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メイドの知らない彼の奮闘。 7

「実はね、僕もなんだけど、リリアちゃんも含めて、君達に呼び出しがかかってるんだ」

「呼び出し?」


 自分とグレンが呼び出されるのは判るが、リリアも、とはどういう事なのだろうか?

 顔を見合わせて瞬きをするチェイスとリリアの前に、「はい、これ」と、グレンが一通の封書を差し出す。

 封蝋印は王室の物で、表には確かにチェイスとリリア、二人宛になっている。

 中を開ければ、イザドール皇太子のサインが書かれていた。


「晩餐会の招待状?」

「え?」


 何かの間違いではないかと、何度か読み直したが、確かにそう書いてある。

 困惑するリリアにもカードを見せたが、やはり間違いではない様で、彼女の混乱を深めただけだった。


「あんたはともかく、なんで俺やリリアが王室主催の晩餐会に呼ばれるんだ?」

「いや、僕だって滅多にある事じゃないよ。と言うか僕も初めてだよ。王室主催の晩餐会に呼ばれる人間なんて、大体他国の要人とか公爵とか、長年支えてきた重鎮とかだし」

「なんか聞いてないのか?」

「リリアちゃんに関しては、一連の事件に関してのお詫びとして閣下が提案したって言ってたから、もしかしたら、僕らはそのサポートなのかも?」

「そんな……む、無理ですっ! 晩餐会なんて、私……」


 絶望した顔で瞳を潤ませ、リリアはしょんぼりと項垂れる。

 無理もないだろう。チェイスやグレンですらも粗相をしない自信なんてないのだから、中流階級の令嬢であるリリアなら尚更だ。

 レイバン公爵も酷な事をと、チェイスはリリアを見つめながら複雑そうに口を歪める。


「うーん。テーブルマナー自体は階級に違い筈だけど、その辺りはどうなの?」

「俺が見た限り、リリアの所作は洗練されててむしろ綺麗な方だと思う。不安があるとすれば、言葉遣いと人見知りが激しい辺りか。まぁ、言葉遣いは俺も自信があるわけではないし…………何か言いたげだな? ジェファーソン伯爵(・・・・・・・・・)?」

「いーやー? トラブル子爵(・・・・・・)は一体何時リリアちゃんの所作を目にしたのかなぁ〜? なんて思ってないよー?」

「あ、あの……喧嘩は…………ご、ごめんなさい……」


 こういった状況を楽しむ節があるグレンだから、一発殴りさえすればそれで収まるのだが、気の弱いリリアに掛かれば大事にってしまうらしい。

 これにはグレンも弱った顔をして、思わずチェイスと顔を見合わせ頭を掻いた。

 できればそのまま少しくらいは反省してほしい。


「うーん。リリアちゃんはさ、控えめで可愛らしい子だなぁって思うし、そこが君の良いところだと思うんだけど、もうちょっと自信をつけた方が良いかな? なんでも自分の所為だって考えちゃうのは良くない事だよ?」

「ごめんなさ……」

「ストップ。晩餐会では "ごめんなさい" は禁止ね? 謝る必要が時は "失礼しました" か "申し訳ございません" が適切かな。でも一番大事なのは簡単に謝らないで、堂々としている事だよ」

「ごめ…………申し訳、ございません……」

「だめだめ。堂々と、顔を上げて。女の子はいつでもにっこり笑ってるだけで良いんだから。ほら、練習練習」

「おい……」


 言ってる事は間違っているとは思わないが、指摘する人間自身が間違ってるだろうと、チェイスはどさくさに紛れて彼女の頬に触れようとしていた不埒な手を叩き落として頭を抱える。

 傍目で見れば理不尽以外のなにものでもない。


「チェイスって意外と? 嫉妬深いよね。狭量だと嫌われちゃうよ?」

「あのなぁ……あんたはもうちょっと遠慮って言葉と空気を読むって事を身につけろ! リリアの事を指摘する前に自分の行動と言動を振り返れ!」

「えー? そういう君だって大概じゃないか。それに僕なんか間違ったこと言ったかい?」

「あ、あの、喧嘩は……」


 これ以上言い合うといよいよリリアが泣き出しそうだと、チェイスは「ぐっ……」と言葉を飲み込む。

 晩餐会までにはまだ少しばかり日はあるが、根本的な性格を矯正するには時間が足りなさすぎるだろう。


「欠席、というわけにはいかないよな」

「殿下からの招待だし、謝罪も兼ねてるってなれば、僕らみたいな若輩者が断るのはかなり失礼だよ」

「そんな……」


 リリアはもう今にも倒れてしまいそうな顔をしているが、こればかりはどうする事も出来ない。

 せめていい家庭教師くらいは見繕ってあげられるとは思うが、どの道付け焼き刃になってしまうだろう。


「それでも何もしないよりはマシ、か。しかしリリアに家庭教師をつけるとなると、ますます早急に使用人が必要になるな……はぁ……仕方ない。本邸から何人か人を借りるか」

「あ、家庭教師を探すくらいなら、うちの奥さんに頼んでみるよ。気難しいご婦人を雇ってもリリアちゃんだって萎縮しちゃうでしょ?」

「えっ……? あ、あの……ジェファーソン様は、その……ご結婚されていたん……ですか?」

「あれ? 言ってなかったっけ? そうそう。結構新婚ほやほやのアツアツなんだよ?僕ってさ」

「ご、ごめ…………申し訳ございません。勉強不足で……その……」

「リリア、大丈夫だ。この男は始終こんなやつだから、貴族連中でもグレンが結婚している事を知らない人間の方が多い。……一度見たら二度と忘れられない夫婦だけどな」

「うん。まぁ類稀なる美男美女だからね。しょうがないよね」

「類稀な……ね」


 微妙な顔でチェイスが呟くと、事情が分からないリリアが首を傾げる。

 グレンを女にしたようなご婦人だとチェイスが簡潔に説明してやると、得心いったようにリリアはなるほどと頷いた。

 グレンが夫婦揃ってこの家に来る事はまずないが、二人揃ったら揃ったで喧しいことこの上ない。

 気さくという意味では、リリアも萎縮せずに済むかもしれない人物ではあるが、教師向きかどうかという点ではそれなりに不安が残る。

 リリアもそれを察したのか、かなり不安そうな顔でチェイスとグレンを交互に見比べていた。


「ははは。うちの奥さん、美人だけど、そんなに気後れする必要はないよ。僕と違って常識的な人だからね」

「あんた、自分が非常識って自覚はあったんだな」

「やだなーチェイスったら。僕は非常識なんじゃなくって、ありとあらゆるものが洗練されすぎてて、皆の理解の範疇に収まりきれないだけだよ。あ、奥さんは別だよ?」

「……そうかよ」

「まぁまぁ、大丈夫だって。後はドレスかな? 今から作るのは時間がかかりすぎるだろうし、それも奥さんにお古がないか聞いてみるね」

「そんな、そこまでして頂くわけには……」

「いいっていいて。これは僕からのお詫びって事で。レッスンは早速明日からでいいよね? 君の家の本邸から人が来るまでは、うちの使用人を連れてきてあげる」

「あぁ、それは助かる。だがそんなに人数はいらないからな?」

「分かってる分かってる。んじゃ僕はこれで……っと、そうそう、忘れるところだった」


 用はもう済んだと、立ち上がりかけたグレンは、いそいそと胸ポケットから何かを取り出し、チェイスに手渡してくる。

 しっかりと閉じられたグレンの拳が開かれると、見覚えのあるピン式の小さな勲章が、ポロリとチェイスの掌の上で転がった。


「おい、これ……」

「うん。殿下から手渡されたんだ。晩餐会に出席予定の客人が、道端で拾ったから(・・・・・・・・)って送ってきたらしいよ?」


 見間違いようがない。手渡されたのは、あの時リリアの居場所と引き換えに手放したチェイスのユリノス勲章だった。

 それがこんな形で、何の前触れもなく自分の元へと返って来た。

 イザドール皇太子がこれをわざわざグレンを使ってチェイスの元へと届けさせたのならば、それが意味するところは一つだろう。


「……あの男が晩餐会に?」


「多分ね」と、グレンも深刻な顔でチェイスに答える。

 詳しい経緯はグレンも知らされていないのか、いつものふざけた様な態度はすっかり何処かへと消え去り、チェイスの手元をジッと凝視し、考え込む。

 チェイスとグレン、二人のただならぬ気配に、リリアがギュッと不安そうに胸を押さえた。

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