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メイドの知らない彼の決意。 2

 =====



「それで犯人の顔は?」

「そうさねぇ……チラッと見ただけだし、外套の下に帽子を被っていたからねぇ……」

「ではーー」


 日暮れ頃、駆けつけた警邏官によって事情聴取と検分が行われる。

 アミリスの話によると、掃除を手伝うために書斎に入って暫くの後、棚の影から現れた不審者に気づき、威嚇しようとしたところ、失敗して突き飛ばされ、そこへ悲鳴を聞きつけたリリアが現れたのだが、硬直状態に陥ったリリアを無視し、不審者はそのまま逃走してしまったとの事だった。


 荒された形跡は今の所見つかっていないが、念の為にどこか変わった所がないか、邸内を詳しく調べる必要があるだろう。

 隣の部屋でアミリスと警邏官が事情聴取を行っている声を聞きながら、チェイスは険しい顔つきで書斎の中をくまなく見て回る。

 書斎には他にグレンが居るのだが、彼は隣の部屋と隔っている壁に寄りかかり、開け放たれた扉から廊下を忙しく行き来する警邏官達をぼんやりと眺めていた。


「うーん。これは予想外の展開だねぇ。入り込んだ不審者の目的は不明で、身体的特徴は長身で外套を羽織っていたこと以外まだわかってないけど、少なくとも僕達が追ってる犯人も長身の男で、ここ、西地区で見失っている。そして僕たちが追っている犯人はトラステン家から親書を盗み、この邸は公にはなっていないものの、やっぱりトラステン家所縁の子爵様々が暮らしているときてる。これってやっぱり関係あると思うかい?」

「さぁな。その可能性が高いだろうが、目的がはっきりしないことにはなんとも言えん」

「だよねぇー。オリバーはともかく、君ってどうしてそう厄介ばかり背負うんだろうねぇ。なんかそういう星の元に産まれてきちゃったのかい?」

「持ち込んでるのは主にお前とオリバーだろう! 俺はお前達に巻き込まれるのが嫌だから、他の貴族連中に悟られないように一人暮らしを始めたのに、これじゃあ本館にいた頃と変わらない!!」


 机や棚の引き出しを開け閉めしていた手を止め、チェイスは憎々しげにグレンを睨みつける。

 チェイスの家の場所を知っているのは兄のオリバーとグレン、それにレイバン公爵ぐらいのものだったのに、結局こうなってしまったのだから、恨まずにはいられない。

 しかも今回は無関係の洗濯屋やリリアまでもが巻き込まれてしまっての大騒動だ。

 彼女をこれ以上こちらの事情に巻き込みたくはないのに、誰かが勝手なことをしてくれたお陰で結局こうなってしまった。

 ……それでも半分は自分にも責任はあるので、あまり強く言えないのが辛い。

 グレンはチェイスの視線を受け止めながら、「まぁまぁ」と、降参のポーズをとってみせる。


「そこは置いておくとして、これからどうする? 隣の事情聴取が終わったら、あの娘の番だよ?」

「……判っている」


 リリアの事情聴取は邸内の検分も兼ねて、一番最後に行われることになった。

 一番時間が掛かる為、そこに問題はないのだが、親書紛失事件と関わりがある可能性がある以上、こればかりはチェイスやグレンが席を外すわけにはいかない。

 最悪グレンだけが同席するという手もあるが、リリアに任せきりとは言え、そもそもここはチェイスの邸だし、微細な変化はやはりチェイスが見た方が分かる箇所もあるだろう。

 それをリリアと別々に行うのは効率的ではない。


 他の警邏官を拘束し続けるのも迷惑な話で、それはよく判ってはいるのだが、チェイス達が到着した時のリリアが身を竦ませ、怯えた姿が脳裏に焼き付いていて、どうしても迷いが生じてしまう。

 明らさまに落ち込んでいるチェイスを見て、グレンは深々と溜息を吐き出す。


「はぁ……確かにあの様子だとまた気を失いかねない感じではあったけど、君が席を外した所でここは君の邸だし、いずれにしてもこの聴取の過程でバレちゃうと思うよ?」

「判っている!」


 苛々として八つ当たり気味にチェイスがグレンに怒鳴ったとき、間が悪く、リリアが書斎の前を通り過ぎる。

 開け放たれた書斎の扉では、当然直接チェイスの怒鳴り声がリリアの元まで届き、リリアは青い顔で足を止めて、チェイスの方を振り返っていた。

 それに気付いた「あ……」と、間の抜けた声を上げたグレンの視線を辿って、チェイスもリリアの存在に気がつく。

 チェイスはリリアの顔をうっかりまともに見てしまい、明らさまに顔を顰めて、棚へと視線を戻した。

「さぁ」と警邏官がリリアを促す声が聞こえ、二つの足音が隣の部屋へ入っていく。


 扉の閉まる音がすると、グレンは大袈裟に首を振りながら先程よりも大きな溜息を吐き出した。


「君ってホント…………いや、まぁ、うん。なんでもないよ。僕が先に行くから、ここ、見終わったら君も来るんだよ?」

 重い腰を上げて、やれやれと肩を竦めながら、グレンは書斎を後にする。

 隣の部屋の扉の開閉する音が嫌に大きく聞こえた。


 チェイスはグレンの大袈裟な挨拶を耳にしながら、止まっていた手を再び動かす。


(判っていたことだ。今更何を傷つく必要がある)


 さっきの話、聞かれてしまっただろうか?

 そもそも彼女はあの手紙を読んだのだろうか?

 いや、どちらにしても、あの様子ではこの先チェイスの使用人として働いていくのは難しいだろう。

 それにこんなことがあった後では、この邸は引き払って別の場所に引っ越さなくてはならない。


 元々一人で暮らしていたし、身の回りの世話も特に必要としていなかったから不自由はない。

 ただ、次の奉公先はちゃんと考えてやらないといけないだろう。


(折角馴染んでいたみたいだったのに、酷い話だな)


 トラステン家の事情から、長くは雇ってあげられない事も分かってはいたが、それにしてもこんな形で終わるなんて誰が想像していただろうか?

 いや、自分の考えが甘かっただけなのだろう。

 泥棒騒ぎは珍しくない事ぐらい判ってたのに、赦しを請いたいが為に無意識下で、考えない様にフタをしてに過ぎない。


 馬鹿だな……と、自嘲して、チェイスは棚の引き出しをパタリと閉める。

 その振動を隣にある幅広のチェストが受け止めて、チェストの上に無造作に置かれていた本が一冊、足元に落ちてきた。


 チェイスは何気なくそれを手に取り、違和感を感じ、首を捻る。

 本に何かが挟まれていることに気がつき、恐る恐る本を開くと、チェイスは驚愕に目を見開いて、慌ててそれを懐にしまう。

 ここに入り込んだ不審者は間違いなく例の事件と繋がりがある。

 疑いを確信に変え、チェイスはリリアへの後ろめたさも振り切って、足早に隣の部屋を目指した。

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