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射行無常 ~弓道部の日常  作者: 松川由良
第二章 転入から……
11/12

第九射 安土整備の面倒っぷりは半端じゃない -長者前編-

何のとは言いませんが、値段設定はかなり適当です。



本日の語り手→七河正子





「わらしべ長者がやりたい」


「……え」


唐突に思いついた。

だってアレ絶対面白いもん。日常系の漫画じゃ必ず1回はネタにされてるもん。


「……え、えと、どういう意味?」


深雪も流石に困惑している。ちょっと唐突すぎたかも。


「えっとね。私今もうサイズが合わなくなった服があるの。

 で、これさっき改めて測ってみたら、深雪にぴったりだったの!」


「うん」


「だから、これあげる!」


「あ……ありが」


「で! なんかちょうだい!」


「……」


深雪が私のテンションについてこれていないが、それどころではない。

とりあえず、わらしべ長者がしたい。

なんやかんやで良い方向に転がってハッピーエンドになりたい。

ついでにちょっと得したい。

その第一歩は、やっぱり親友の深雪がいい。

と言うか深雪が欲しがりそうなものってもうこう言うのしかない。


「え……えっと……じゃあ、これ」


深雪が鞄から差し出したのは、コンビニとかで売ってる眠気を覚ましてくれるヤツ。

おー、これは中々いいスタート。こういうのは欲しがる人が意外と多いんだよね。


「わらしべ長者なら、これかなって……」


「ありがとう! 最高のスタートだよ!」


「終わったら……みせてね」


深雪もなんだかんだで興味を持っているっぽい。

顔についていきたいって書いてある。


「と言うか、深雪もついてくる?」


「え、いいの?」


「うん! 元々誘う予定だったし」


「で、でも、何もできないよ」


「いてくれるだけでいいの!」


そう言うと、深雪は照れたのか俯きながら小さく頷いた。

うーん、深雪のこう言う所が凄く可愛い。


「よーし! じゃあとりあえず外に出よう!」


「う、うん」


こうして、私と深雪のわらしべ長者が始まった……!!







「とは言ったものの……そう簡単に見つからないよねー」


まぁ、知人で今眠気と戦ってる人を探すなんて中々難しいよね。

とりあえず近くの公園とかを歩いてるけど、人すらあまり会わない。


「……○INEで、皆の場所聞いてみる?」


「うーん。それは最終手段かなー」


なんというか、私は偶然的に人と出会いたい。

いや、多分無理だろうけど。ちょっとは努力したいなーって。

まぁ深雪もいるから歩いてて退屈はしない。適当にゆっくり探そう。


「あ、そうそう。深雪ってこの前やってたアニメ見てたっけ?」


「……フレイムナイン?」


「そう! あの中学生の野球アニメ!」


「う、うん。見てるよ」


「この前の回で林丸が活躍してて嬉しかったんだよーっ!

 元陸上部なだけあって、ギリギリの所をセーフに持ち込んだのがかっこよくて!」


「人気だよね、林丸くん」


「そうなの! かっこいいし、凄く優しいし……。

 あー、現実にいないかなー、そんな人!」


「いるといいね……ひゃっ!?」


深雪が珍しく悲鳴を上げるので、私も驚いて深雪の目線を追う。

そして、私ももれなく変な声が出た。


なんと、道端に女性が倒れていたのだ。

家の塀にもたれかかるように、ぐったりしている。

え、これ、死んでない?大丈夫?


深雪は完全に怯えて動けないでいたので

私はゆっくり近づいて、女性に近づいてみる。

もしかしたら息をしてるかもしれない。脈とか、えーと、どうするんだっけ。


「……あれ」


すぐに違和感に気づいた。肩がかすかに上下に動いている。

お腹辺りも僅かに動いているみたいだ。

息もある。と言うか普通に呼吸していた。

この条件にあてはまる状態を、私は1つだけ知っている。


それは……。


「……寝てる」


「え」


「この人……寝てる。しかも、この人……」


いや、ホント、見間違いであって欲しかった。

でもさ、無理だよ。これは流石に見間違えられないよ。


「まひるんだ……」


「えええ……」


道端で眠っている友人のを見つけた私の気持ちを答えよ。 (3点)


無口な深雪も言葉を失っていた。

くそ、なんて気持ちよさそうな顔で寝てやがるんだ。起こしづらい。


でも起こす!! だって、なんか恥ずかしいから!!


「まひるん! 寝たら死ぬよ!!」


「……もう寝てるよね」


「マッヒルーン!!」


私の叫びに何を感じたのか、まひるんはカッと目を見開いて覚醒すると

勢いよく起き上がり……


「はーい!! ゆるゆ……ぐっ、ダメだ、これは言えないッ!

そのままOPを流します!!」


あ、これ起こさない方がいいタイプだったかもしれない。


「ゆっりゆっらっらっらっらゆるゆ……あ、正子。深雪まで、どしたの?」


こっちのセリフだよ。何してんの、色々と。

まひるんはさっきまでの姿が嘘のように、と言うか忘れているように平然としている。


「いやぁー、さっきからすっごい眠くてさ。思わず寝ちゃった」


「寝ちゃった、じゃないよ、一瞬死体かと思ったよ」


見つけたのが私たちじゃなかったらどうなってたことか。


「せ、正子ちゃん」


深雪が私の袖を引っ張る。


「真昼ちゃん、眠いんだよね? だったら……」


そこで、深雪が何を言いたいかが分かった。

そっか。さっき深雪から貰ったヤツが……!


「ま、まひるん! 今猛烈に眠いんだよね!?」


「うわぁなんだ急に!? まぁ眠いけどさ!

 こうしてる間にも瞼が落ちそうだよ!!」


それを聞いて安心した。

私は咄嗟に懐から深雪から貰った例のブツを取り出す。


「ならこれあげるよ!」


「お! これはコンビニとかで売ってる眠気を覚ましてくれるヤツ!

 え、ホントにいいの? というかなんで持ってんの?」


なんか直接「わらしべ長者だよ」って言ったらダメな気がして

深雪に服をあげたらお礼にこれを貰った、って感じで説明しておいた。


間違いは言ってないよね。


「へー、なんかわらしべ長者みたいだねぇ」


……まぁ、普通はこう言う反応になるよね。

するとまひるんはポケットをまさぐって何かを取り出した。


「あ、じゃあこれ。お礼にあげるよ」


「これは……お菓子?」


まひるんが差し出したのは棒状のお菓子。

あ、これアレか。10円で買えるって有名な……。


「そうそう。うざい棒」


「……私毎回思うんだけど、なんでうざい棒って名前なんだろう」


「このキャラクターの顔がうざいからじゃない?」


うーん……確かにちょっとイラっとさせるような顔だけど……。


「……電話の発注ミスじゃなかったっけ」


今まで黙っていた深雪が静かに、ボソッと呟く。


「え、それホント?」


まひるんも私もビックリ。いや、ホントに理由があると思ってなかったのと

深雪がこのタイミングで喋りだしたことに。


「『うまい』と『うざい』を聞き間違えて、こう言う名前になったって聞いたよ」


だ、駄菓子っぽい……。









「うーん。本格的にわらしべってきた」


「お菓子……交換してくれる人いるのかな?」


正直まひるんがあんなことになってたのを見ると

割と何とかなりそうな気がしてくるんだよね。

まぁ、まひるんのアレがかなり希少なケースだと思うけど……。


「やっぱり、お腹が空いてる人とかがいるのかな?」


単純だけど、やっぱりこれしか理由がないよね。

個人的に一番恐れているのが、交換が出来なかったときのこと。

なんか、こう、自分から「何かください」とか言うのも図々しい気がするけど

交換できなかったらそこで終わっちゃうんだよね。うーん。人間って難しい。


「でもそんなに都合よく見つかるかなぁ……」


「きっと見つかりますよ~」


「そうですかねー……」



ちょっとまって。


誰だ今の……って。



「え、ゆなさん!?」


「はーい、ゆなさんですよー」


あ、私は夕奈さんの事をゆなさんって呼んでるの。

いや、それよりも。


「ど、どうしてここに?」


「いえいえ、普通にお散歩ですよ。

 お二人こそ、何をしていたのですか?」


わらしべ長者……とは言えず。


「私たちも散歩って感じですねー」


まぁあながち間違いじゃないしね。

深雪も黙って頷き、私に合わせてくれている。


ゆなさんは全く疑うことなく微笑んだ。


「やっぱり仲良しですね。微笑ましいです」


「ちーさんとは一緒じゃないんですか?」


ちーさんって言うのは千夜さんのこと。

皆から見て私と深雪がセットに感じるのと同じように

私にとってはゆなさんとちーさんはセットみたいな感じがする。


「千夜は他のお友達との用事があるらしいので、今日は1人寂しくお散歩です」


ゆなさんは少し寂しそうに微笑んだ。

うわぁ、なんか単身赴任の夫を見送った後の妻みたい。かわいそう。

……変な涙が出てきそうになったのをグッと堪える。


「……正子ちゃん」


深雪がこちらをじっと見る。この眼は「夕奈さんも一緒に」って意味だと思う。

うむ。私もそう思っていたところ。


「えと、ゆなさんが良ければ、一緒に散歩しませんか?

 やっぱり1人よりも何人かで歩いたほうが楽しいと思いますし……!」


ゆなさんの表情がぱあっと輝く。あ、かわいい。


「ありがとうございます! それでは、お言葉に甘え……あれ」


ゆなさんの注目が私から別のものに移る感じがした。

ゆなさんの視線は私の手の方に。


「え、あの、正子さん。その手に持っているものは……」


指を指したのはさっきまひるんから貰ったお菓子。うざい棒。

え、なんでゆなさんはうざい棒に対してまるで限定商品を見るような眼をするの?


「そ、それ! ちゃんと見してください!!

 こう! こうやって! 両手で持って!!」


わ、分かりました分かりました。

私はゆなさんがジェスチャーで示している通り、両手で持ってうざい棒を見せる。


それを見たゆなさんは、なぜかかなり興奮しているようだった。


「こ、これ……! この味!! これ期間限定のうざい棒じゃないですか!!

 しかもこのパッケージ……期間限定の中でもさらに極稀に売ってる印刷ミス!!

 せ、正子さん、これをどこで!?」


なんだこの状況。

ゆなさんが物凄い勢いで語りだしたと思いきや、私の手を掴んでふるふる震えている。

え、うざい棒ですよねこれ。10円の。え、なんでそんな興奮して、え。


「と、とにかく!! そ、それ、どこで!?」


深雪はビビっちゃってるので私が答える。


「えっと……まひるんが」


「真昼さんが!?」


「なんか、持ってました」


「持ってた!? 誰が!?」


「いやあの」


めちゃくちゃ近いです。顔が。ホント近い。

キスしちゃうんじゃないかこれ。

あ、でもゆなさんいい匂い……いやダメだ理性を保て私。


とにかく、どうせ私が持ってても食べるだけだし……。


「えっと、それなら差し上げますよ?」


「 」


ゆなさんの顔が「え、お前何言ってんの?」みたいな顔になった。

私からしたら、いきなりみーちゃんとかが出てきて「よかったらどうぞ!」とか言って

2万円を差し出してくるようなもんなのだろうか。これに2万円の価値があるかは知らないけど。


暫くすると、ゆなさんが泣き出しそうな表情で私に抱きついてくる。きゃー。


「ありがとう……ありがとうございます……!!」


「息子の手術に成功した母親みたいな喜び方しないでください……」


あ、でもゆなさん凄くいい匂い……いや、ダメだダメ。理性を保てよ。


その後なぜか深雪にも抱きつく。深雪はもう振り回されっぱなし。


「はぁ……はぁ……すみません、取り乱してしまって……」


なんとか正気に戻ったゆなさんは疲れたのか少し顔が赤くなっていた。

あとゆなさんそろそろ深雪離してあげてください。放心してます。


「この最高級の感謝を伝えるのは……そうですね……これかな?

 あ、お二人とも。ちょっと手を出してくださいな」


ゆなさんの言う通り、手を差し出すと、ゆなさんが何かを私の手の上に置いた。

その後、深雪にも同じように手の上に置く。


そしてそのままもう一度「ありがとうございます!」と丁寧に礼をして、走り去っていった。



あ、結局散歩できなかったな。まぁいっか。

それより……。


「こ、これ、なんだろう……」


「……さぁ」


やっと深雪が喋ってくれたので、恐る恐る手を開いて確認してみることに。

そこに有ったのは……。




腕時計。宝石が散りばめられてるヤツ。


「ひゃあああああああああああああ!?」


叫んだ。外で。思い切り。さらに思わず尻餅をついた。立てない。


え、この宝石って本物? だとしたら一体いくらになるんだ……?

……待った。この裏面に書いてあるメーカー。聞いたことがある。

これ、凄い高級店だ。テレビのCMでもたまにやってる。凄いピカピカなヤツ。


と言う事は……私の手の上にあるこの時計は。

私のお小遣いじゃ絶対買えないような代物。

10円のうざい棒が。

何百万円とする腕時計に。


え、ゴール? これ、ゴールになっちゃった?



あ、深雪は!? 深雪はどうなった!?



「……」



あーッ!! 深雪が! 深雪が立ったまま気絶してる!!


「深雪!! な、なんだった!?」


「ネ……レ……ぅぅ……」


ダメだ! 本格的に深雪がダメだ!!

深雪の手を開き、持っているものを確認する。


そこには……ネックレスがあった。

もちろんただのネックレスじゃない。

穴の1つ1つには黒真珠っぽいものが嵌め込まれている。

そして中心にはダイヤ。明らかにダイヤ。大きなダイヤが堂々と輝く。

うん。多分この時計と同様。めちゃくちゃに高いヤツだと思う。と言うかそう。


ゆなさんの家がかなりのお金持ちなのは聞いてたけど……。

実際に目の当たりにすると、凄いダメージだなこれ……。


と言うかこれどうしよう、使えないよ、もったいなくて。


「深雪……」


「……」


「か、帰る?」


「……かえる」




後日、腕時計とネックレスはゆなさんに返却しました。


代わりに、ごく普通の、ひまわりの髪留めを頂きました。



ごめんなさい。ありがとうございます。





正「ちなみに、その腕時計っておいくらだったんですか?」

夕「父上が買ってくださったものなので実際には分かりませんが……。

  確か、八百万くらいだったような……」

正「うぐあーっ」

深「ゆ、夕奈さん……これは……」

夕「あ、ネックレスなら母上が特注で作ったもののお下がりなので……。

  腕時計と同じくらい、九百万くらいだと思いますよ」

深「うぐあーっ」

夕「それより! あのうざい棒はそれ以上の価値があるんですよ!!

  お二人には本当に感謝してもしきれません!! 何ならもう一品何か……」


正&深「……お返しします」

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