第二射 弓道を知らない人が弓を引く真似をすると大体アーチェリーになる
本日の語り手→一ノ瀬朝美
「おはまひる」
「おい待てなんだその挨拶」
いやほら、おはよう真昼!を略したんだけど、違和感ある?
「あるわ。語呂良くないし若干言いづらいし。」
私と真昼は素晴らしいことに同じクラス。席も私の斜め前なので、よく話している。
これも運命だろうか。いや、そうに違いない。
「反語のつもり?別にいいけど。」
「それで、どうしたの?何か用?」
「え?いや、朝美から挨拶してきたじゃん。そっちこそ何か用なの?」
え、いや、挨拶は基本でしょ。用とかなくてもとりあえず挨拶はするよ。
こればっかりは真昼だけじゃなくて、誰にでも。
「あー、じゃあ特に用事があるわけじゃないのね。」
納得した真昼は荷物を自分の机に下ろすと、徐ろに携帯を取り出しいじり始めてしまった。
その顔は全く満足感に満ちていない。むしろ退屈そうな表情だった。
「…って、これじゃあ会話続かないじゃん!!」
「うわあ何もう突然!?」
「だって真昼携帯いじっちゃうじゃん!!会話しづらいじゃん!!」
「だって用事ないんでしょ?なら自分の世界入らせてよ!!」
「だって真昼携帯いじってるときの顔すごい無表情だったもん!!絶対退屈してるもん!!」
「日本人あるあるみたいなこと言わない!!と言うか朝美もよく無表情になるよ!!」
「え?じゃあ私、もしかして無意識の内に退屈してたの…?
真昼と一緒だと楽しいのに…まさか、愛が足りない…?そうなんだね、真昼!?
この事を気づかせるために私をわざと試したんだね!?大丈夫だよ!!私はもう平気だから!!」
「多分アンタ平気じゃないよ。」
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朝美が来るまでの代理語り手→三宮千夜
「…あれ?朝美ちゃんと真昼っちは?」
平然とした顔で道着を着て部活動に励んでいた五条先輩がふと口を開いた。
「あぁ、1年生は集会があるみたいで。少し遅くなるそうですよ。」
私が口を開く前に夕奈が事情を説明した。と言うか2人とも、射ってる時に喋るんじゃない。
「そっかぁ~、真昼っちに見せたいものあったんだけど…後ででいいや。」
話し終えるや否や離れをして的中させる。こんな人ではあるが、実力は確かなのだ。
退場の動作を一頻り終え、すぐに私の方に走ってくる。お願いします歩いてください。
「ねぇねぇ千夜、そう言えば次の大会だけど、やっぱり個人?」
「そうですね。人数も足りませんし…五条先輩、あなたは出れませんからね。」
「うへぇー、まぁ今回も夕奈と千夜と…なんだっけ、『真珠女学院』の子。
とりあえずその3人の競り合いかねぇ。今回は誰が勝つかな?」
自分で言うのも何だが、大会ではほぼ必ず私と夕奈、あと『真珠女学院』の親友と1位争いになる。
必ず射詰が長引いて、最終的に遠近になる。まぁ、大体3人とも中白なのだが。
たしか前回の大会…朝美と真昼が入部してきて最初の大会だったかな。そのときは夕奈が1位だった。
…あぁ、うん。なんだか自画自賛をしているような気がしてきた。もうやめよう。
「明さんは毎回圧倒的出したよね…あの頃は頭が上がりませんでしたよ。」
いつの間にやら話に混ざっていた夕奈が言った。
そう言えばそうだった。私も夕奈も、五条先輩に競射で勝てた試しがない。
大会の五条先輩は、何というか、ウサギのレースに紛れ込んだチーターと言う感じだった。
彼女が大会に出たとき、拍手が鳴り止まなかったと言う伝説もあったりするくらい。
「一応ウチが弓道の名門って事になってるからねぇ。
必然と上達しちゃうもんなんだよね、意思とは関係なく。」
懸と弓を置いて、五条先輩は懐かしむ表情を見せた。
「中学のときはさ、そもそも弓道部なんて無いからひたすら家で練習させられたなぁ。
そのために『部活はするな!』なーんてとっさんに言われたりしたっけ…。
正直嫌々だったけど、まぁなんとか続けて…実力はついたね。とっさんも弓道上手かったし。」
普段見せないような表情と話し方だった。
少し寂しがっているような、それでいて、なぜか私は『楽しい思い出』を話している気持ちを感じた。
「…私さ。本当は高校の弓道部、1年くらいでやめるつもりだったんだよ。」
「え、そうなんですか?」
「うん。後を継がなきゃーとは思ってたんだけど、やっぱり窮屈でね。
親に怒られても、家を追い出されてもいい覚悟で決めてたんだよ。」
「…なら、明さんが今も弓道を続けているのには理由があるのですね?」
核心を突かれた五条先輩は「まいったなぁ」と言いながら頬を掻く。
「…皆のおかげだよ。」
「え?」
「私が1年生の頃の同級生とか先輩、後から入ってきた千夜や夕奈。
今は朝美ちゃんと真昼っちもそうだね。とにかく、そう言う愉快な仲間と弓道するのが
なんというか、楽しくなっちゃったんだよね。弓道やってて初めて感じた気持ちだったよ。」
五条先輩は恥ずかしそうに微笑んだ。
普段の明るい姿からは想像できないくらい、儚い笑顔だった。
「だから私は今も続けてるし、正直、卒業してここを離れるのが嫌なくらい。
私結構ちゃらんぽらんかもしれないけど、一応皆には表現できないくらい感謝してるんだよ?」
言い終えると、五条先輩は私と夕奈の手を取った。
そして、まっすぐ私と夕奈を見つめると──
「…ありがとう。とりあえず、こんな言葉でしか表せないけど。」
それはとても儚く、今まで見た彼女の中で一番輝いていた笑顔だった。
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到着した語り手→一ノ瀬朝美
「遅くなりましたぁーっ!!」
もう真昼、声大きいし扉思い切り開けすぎだし、先輩方が射ってたらどうするの?
「まぁまぁ、ほら、3人とも休憩中みたいだよ?」
そう言う問題じゃ…。
「す、すみません。集会が長引いちゃって…。」
「あ、あぁ。構わない。ストレッチと素引きをしておいてくれ。」
「はい…あの、千夜先輩?それに夕奈先輩も明先輩も…。」
「うん?」
「な、なんで皆さん俯いてるんですか?
もしかして、何か深刻な話し合いの最中でしたか?ご、ごめんなさい!空気読めなくて…。」
「ち、違いますよ。ただちょっと…その…。」
なんだか3人とも様子が変だ。千夜先輩や夕奈先輩が取り乱すのも珍しいし、明先輩まで静かになって…。
「さ、さーて!!弓道しちゃおうかなぁ!!」
…と思ったら急に明先輩が叫びだした。でも、無理してるような感じもする。
私たちが長ったらしい集会をしている間に何があったのだろう…。
「そ、そうですね!朝美さんや真昼さんも戻ってきましたし!」
「あ、あぁ!ほら、早く準備しろ!」
3人が私の横を通り過ぎたとき、若干顔が紅潮していたように感じられた。
え、本当に何があったの?
~弓道用語解説コーナー~
真「真昼でーす。」
夕「夕奈です。」
真「で、何があったんです?」
夕「まだその話します?」
真「えー、まずは『競射』ですね。」
夕「…大会などで的中数が同じだった場合。順位を決定するときに行います。
主に『射詰』と『遠近』の2種類があります。」
真「『射詰』ってのは、お互いが1本ずつ射って、外したほうが負け、みたいなルールでしたよね。
『遠近』は、1本だけ射って中白から近い方が勝ちってルール。使い分けはよくわからないけど。」
夕「ちなみに『中白』と言うのは的の真ん中の白い部分です。的の種類によって言い方は変わりますが。」
真「的の種類?」
夕「『星的』と『霞的』です。私たちが普段使っている白黒の縞々模様の的は霞的。
霞的で言う中白の部分が黒く、その他は全て真っ白な的を星的と言うのですよ。」
真「へえぇ。」
夕「ちなみに、星的の方が小さいんです。星的の中白部分は『星』なんて呼ばれますね。
『図星』の語源でもあるんですよ。」
真「なんか白黒ばっかりですねぇ。一昔前のテレビみたい。」
夕「分かりづらい例えですね…。カラフルがお好みなら『得点的』を差し上げます。」
真「わぁいどこから出したんだそれー」
夕「見ての通り、カラフルです。」
真「カラフルですね。」
夕「それは色によって得点が決められており、最終的に合計得点の高かった方が勝利です。
なんだか、こっちの方が『競技』って感じがします。」
真「ゲームっぽいなぁ。」
夕「あとは『素引き』ですね。」
真「野球の素振りと同じ感じだね。矢を番えないで弓を引くんだよ。」
夕「離れはしないようにしましょうね。」
真「今回はこんな感じでしたかねぇ。」
夕「そうそう。巻藁矢あるじゃないですか。」
真「はい、どうしたんです?」
夕「間違っても、的前で巻藁矢を射っちゃダメですよ。」
真「え?」
夕「あらぬ方向に飛びます。」
真「経験あるんですか?」
夕「それではまた~」
真「あのこれ前回も」