第一射 4本とも外黒で皆中したときの何とも言えない気持ち
本日の語り手→一ノ瀬朝美
──春。
この前から『大瑠璃女子高等学校』に入学し、いよいよ本格的な高校生。
入学式とかはあったけど、やっぱり授業や部活が始まるこのくらいが一番ワクワクする。
授業は難しくなるだろうけど、友達と学校帰りにどこかに寄ったり、部活に励んだり…。
も、もしかしたらだけど、彼氏とか…できたり…しないかな。無理だね。
夢見すぎかもしれないけれど、それくらい楽しみ。中学校とは生活がまるっきり変わるからかもね。
通学路も全然変わった。電車通学なんて初めてだよ。朝って人が多いね…大変。
でも、学校までの道には桜並木があってすごくキレイ。これなら電車通学も頑張れそう。
なんて。ずっと景色に見とれてたら、そのうち誰かとぶつかっちゃうよね。
私って何か夢中になってると、自然と歩く速さが上がっちゃう癖があるから、注意しないと…。
もしぶつかっちゃった人が嫌な感じの人だったら、多分私じゃ耐えられないだろうし──
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
…あぁ。こんなこと考えてるときでも歩く速度は上がっちゃうんだね。
私は少し先を歩いていた人にぶつかってしまったみたい。
ウチの高校は制服で学年が分かるようになってるからすぐに分かった。同学年の子だ。
「あ、あの、すみません…。」
さっきの妄想もあってか、今までで一番恐怖してるかもしれない。
たかがぶつかっただけなのに、こんなに小さく、震えた声しか出せなかった。
…でも、その子は振り返るとすぐに笑ってみせた。
「そんな怖がらなくても、ウチなーんも怪我してないよ?
むしろもっと威力がなくっちゃ、痛くも痒くも…あ、そう言うんでぶつかってきた訳じゃないか。」
その時、私は変な気持ちになった。なんだろう?
優しい人に出会えたから嬉しいの?ぶつかったのを許してもらえたから安心したの?
違う。
もっと、全く別の何か。なんだかはわからない。ただ、彼女の笑顔を見て、何かが浮かび上がってきたんだ。
暫くボーッとしてしまったけど、このままだと失礼だから、何かしら返すことにした。
「あ、あの…ごめんなさい。」
あぁ、私のバカ。振り絞った言葉がそれ?面倒くさい人みたいじゃない。
でも彼女は笑顔を全く崩す気配がなかった。
「いいっていいって。なんや可愛い性格してるなぁ。
名前は?部活とか入る予定あるの?てかL○NEやってる?」
わぁあ、ナンパだ。女子にナンパされちゃったぁ。
彼氏じゃないけれど、なんかこう言うのもいいかも…いいの?
「えっと、一ノ瀬朝美。部活は…弓道部に入ろうかと…。LI○Eはやってないです…。」
投げられた質問は全て一直線に返すことを心がけてます。
彼女は私の自己紹介を聞くと、眩しい笑顔に更に磨きがかかった。
この笑顔、留まる事を知らないのかなぁ。無限増幅?
「朝美ね!ウチは二村真昼。奇遇だね、ウチも弓道部志望だったりするんだー。」
自己紹介から間を空けず、二村さんは「そうだ」と続ける。
「ウチのこと普通に名前でいいから!真昼ね、真昼。
あ、そうそう。ウチD組だから!同じクラスだったらよろしく!」
二村さ…真昼さんは私の手を勝手に掴んで握手してきた。
そしてそのとき、私はあの、また変な気持ちになってしまった。なんだろう?
だが、その答えはすぐに分かった。分かってしまった。
この動悸、もうこれしかない──
「真昼さん!!」
「ん?どーしたそんな大声で。」
「愛してます!!」
「!?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「…と言うのが、私と真昼の出会いだったりします。」
「あー、そんなんだったねぇ確か。」
あのときはすごくかっこよかったのに、まさかここまでガサツな人だとは思わなかったよ。
もう、不安で不安でしょうがなかったときに助けてくれたし、私にとって王子様だったんだよ?
「なんで過去形なの?」
「と言うか、恋に落ちるの早すぎないか?」
いやぁ部長。これでも結構省いたんですよ?語っていいならもっと愛を語らせていただきますが。
「…夜が更けそうだな。」
彼女は三宮千夜先輩。私が入部した弓道部の部長さんです。
あ、さっきまでのは実は回想。あの後、なんやかんやあって私と真昼は無事入部。
ゴム弓とか巻藁とか色々頑張って昨日くらいから的に射てるようになったんだよ。
面倒だからそこまでの回想は省くね。面倒だから。いやぁ私、すぐに弓引けると思ってた。
それで、部長ね。大瑠璃女子高校の弓道部部長。弓道着がとても似合う。
ちょっと厳しそうな喋り方をするけれど、とっても優しくてノリがいいし、全校生徒から人気だったりする。
今や大瑠璃女子高校で部長を知らない人はいないだろうし、他校からもよく一騎打ちを申し込まれる。なお無敗。
なぜか今は顧問の先生がいないみたいで、部長が完全に部をまとめてる状態なんだけど
それでも完璧に役割をこなしてるし、実績も全く衰えないしで、本当にすごいなぁ、って。私も尊敬してる。
ただ、最近分かったんだけど、部長は大の虫好きらしい。この前はスズメハチと遊んでた。
…あんなに楽しそうなスズメバチ初めて見たよ。危険で凶暴な虫だと思ってた。
この歳になっても中学2年生の弟と一緒に虫取りをするらしい。なんかかわいい。
「…まぁ、朝美と真昼のラブラブっぷりは今に始まったことではないしな。
入学2日目から始まっていたのは驚きだが。」
「いやぁ、主にウチがほぼ被害受けてるんですけどね?」
え、被害?ちょっと真昼それはどういう…。
「あのー…千夜?部活開始時間もう過ぎてるけど…。」
「ん?あぁ、すまない。そろそろ始めようか。」
私たちを現実に戻してくれたのは副部長の四森夕奈先輩。
部長とは高校1年生からの仲らしく、2人はとても仲良し。私と真昼がカップルなら、この2人も十分カップル。
性格…と言うか雰囲気は部長と正反対で、ほんわかしていて包み込むような優しさを持っている。
いや、部長が優しくないって訳じゃないよ?あくまで雰囲気の話だからね。勘違いしないでね。
で、実際とてもおっとりした人で、部長以外には誰でも敬語を使う。どうやら癖になっているらしい。
実はって程でもないけれど、大の天然で、突拍子もなく飛び抜けた事を言ったりする。もう慣れた。
これは部長から聞いたんだけど、実家が金持ちらしく、両親は物凄い親バカ。将来独り暮らしをしたいらしいが
親バカ両親からは猛反対されているらしい。なんかまぁ、がんばってください。
「部長、ちょっとウチの形見てくれます?全体的に矢が後ろに飛ぶんですけど。」
突然マジメになった真昼が部長を持っていった。
真昼はガサツだけど、やることはしっかりやる。さらに何をやっても中々いい所まで成長するらしく
すでに私よりも全然上手になっている。やっぱり私の真昼は凄いよね。
「誰がアンタのだって?」
「…まぁ、多分離れだろう。とりあえず射ってみるといい。」
「じゃあ、朝美さんも始めましょうか。」
「そうですね。」
ちなみに、部員はたったの4人だったりする。結構大変だよ。ウチの道場は6人立用だからどうしても余るし。
まぁ、無理ないレベルで立をやってるからいいんだけど、それでも準備が結構つらい。
でもその代わり、部仲はとても良いと思う。人数が少ない分、それ相当には会話しているつもりだし。
だから何だかんだで私はこの弓道部が好きだ。この高校に来て本当に良かったと思っている。
『遅くなったーーーーーーーッ!!』
突然の轟音と共に、凄まじい声が道場内に響いた。
…あー、そう言えば忘れてた。事実上部員じゃないのに最早部員になっているこの人物を。
「あぁ、五条先輩。ちょうど今部活が始まったところですよ。」
「あ、ホント?じゃあ遅くなってない!前言撤回!!」
その超元気な先輩は五条明先輩。3年生。
部長の一つ先輩なので、2人が話しているときだけ部長の貴重な敬語が拝める。
うん。事実上は引退してるはずなんだけど、なぜか今でも道場に通っているし、部活にも参加している。
いや、別に禁止って訳じゃないし、私も嫌って訳じゃないからいいんだけど、先輩はそれでいいのかなぁ…。
あ、ちなみに五条先輩は弓道部の元部長で、その実力はなんと今の部長をも上回るほどだったらしい。
とはいえ、実は五条家は弓道の名門で、その道を学ぶ人の間じゃ超有名らしい。
やっぱり、この弓道部レベル高いなぁ。私も頑張らないとね。うん。
「いやー!ちょっとこの頃忙しくてあまり顔出せなかったけど、皆元気だった?」
明先輩はとにかく手をブンブン振り回しながら喋る。一番元気そうだし一番楽しそうだ。
落ち着きがないと言えばそうだけど、実は今でも明先輩がいると雰囲気がとても明るくなる。
こんなに元気で飛び回っているのに、なぜか私は落ち着いてしまう。不思議な人だよね。
「見ての通りですよ。夕奈も元気です。」
「真昼元気でーす!」
「朝美もまぁまぁ元気です!」
「よろしい!八坂先生は…相変わらずいないね!よし!久しぶりに私も参加するよっ!」
いつの間にか弓矢の準備が終わっていた。弓懸もとっくに装着し終わっている。
しゃがんでた様子なかったけど、いつの間に…?
「…まぁ、なんだ。いつものメンバーが揃ったな。」
部長が呆れつつも安心した声でそう呟いた。
そう。なんだかんだで、この5人が落ち着いてしまう。まるでここが私の居場所のような感じ。
こうやって、今日も私の学校生活が始まっていく──
「まぁ、放課後だから一応学校生活は終わってるんですけどね。」
「やっぱりそうなりますよね。」
ちゃんちゃん。
~弓道用語解説コーナー~
真「真昼でーす。」
夕「夕奈です。」
真「このコーナーは、作中で登場した弓道用語を解説することになっているらしいですよ。」
夕「そうですね。」
真「えーっと…今回結構出てきたんで抜けてるところあるかもしれないですけど、許してね。」
夕「確か、最初は『巻藁』と『ゴム弓』ですか?」
真「そうですね、ゴム弓って言うのは、そのまんまゴムで出来た弓。
普通の弓を引く前にこれである程度形を作るよ。巻藁は、俵みたいな感じなヤツで…。」
夕「『巻藁矢』と言う、専用の矢を使って形を確認したりする道具ですね。」
真「そうそう。」
夕「次は『後ろ』…分かりづらいですけど。」
真「的の左右の事を『前』と『後ろ』って言うんですよね。右が前、左が後ろ。
まぁ、足し算と引き算の事を加法減法って言うのと同じだと勝手に思ってるけど。」
夕「大体そんな解釈でいいと思いますよ。」
真「あとは…『離れ』と『弓懸』ですね。」
夕「『離れ』は『射法八節』の1つで…あ、射法八節と言うのは
弓を構えてから射つまでの動作の事です。離れはそのうちの1つで、射つ瞬間の事を指しますね。」
真「弓懸はまぁ、野球で言うグローブの事だね。矢を持つ方の手につけるんだよ。」
夕「…なんか、真面目ですね。」
真「元々そう言うコーナーですからね。」
夕「ちなみに、弓懸が濡れたからって乾燥機に弓懸を入れるのはやめましょうね。」
真「えっ?」
夕「脱色しますよ」
真「経験あるんですか?」
夕「では次回もお楽しみに~」
真「あの」