三代界皇として即位するっ! そのための戴冠式の日程は後ほど知らせるっ! 解散っ!」


 しかし、アスナからそう告げられても、聴衆の興奮はなかなか収まらなかった。

 結局、城内関係者と思われる女性達が無理やり聴衆を解散させるハメになったが、沿道や城内に人がいなくなってもなお、城下町の方から歓声が聞こえた。

 その後、テオはアスナと共に自室に戻る――安堵した様子のテオと共に廊下を歩きながら、アスナはある思いを巡らせていた。


(この方が前の世界で何をしていたかは知らないが、悪人ではなさそうだ……だが)


 アスナはテオがいる後方をチラッと目だけを動かしてみるが、当然テオの姿は見えない。

 だが、テオの気配を感じることは出来る。優しく、包み込むような気配……おおよそ戦闘種族としては似つかわしくない気配……だが、それがこの人の良い所なのだろう。アスナはそう思った。


(急がねば……誰かがよこしまな考えを持つ前に……)


 アスナは前方に視線を戻し、固く誓った……彼女は、テオの界皇としての統治能力に疑問を持っていたのだ。

 テオが前の界皇と魂替えをした異世界からの来訪者であることはすでに知っていることだし、それを大多数の者達にも知らせた。だが、誰一人として、テオが前の世界でどのような事をしていたのかを知る者はいないのだ。

 そこで、当然の疑問が出てくる……『あいつは界皇としてやっていくことが出来るのか?』という疑問が……当然、その疑問はアスナも抱いており、この世界でもっともテオと一緒にいた時間が長い者として出した答えは、『出来ない』、だ。それは、テオが前の世界で何をしていたのかを知らないということも含めて、テオが優しすぎる事にも原因がある。

 テオがコロシアムと思っていた闘技場での振る舞い、普段の言動……あらゆる部分に意識を向け、百人の人間に聞いたとしたら、間違いなく全員が答えるだろう、『優しい』と……。

 それは、人としては良い事なのかもしれない……『良い奴』が多ければ、それだけ幸せな気分になる奴もいるだろう。

 だが、界皇が『良い奴』、『優しい人』では、アスナとしては少し不満があった。

 界皇はスキティア人を束ね、導く存在……強大な戦闘力を背景に絶大な権力を手にする一方で、あらゆる重責を背負うことになる。

 その中には優しいだけでやっていくことが出来ないようなこともある。その時に、界皇になる事を目指している者達はテオを指差して間違いなく言うだろう、『あいつは界皇として不適格だ』と……それが、アスナにとっては不満だった。

 久しぶりに現れた異世界からの来訪者――自分が初めて出会う異世界からの来訪者が、ただ優しいからといった理由でその地位を奪われるのを見るのは、彼女にとっては苦痛だった。

 遠からず、テオの性格は皆に知れ渡ることになるだろう。その時、テオが界皇として不適格かもしれないという疑問はこの城塞の人間どころか、これまで従えてきた周辺領地の人間達にも知れ渡ることになるだろうが……彼女達が反乱を起こすことはないだろう。仮に反乱を起こせば、刺激された別の周辺領地の者達と戦うことになる。獣人達が健在のなか、その行動はあまりにも愚かだ。

 それよりも、テオを界皇の地位から失脚させ、自分が界皇として君臨した方がはるかにメリットがある。彼女達が団結して全身全霊でそのように動けば、テオの失脚は間違いなく確実なものとなるだろう……となれば、アスナとしては周辺諸国や城塞内の人間が疑問を持つ前に、テオに国家運営の方法をなるべく多く伝授するのが唯一の道だと思える。もちろん、まだこの世界に慣れていないテオに対して、この世界の成り立ちなどを教えることも怠らない。

 二人が自室に戻り、テオがイスに腰かけると、アスナは早速テオにその話をした。


「――ということですので、陛下……早速、勉学に精を出して頂きます」

「うん……分かったっ!」


 テオはアスナの考えを聞いて終始驚いていたが、最終的には心躍った。

 界皇の職務がどのようなものかはまだ分からないが、勉強なら前にいた世界でも普通の人より遥かに多くの時間を費やし、多くの知識を習得してきた。ゆえに、勉学ならそれなりに自信がある……テオがそう思った矢先、自室の扉からアデーレが入ってきた。


「おいっ! ノックもせずに――」

「そんなことより大変ですわっ! ちょっと来て下さいましっ! テオ様もっ!」


 廊下から慌ただしく入ってきたアデーレは、かなり焦っていた様子だった。

 不思議に思ったアスナとテオが彼女に素直に付いていくと、アデーレは生活棟の二階の渡り廊下から中央の建物に移動し、左の廊下を進んで突き当りを右に曲がった。


「ここは……」

「とにかく、付いてきてくださいな」


 アスナが疑問の声を口にしても、アデーレは構わずに廊下を進む……やがて右側の壁に扉が見えると、アデーレはその扉を開けて中に入った。

 テオもアスナと共にその扉の向こうに見える室内に入ると、その中は城内よりも薄暗かったが、左側からは光が漏れている。

 テオがそちらの方を見ると、前方に毛皮が巻き付けられた豪奢ごうしゃなイスがあり、床の一部にはなめされた革が敷かれていた。光は、その椅子の背後の壁に開けられたいくつもの長方形の穴から漏れているようだ。


「……ねぇ、ここってどういう場所なの?」


 自分の前にいるアスナに対して、テオが小声で質問する。


「……ここは玉座の間です。界皇に謁見えっけんするための部屋ですね。他にも、戴冠式たいかんしきや重要な命令を界皇が下す際にも使います」

「へぇ……」


 テオは改めて、玉座の間を見た。どうやら、この暗がりの原因は目の前のカーテンにあるようで、こちらもなめされた革を縫い合わせて出来ている。

 テオがカーテンを静かにどかせると、カーテンの向こうには下へと降りる階段があった。


「テオ様、見て下さいな」


 アデーレに言われてテオはカーテンを元に戻して、アデーレのいるカーテンの端に向かってカーテンの隙間から玉座の間を見た。テオの目線の先には、下へと降りる階段がある……階段は一階まで続いており、どうやらこの玉座の間は二階まで吹き抜けになっているようだった。

 玉座へと続く階段や廊下の両脇には、見張りと思われる女性達が等間隔で座っており、テオが何気なく階段の先の廊下を見てみると、一人の少女がイラついた様子でなめされた革を足踏みしていた。


「まずいな……」


 テオの後ろで、廊下の少女を見たアスナが呟く。


「誰?」

「陛下の……正確に言えば、あなたの魂が入る前の陛下の許嫁いいなずけです」

「……ホント?」

「はい、間違いなく……」


 アスナに言われて、もう一度テオは少女を見た。少女は長い金髪を後ろでツインテールで結んでおり、アデーレと同じような服装をしている。

 その顔は険しく、しきりに足で革をコツッコツッと叩いて苛立いらだちを隠そうともしない。


「見た感じ、僕とは違う民族の人みたいだけど……」

「えぇ、そうですわ。エルザはわたくしと同じヴァステン人なんですの」


 後ろでアデーレが補足する。テオはアスナを見て、不安げな表情を浮かべて言った。


「どうしよう、アスナ……」


 テオに聞かれて、アスナは顎に手を当ててしばらく悩み、静かに口を開いた。


「……おそらく、彼女も今朝の宣言を聞いたはずです。包み隠さず、お話しするのがよろしいかと……」


 その言葉を聞いてテオは頷き、ゆっくりと革のカーテンから出た。


「あ、いたっ!」


 エルザはテオの姿を見るなり、階段を駆け上がってその体を嘗め回すように見た。


「あ、あの――」

「アンタ、ヴェグナガン陛下じゃないんですって?」


 テオの言葉を遮って、エルザはキッとテオの顔を睨みつけて言った。

 テオはその迫力に押されて、無言で頷く……エルザの見た目は自分と同じぐらいの年齢だと思われるが、全身から溢れるオーラはテオよりも遥かに強者の風格がある。


「ふ~ん……ま、いいわ」


 そう言って、エルザはきびすを返して階段を飛び降り、玉座の間から去ろうとした。


「エルザッ!」


 カーテンの中から出てきたアデーレに呼び止められて、エルザは立ち止まって彼女の方に振り返った。


「あら、叔母様? ご機嫌よう」


 そう言って、エルザは床にひざまづいた。


「ご機嫌よう……それより、今日はなんでこんな急に来たのかしら?」


 アデーレの質問に、エルザはテオの方を見ながら答えた……深い青色の瞳に見つめられ、テオもドキッとしてしまう。


「陛下の身体に入った魂が、どのような人物か見に来たのですわ。でも残念……どうやらただの腑抜ふぬけのようですわね」

「なっ!?」


 そう言って、エルザはアデーレの制止する声を振り切って玉座の間から出て行ってしまった……後に残されたテオ達はしばし呆然とし、見張りの女性達は何事も無かったかのように警備を続けている。

 少々の沈黙が流れた後、アデーレはテオの元へ近づき、眉をへの字に曲げて頭を下げた。


「……申し訳ありません、テオ様……エルザは昔からあのように勝気な性格で……」

「そう、だね……ちょっと怖かった……」


 残されたテオ達の耳に、遠くから兵士を怒鳴りつけるエルザの怒声が聞こえてきた。


                   ※


 エルザと衝撃的な出会いを果たした後、テオはアデーレと別れてアスナと付きっ切りでこの世界の事を仕込まれることになった。

 二人は自室に戻ってテーブルのイスに向かい合って座り、アスナが中央の建物の最上階から持ってきた皮紙を見ながら、テオはその内容を頭に叩き込んでいく。


「まずこの世界のことですが、大きく分けて四つの大陸によって成り立っています。北のノルディン大陸、東はヴァストル大陸、南はメルディン大陸、そして西のサルヴェン大陸に分かれています」


 そう説明するアスナの前には、この世界を書き記した地図が描かれた皮紙ひしがあり、テオはその皮紙をジッと見つめながら、アスナの説明を聞いていた。この時代にしては、かなり正確な世界地図が描かれているような気がする。

 地図には、アスナが言った主な四つの大陸以外にも、細かい島々や大陸が黒色で書き込まれていた。


「ねぇ、アスナ。どうしてこんなに細かく世界地図が書けたの?」


 テオがそう質問すると、アスナは少しだけ得意な笑みを浮かべた。


「簡単な話です。まだ地図が無い時代、私達の先祖達が地図を描いていったのです。その理由は主に軍事目的でしたが、やがてその地図は商業や冒険目的に使用されるようになり、今日こんにちでは毎年更新がされながら大量生産されています。その方法は、主に上空から見て描き、時には飛行しながら……あるいは、大陸を歩き回りながら……様々な手段を駆使して作っているそうです」


 その説明にテオは納得した……が、同時にかつてアスナに上空で手を離されて地面に落下していった恐怖も蘇った。

 そして、地図をよく見ていたテオは、地図の一点が気になった……そこには小さな三日月形の島のようなものが描かれており、赤く染められていた。


「あの、これは……?」


 テオはその赤く染められた島を指差して、アスナに質問した。


「はい、なんでしょう?」

「ここの島って赤く塗られてるけど……なんか意味があるの?」


 すると、アスナの顔は見る見るうちに険しくなった……マズいことを聞いてしまったか、とテオも思ったが、アスナはすぐに平静を装って説明を始めた。


「……この島を、我々はヴェーゼ島と呼んでいます。ここには人が住んでいるのですが……」


 そこから先、アスナは黙り込んでしまう。


「……どうしたの?」


 テオが心配しながらアスナを見つめると、彼女は意を決したように口を開いた。


「……あいにく、この島には誰も近づくことが出来ません」

「……なんで?」

「まず第一に、この島に住む者達はあまり友好的ではありません。第二に、仮にこの島に近づいた場合、船なら海流や嵐によって転覆、空を飛んで近づこうとすればたちまち彼女達の気弾によって撃ち落されてしまいます」

「そう、なんだ……」


 テオは驚いたが、あまり珍しいことでもないと感じた。テオがいた前の世界でも、アマゾンやアフリカの奥地にいる部族なんかは、他の民族や部族に対して攻撃的だ。あくまで、テレビやネットで集めた情報だが……。


「それともう一つ」


 アスナは念を押すように言った。


「彼女達の事を、私達は『ヴェーゼのたみ』と呼んでいますが、彼女達の見た目は陛下と同じです」

「えっ!? どういうことっ!?」


 今度こそ、テオは驚いた。

 そんなテオに、アスナはいつも通り静かな口調で説明する。


「界皇の選出は決闘か、当代の界皇によって宣告することによって決まります。ただ、ここ最近の界皇はほとんど『ヴェーゼの民』から選出されていますね」

「そうなんだ……ヴェグナガンも?」

「はい。私は詳しいことは知らないのですが、なんでも先々代の界皇、この方も『ヴェーゼの民』で、あなたにとっては魂替えする前の界皇の先代にあたるのですが、彼女がある日海岸で散歩をしていた時、あなたの身体の前の持ち主が浜辺に打ち上げられていたそうです。その後、彼女はその方を育てて皇位を譲るのですがその後は……あまりいい時代ではありませんでした。元々その者の見た目が『ヴェーゼの民』であることは私達も知っていたので、悪い噂は当初からあったのですが……」


 そう言って、アスナはうつむいてしまった……きっと当時、アスナはつらいことを多く経験してきたのだろう、とテオは察した……しかし、一つ疑問がある。


「でもさ……その、僕の身体……つまり『ヴェーゼの民』の人達の見た目だけど、どうして分かったの? 僕の事はその前の人達の見た目を知ってるから分かるとして、初めの頃はどうしてたの? 見たことがあるの?」

「ええ……なんでも、かつて『ヴェーゼの民』の先祖と我々の先祖は一緒に生活していたそうです。ですが、ある時をさかいに仲違いしてしまい、それから彼女達はあの島に引きこもって生活しているそうです」


 アスナはそのまま、まくしたてるように話を続ける。


「私達が先々代の界皇や先代の界皇を『ヴェーゼの民』だと分かったのは、その時から生きている者達が口々に『こいつはヴェーゼの人間だっ!』と証言してくれたからです」

「ああ、なるほど……それにしても、ちょっとおかしいよね。仲が悪い相手の人間を、自分達の一番偉い地位に就かせるなんてさ」

「ええ。私もその辺りがどうも気になって、思い切って先祖達に聞いてみたのですが、全員口を閉ざしてしまって……ですが、ヴェグナガンが徐々に暴政を振るうようになって、『ああ、こういった態度が原因なんだな』と……そう思って再び先祖達に聞いてみたのですが、『あんなクズは知ったこっちゃないっ!』と返されまして……結局、今でも両者が仲違いした原因は分かっていません。

 そういった経緯もあって、ヴェーゼ島は赤く塗られ、立ち入り禁止としているのです」

「そうだったんだ……」


 アスナの説明に、テオは思わず息を飲む。


「さて」


 アスナは一度テオから目線を外し、再びいつも通りの口調で話した。


「勉強に戻りますが、よろしいですか?」

「うん、大丈夫っ!」


 テオの笑顔の返礼を見てアスナはニッコリと笑うと、目の前に広げた皮紙を折り畳んで別の皮紙を広げた。


「それでは、次に我が国の状況についてご説明致します。まず我が国、スキティア皇国はサルヴェン大陸の中央に位置し、南を草原と森林、東を海洋、西を湿地帯、北を大規模な森林と険しい山岳地帯に囲まれています……ここまではよろしいでしょうか?」


 アスナが確認するようにテオを見る。


「うん、大丈夫」

「それでは」


 そう言って、アスナは説明を続けた。


「昨日襲撃してきた獣人共ですが――」

「あ、ごめん」


 テオは、アスナの説明を途中で遮った。


「はい? なんでしょうか?」

「その獣人達なんだけど……『オーク』って呼んじゃダメ?」

「はぁ……? 別に構いませんよ」


 アスナは面食めんくらっていたが、ロールプレイングゲームをやることが趣味だったテオとしては、敵を『獣人』と覚えるよりも『オーク』と覚えた方が、何かと都合が良かった。


「それでは……昨日襲撃してきたオーク共ですが、奴らは北の山岳地帯の向こう側にあるゴアヘルムという土地から襲撃してきています」

「そうなんだ……なんで争ってるの?」


 テオの質問に、アスナは首を横に振る。


「……分かりません。まぁ――」


 そう言った瞬間、アスナの雰囲気が変わった。


「我々としては、戦うことが出来ればそれで構いませんがね……」

「う、うん……」


 アスナの迫力にテオが怖気づいていると、


「っ! す、すみませんっ! 言い過ぎでした……」


 と言って、アスナはシュンとうなだれてしまった。


「だ、大丈夫だよ、続けて?」

「はっ、かしこまりました」


 そしてアスナは、皮紙を指差しながら説明を始める。


「それで、オーク共ですが……なぜ我々を襲撃してくるのかは不明です。ただ、奴らは我々と数百年にわたって戦争をしており、戦闘能力は我々に遠く及びませんが、繁殖能力が高いらしく、殺しても殺しても次々と襲撃してきます」

「そうなんだ……これからも、戦うと思う?」


 テオの質問を聞いて、アスナはコクッと頷いた。


「ええ、必ず……ですが、心配いりません。今まで、我々がオーク共に敗北したことはございません。それに、オーク以外にもこの世界には危険な獣人共がおりますが、そいつらも他のスキティア人との戦いで勝利した経験はございません」


 アスナは自信ありげに、そう言いのけた……それを聞いて、テオも安心する。


「まぁ……だいたいの状況はご理解いただけたでしょうか?」

「うん、大丈夫」

「ありがとうございます……明日はスキティア人や、この世界に住まう敵に対してより深く覚えて頂きますので、よろしくお願いします」


 そう言いながら、アスナはイスに座ったまま、深くお辞儀する。


「あ、うん、よろしくお願いします」


 その後、テオはアスナに導かれて一階の食堂で夕食を味わうことになった。

 今回の料理の内容は海産物がメインのようで、テオの目の前には良く成長したタイに似た魚が、姿焼きの状態で木製の皿の上に乗っかっていた。

 他にも付け合わせのジャガイモのような食物と貝などを食べたが、どれも素朴そぼくな味わいながら、非常に美味しかった。

 ただ、少し困ったことに、昨日や今日の朝まで素っ気ない態度をとっていた給仕係の女性達が、食事をする自分のことをチラチラと横目で物珍し気に見てくることだった。

 幸い、アスナが叱ってくれたおかげで実害などはなかったが、毎日あんな調子では、気が狂ってしまう。

 その後、テオは自室まで戻って毛皮のパジャマに着替え、ベッドの中で眠りについた。

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