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そういうものだと僕は思う。

作者: あまね

 毎年の事ながら卒業や終業式だのクラス替えだの別れのイベントを控えるせいだろうか、皆どこか焦燥感を心の何処かで感じて突き動かされているのだろうか。


 誰それが誰を好きだとか。

 先輩が遠くへいってしまうとか。


 興味のないそんな話を小耳に挟むことも多くなってくる。


 春の陽気が近づいてきているからか浮き足立つようなふわふわとした気分におちいりやすいのか、それともまだ早朝に感じた木々を縮こませるような冷たい風が吹くような日も続いたりするからだろうか。


 全くもって恋の季節というのは面前くさいと感じるほかないが、もし他に何か感じるものがあるとするならば、あと数年でほとんどが散り散りになるものに思いをはせることが、正しいのか正しくないのかわからないという苦痛はどうしようもないという事と、この苦痛はあと数年はバカみたいに続いていくという事だろう。


 こんな風にどうしようもないことを考えているせいか数日前に購入したライトノベルのページをパラパラとめくる指も少しばり遅く、頭へとは入ってこない。


 それに読み始めたころには静かだった教室からも、やがて一定のかしましさを保ち流れてくるため息や喜びの声が普段よりも色めき立ったものに聞こえる音が邪魔をしているようだ。


 その音の元凶ともいうべき黒板には、先生が新学期の席がデカデカと白いチョークで書かれていた。


 それをみて各々この学年での短い最後の席へと移動し自分の運を噛みしめる。


 文字の邪魔をしてくる音をどこか嘲りながらページをめくれば多少は頭へと入ってくる事に気づいた頃にそいつはやってきた。


 クラスで大きい声と僕より多少大きく男らしいガタイを揺らしながら威圧をかけてくる顔姿には見覚えがある程度ですぐに名前も出てこないくらい付き合いのないはずなのに、イヤに堂々としているので、なにかコッチに非があるように思えてくる。


 ただ僕に非があろうなかろうとも、そいつが僕をどう思っていてもライトノベルをめくるよりも有益な時間というのは得られないだろう用件なのは安易に予測がたてることが出来た。


「席変わってくれよ」


 頼んでいるのか脅迫しているのかわからないし、承諾する理由もないし、明るく振る舞いながら断る仲の良さなんてないので、ライトノベルに視線を戻して断ると簡潔にいう事をした。


 なおも繰り返して目が悪いから席を変われとか窓際がいいから変われととにかく変われという事をやめないというしつこさにウンザリとするのは仕方がない。


 そんなに変わって欲しいなら、まだ来ていない僕の隣の女生徒が来たらその女性徒と交換すれば良い。


 目が悪いならメガネでもコンタクトでもつけてしまえばいい。


 その旨をライトノベルを見ながら言った後に頬が床につくのは予想外であった。


 読みかけのライトノベルは当然の如くそれに倣うように筆記用具や教科書も散らばり僕の席の机と椅子も横たわっていた。


 追い打ちをかけるようにそいつが蹴っ飛ばしたのだ。


 周りのどよめきに、色めき立つ音は混じっていなかった。


 頼んでいるのに無視するなとか大きな声で言っているのだけはよく聞き取れたころには、あぁそいつにとって思わず手が出てしまうぐらいの事だったのだと気づく。



 騒ぎが先生を呼ぶのに時間はかからず何しているとの当然の声に反応するようにそいつは我にかえったのか、しどろもどろになっている。


 しょうがないので、好きな子の隣の席に成りたかった故の行動であると先生や周りに伝えた。


 息さえ出来ないぐらいの静寂が一瞬ではあるが僕には心地よかった。


 できれば、そのまま時が止まってさえくれれば面白かったし、そいつの意中の女性徒がいたらいたらでそいつの顔は随分と面白かっただろう。


 先生の咳払いとともに皆我を取り戻し心の何処かでそいつに同情したり、笑いものにしながらも騒ぎは収縮しはじめた。


 先生が当事者2人をべつべつに来るようにといい、そいつが何を言われたかわからないが僕には、人の気持ちを汲み取ることも覚えろとか人の気持ちを大事にしろと注意された。


 そうすれば、そんな目にあう事もないだろうと言われた。


 確かに馬鹿げた事をした。


 早朝の教室でわざわざ席替えの席を僕と誰かの席を書き換えたころには、まさかこうなるとは思ってもみなかった。


 大人になる頃には、ボールペンでグチャグチャと塗りつぶすようにしたいぐらいの黒い歴史になるだろう。


 誰かの真っ赤なトマトに似た恋心を踏みにじったように自分で踏みにじるかもしれない。


 いっそ魔法のように消しさってしまいたいと思うかもしれない。


 それでも、まだ少しだけ恋の季節が終わるまでは、少しだけ隣の席で見ていようと思う。


 黙っていようと思う。


 僕だって小狡い手を使ってまで隣の席に成りたかったという事は誰にもバレない様に。

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