第五射 負けたいとは思ってないからね -大会後編-
~容姿について~
火村 羽海
名前の由来は曜日の『火』と、四大元素の『水』から連想して『海』です。
髪色は薄いめの赤で、ボサボサ気味のセミロングです。あまり整えたりしないらしいです。
千夜や明と同じくらいの身長なので、必然的に陽子よりは背が高いことになりますね。
陽子とは反対で体温が高めです。真冬でも肌はあったかいです。
あまり女性的ではない性格なので、ボーイッシュで明るい服を好んで着ます。
今宵の語り手→三宮千夜
私の背後から的を貫く音がする。タイミング的に夕奈だろう。
その後、客席から惜しみない拍手が巻き起こった。タイミング的に皆中だろう。
私と夕奈は8射皆中、陽子も皆中だろうから、競射はほぼ確定だ。
体配を済ませた夕奈が私に追いついて、笑顔でピース。
「やりましたね~」
「あぁ、夕奈はなんだか調子がいいな」
そう言うと、夕奈は少し誇らしげに頷いた。
「そうなんですよ、今回こそ2連覇しますからね!」
テンションの高い夕奈は一段とかわいいので、頭を撫でてやった。
「んぅ……って、人がいるところではやめてくださいっ!」
「あはは」
控え室についたので、弓と懸けを置く。
「朝美、ご苦労様」
「あ、お疲れ様です。どうでした?」
1回目のときに、荷物番を頼むのをすっかり忘れていた。
せめて2回目と競射だけでもと思ってお願いしたら、すんなり承諾してくれた。
素直だなぁ、この子。
「私も夕奈も皆中だ。多分これから競射になるから、真昼と交代しても大丈夫だぞ」
「わぁ、おめでとうございます! 私はここから応援してますっ!」
「大丈夫ですか? 朝美さん、荷物番お願いしてから結構ここで待機してる気がするのですが……」
ちなみにこの道場では控え室での携帯電話やゲーム類は持ち込み禁止だったりする。
だから荷物番を任されると、基本的に暇になるんだが……。
「いえいえ! 他の人の巻藁とか見れたりするので、全然平気ですよ!」
笑顔で振舞われると、なんだか朝美がかわいそうになってくる。
いやまぁ、たかが荷物番ではあるんだけど。
「あ、あのー……もし知ってたらでいいんですけど、羽海さんの的中ってわかりますか?」
朝美からその名前が出るとは思っていなかった。
もしかして、知り合い?
「あ、えっと……私って言うよりは、真昼のです」
「へぇー……真昼さんと友人だったんですね」
世界は狭いな。こんなところで繋がりが起こるとは。
年の差はこの際気にしないでおこう。
「でも、まだ記録は出てなかった気がするな。しばらくすれば掲示されるんじゃないか?」
「そうですか……」
「千夜、私巻藁やってきますね~」
「あ、待った。私も行く」
なんか、ここ2話くらいで10回くらい巻藁って言ってる気がする。さすがにそんな言ってないか。
私は巻藁矢を持って、夕奈と一緒に巻藁待ちの列に並ぼうと……
「あ、千夜先輩!」
「えっ?」
「あ、いや、あの、水筒の水足しておいたので、飲んでください!」
「あ、ありがとう……」
いや、それも十分嬉しいんだけど。その、えっと。
「千夜……先輩……」
「え? あ、これはー……真昼と話してる時に『部長』じゃよそよそしいのかなぁって思って……。
ダ、ダメでしたか?」
「いや……あの……」
千夜は顔を真っ赤にして、俯きながら早足で列に加わっていきました。
あ、すみません。語り手私でーす。夕奈でーす。
「あ……嫌だったのかな……」
「千夜、実はちょっとだけ部長呼びが淋しかったみたいなんですよ。
あの子恥ずかしがり屋だから、こういうの慣れてないみたいで……。
きっと千夜、今とっても喜んでると思いますよ。これからもお願いしますね」
なんかママみたいでした。千夜ママ。
「あ、はい! えっと、頑張ってください!」
「ふふ、ありがとうございます。千夜にも伝えておきますね」
なんだかとってもいい気持ち。朝美さんや真昼さんは、一緒にいてとても楽しい。
だから、大会前なんかに話をすると、すごく緊張が解れるんです。
私の調子がいいのも、彼女たちのおかげかもしれませんね。
後ろを振り返ると、朝美さんが体操座りをして、虚空を見つめていました。
なんだかゆらゆら揺れてますけど、クセなんでしょうか?
「千夜ぁ~、どうですか? やっぱり嬉しいですか?」
「う、うるさい! ほら、もう順番が回ってくるだろう!」
「いやまだまだですけど……」
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進撃の語り手→火村羽海
「大瑠璃女子高校、真珠女学院の競射対象者は集合してください、繰り返します。
大瑠璃女子高校、真珠女学院の競射対象者は……」
アナウンスがかかる。これから8射皆中をした選手たちの競射が始まろうとしていた。
隣に座っていたウチらの部長が立ち上がる。
「頑張ってね、陽子」
「貴方もでしょう、羽海」
……そう。実を言うと、アタシも皆中を達成した。してしまった。
今回は皆中者が少なかったらしく、アタシ以外には大瑠璃の三宮千夜、四森夕奈、そしてウチの部長のみ。
なんと、早速三強が揃ってしまったのだ。そこに放り出されるアタシ。
「初めての1位争いのハードル高すぎると思うんだけど?」
「そう? 羽海もいい所に的中してたじゃない」
「中白の人に言われたかぁないですよ~」
まぁ、ここまで来たらもう腹をくくるしかない。
そうだ。アタシはなんだかんだで安定してる。きっと勝てるさ。
いや、勝てなくてもいい。せめて互角に争いたい。遠近くらいまでは粘りたいね。
「貴方は変な緊張とかしなければ大丈夫よ。ミスしやすい射形じゃないんだから」
「恐縮だね」
陽子と駄弁りつつ、戦場の前に集合する。そこにはすでにあの2人もいた。
「陽子、それに……君が羽海か。三宮千夜だ、よろしく頼む」
「四森夕奈です、頑張りましょうね!」
「火村羽海、羽海でいいよ! まー、新参なんで出来る所までついて行きますから」
2人からは、同い年とは思えない熟練のオーラが漂っていた。
経験値は1年とちょっと、同じはずなんだけどねぇ。天才は怖い。
「私も負けるつもりないけれど、羽海も手ごわいわよ。
プレッシャーとか受けないタイプだし」
「いやアタシ緊張してるんだけど」
「プレッシャーを弾き飛ばすのですか……強そうです……」
「いやあの」
と、ここで夕奈がふふんと胸を張る。この子あまり胸ないな。
「私は勝ったら千夜のなでなでが待っているので! 負けませんから!
ちなみに千夜が勝ったら私が千夜をなでなでします」
「バカ、言うな!」
「相変わらずねぇ、じゃあ私は羽海に頼もうかしら?」
「ならアタシは陽子にアイス買ってもらうよ」
「現金ねぇ」
これから競い合う敵同士とは思えないほど、心から楽しめる会話だった。
こんな人たちが豹変するんだもん弓道こわいわぁ。
「それでは、競射を始めますので、入場してください」
アナウンスのその一言で、3人の目つきが変わった。みんなさっきまでのほんわか顔じゃない。
これはアレだ。完全に的を殺す勢いだ。自分で言ってて訳がわからん。
とりあえず、アタシも真剣な顔をしてみた。
・
・
・
体配を終わらせ、目の前には的。
順番は前から、千夜、夕奈、陽子、アタシ。なんで最後なんだよふざけるなよ。
アタシは射っているとき、結構色々なことを考えるタイプ。
無心とかはアタシじゃ無理みたいだし、こうしていることで緊張は大分解れる。
おっと、一番前の千夜が打ち起こしを始めた。そろそろ気合入れないとね。
千夜が会に入ると、夕奈が打ち起こしを始める。まぁ、当たり前なんだけど、テンポが完璧だね。
千夜の1本目が弦から離れ、大きな音がした。
的中。まぁ、そうだろう。
特にプレッシャーは無かった。まぁ、射詰は普通に全部中てくるだろうとは思ってたからね。
その後は夕奈、陽子ともに的中。さすがだ。
そんなアタシも、すでに会に入っている。狙いもいつも通り、身体の動かし方、止め方も普段と変わらない。
──大丈夫だ。普通に中る。
邪念と取り払って、勢いよく離す。
気持ちのいい音がした。これこれ。これだからやめられないんだよねぇ。
「よーし!!」
沢山の人の掛け声の中から、聞き覚えのある声が聞こえた。
元気そうな声。アタシが赤ん坊の頃から聞いている声。
アタシはチラッと、客席の方を見た。
真昼だ。一瞬で見つかった。隣には……ありゃまぁ。明さんまでいるじゃない。
明さんはもうアタシたちにとっては有名人だ。1人で大会を無双する姿を忘れる人はいないだろう。
明さん、もしかしてアタシの射形も見てるのかねぇ。だとしたら後でアドバイスを頂きたい。
……アタシだって、負けたいとは思ってないからね。
その後は意地だった。もちろん前の3人は全部の矢を的へ運んでいった。
アタシもそれに食い下がる。真昼の声が聞こえるたび、アタシは集中力が高まっていった。
自分でも分かる。アタシの的中場所がどんどん真ん中に近づいているのだ。
そして、そのまま行われることになった、遠近競射。
もう解説があったかもしれないけど、遠近は的の真ん中から近い人が勝つ。
中るだけでは勝てない。シビアなルールだ。
どうせアタシは最後なんだ。たっぷりと狙いとつけさせてもらうよ。
……こちとら、真昼の加護があるんでね。
まずは千夜が射つ。ブレの全くない、美しい射形だった。部長ってだけあるね。
そんな千夜の矢は見事に的の真ん中。距離的に詳しい場所は分からないけれど、ほぼど真ん中だろう。
夕奈の射形も完璧だった。いや、アタシから見て完璧なのであって、プロとかからしたら分からないけどさ。
その夕奈も真ん中。どちらが上なのかも分からない。アタシからしたら同じくらいに見える。
陽子は、部活でいつも見ている射形。大会でも全く変わらず再現できるのが、やはり熟練なのかね。
的中場所は言うまでもなく。これでアタシは、真ん中以外の選択肢が無くなったわけだ。
面白いね。これを毎回体験してるのかい、陽子ったら。
羨ましく思っちゃうじゃない、こんなことできるならアタシはずっと弓道をしていたいよ!
真昼が見える。珍しく真面目な顔つきだ。
プロにとっては、こんなに色々考えながら射ってるアタシは邪道なのだろうか?
知ったことかよ。
アタシの矢は、的に向かって進んでいった。
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それが語り手!→火村羽海
一つ分かったことがある。弓道の最中を文字で表現するのは、限りなく無理に近い。
「うみ姉! おつかれ!」
外に出るや否や、可愛い真昼が駆け寄ってくる。
「おつかれー、いやぁ、やっぱり三強は違うねぇ」
「三強……?」
まぁ結果からして。
アタシは4位だった。どうやら全体的に物凄く僅差だったみたいだったけど、ギリギリで負けたらしい。
悔しさは確かにあるけれど、それ以上に興奮が強かった。
弓道を始めてみて、初めてあんなに楽しいと思えたよ。またやりたいとも感じた。
だから、アタシは次もあそこまで上り詰める。そう意気込んだのでした。
「羽海、お疲れ様」
後ろから声をかけてきたのは陽子だった。陽子は2位だっけ。
相変わらず、大会後の陽子は生き生きしてるなぁ。いつも以上に笑顔がはっきりしてる。
いつもは『微笑み』って感じだけど、大会後はいつも『笑顔』って感じ。わかるかなぁこれ。
「そっちの子は……お友達?」
「ん、昔からの親友、二村真昼。」
「よーこさんでしたよね、お疲れ様です!」
「あらあら元気ね。ありがとう」
その元気も昔から変わってないようで。よかったよかった。
しかしアレだな。こうなると、真昼が大会に出る姿を想像してしまう。
真昼は何をやってもそこそこ良い所まで行くし、結構好成績を残せるんじゃないかな?
「羽海さん、お疲れ様です。陽子さんの言ってたことは本当だったんですね~」
「私も驚いた。初めての競射なのにあんな正確に真ん中を射抜くとは……」
「羽海さーん! お疲れ様です! すごくかっこよかったです! えっと、えっと……」
夕奈に千夜に朝美。三連続。
あぁ、三連続と言えば……
「夕奈、2連勝なんだよね、おめでとう!」
「あ、ありがとうございます! 覚えててくれたんですね!」
それはアタシが思った以上に快挙だったらしい。
今まで千夜、夕奈、陽子の3人で戦ったとき、2連勝は無かったそうだ。
なので、今回の夕奈の2連勝は、初の出来事だったらしく
アタシがここに来るまでにすれ違った人たちは、みんなその話題で持ち切りだった。
「うん、その、私としては夕奈が2連勝したのは嬉しいし、私も精進するのだが……
さっきから夕奈がベッタリで、その、恥ずかしい」
あぁ、だから妙に千夜と夕奈の距離が近かったのね。あと千夜が真っ赤。
この後2人はイチャイチャタイムだっけ。夕奈が優勝したからね。
「そうねぇ、優勝はできなかったけど、羽海にはアイスをあげるわ」
「え、陽子大好き」
「はい、私の手」
「つめた~い」
二重の意味で。
じゃあ陽子にはアタシの手をあげます。
「あつ~い」
あったか~いじゃないのかよ。と言うか、アタシの手そんなに熱い?
「やぁみんな! お疲れ様! とってもいい試合だったよ!」
そしてラスボス、明さんがやってきた。
「夕奈、2連勝おめでとう! 千夜と陽子も惜しかったね! 羽海ちゃん! 初めてなのによく頑張った!」
なんと一つのセリフで4人全員を褒め讃えると言うスゴ技を見せてくれた。
いや、ホント、ありがとうございます。
「いやぁ、やりきりました」
「夕奈やっぱり今日テンション高いね!」
いやぁ、やっぱり部って良いよね。
こう言う交流もあってさ、それでいて他校と競い合って。
なんだかんだ友達も増えて。大満足だよ。
何故か最終回みたいな気持ちになっちゃってた所で、電話が鳴った。
あぁ……そう言えば忘れてた。
「あ、ごめん。ちょっと出てくる……多分あの2人だから、陽子も支度しといて」
「……あ。携帯切ったままだったわ」
あぁもう。今頃あの2人、このあたりを彷徨ってるよ……。
「もしもーし?」
『あー繋がった! やっちゃん! 繋がったよ! だから狼煙上げなくていいよ!
ねぇやっちゃん! 笑ってないでやめて! ホントだめだから!』
なんだか向こうは大変そうだ。
「えーと……ごめんよ、これからそっちに行くから、どこにいる?」
『駐車場です!』
「すっごい所いるね! じゃあ今から陽子連れていくから! やっちー抑えてて!」
『頑張ります!!』
『ふふ……僕はもうとっくに狼煙はやめてるんだけどね……』
……と言う訳で。
「陽子、そろそろ帰ろっか。2人も待ってるし」
「そうね。ありがとう」
大瑠璃の皆と別れを告げ、アタシと陽子は駐車場へと歩いて行った。
いつもよりも清々しい風が、アタシに囁きかけた。
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語り手→???
電話が鳴る。
「……はい」
聞こえてきたのは女性の声。それは聞き覚えのある声でした。
『もしもしー、さっき試合が終わって、解散したところですよー』
「お疲れ様です、結果はどうでしたか?」
『夕奈の2連勝。連勝は初めてだから盛り上がってましたよー』
まだ興奮しているのか、女性の声はかすかに力がこもっていた。
『……それで、どうしたんです? もしかして帰ってくるんですか?』
「そうですね。一段落着きましたし、ようやく戻れそうです」
『おおー! 1年生の2人とは初対面でしたっけ?』
「ええ。明々後日から本格的に復帰しますので、同時に顧問も再開しますね」
『久しぶりだなぁ、先生が道場にいるなんて』
色々な学校に呼ばれてしまってから、あまり顔を出せていない。
彼女は明るく振舞ってくれるが、生徒任せにしてしまっているのが申し訳なく感じる。
「……それと」
『ん?』
「転校生が2人。新しく入学します」
『へぇ……なんか、すごいお土産もらっちゃっいましたね』
「そんなところです。彼女たち、弓道部を志願しているので
仲良くしてあげてください。2人ともとても良い子ですから」
『言われなくても~、なんかお父さんみたいですね!』
「はは……っと、すみません。そろそろ切らなくては」
『はーい! お待ちしてますよ、八坂さん!』
電話が切れた。
……久々の帰還。何も変わっていないといいのですが。
弓道部はどうだろう。僕を変わらず受け入れてくれるだろうか。
様々な不安要素はあるけれど、とにかく僕は帰らなければならない。
……大瑠璃女子高校へ。
~真昼と夕奈の弓道用語解説コーナー~
真「え!? 誰!? 誰ですかアレ!」
夕「まずは『打ち起こし』からですね」
真「なんでスルーなんですか?」
夕「射法八節の中の1つで、弓を高く掲げるような姿勢のことを言いますね」
真「……」
夕「そのまま『第三』と言う……まぁ、ワンクッションを置いて
そして『引き分け』です。これこそが、弓を引く動作なんですよ」
真「弓を引いた状態をキープするのが『会』。そして矢を離す動作を『離れ』だね」
夕「離した体勢を『残心』または『残身』と言います……なんだか余計に解説してしまいましたね」
真「まぁ、重要なことですし、あらかじめってことでいいんじゃないですかね?」
夕「ですねぇ」
真「さーて!! 次回予告!! あの人誰ですか!!!」
夕「それでは次回もごゆっくり~」
真「もおおおおおおおおおおおおおお」