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六話 強襲の戦利

「納得できないぞ。一体どうして、私がこんな……」


 鬱蒼と茂った草薮の中から低い声が漏れた。

 すぐにその隣から、


「うるさいぞ、ウィザリム。いつまでも愚痴愚痴と子どもみたいな奴だなぁ」

「なんだと! 元はと言えば、お前が!」

「うるさいと言ってるだろう。見つかりたいのか」


 ぐっと吐き出しかけた言葉を抑えて、容姿端麗な貴公子――ウィザリムは辺りを見回した。

 周囲には深い闇が落ちている。

 不穏な気配はなかったが、安心はできなかった。

 城壁を一歩でれば、そこには魔物の世界が広がる。

 夜ともなれば、いつ凶悪な何者がこちらを見つけて襲いかかってくるかわからない。


「あの……」


 ウィザリムの隣にいる相手が心細げに声を出した。


「あの、どうして。私はこんなところにいるんでしょう……」

「はあ? なにを言ってる」


 驚いたように、粗野な表情を歪ませたラナハルが言った。


「お前が言ったんじゃないか。金が欲しいんだろ?」

「い、言いましたけど。こんな――」


 ごくりと唾を呑み、


「野盗を襲って、金を奪うだなんて。そんな」

「あるところから奪う。それだけのことじゃないか」


 平然と言った皇子は、それとも、と片側の唇を吊り上げてみせる。


「お前はなにもしなくても、どこかから大金が降ってくると思っているのか? 阿呆か、自分が動かなくても金を得られる立場の奴はな、そういう構造を必死こいて作ったからこそ、椅子の上で踏ん反りかえっていられるんだ。手なり、舌なり使わなければ生きられないのは、帝族だろうと平民だろうと同じだ。なら、お前になにが出来る」


 ふんと鼻を鳴らして、


「毎日の飯代すら碌に稼げないお前が、どうやって金を貯める? 餓死を覚悟で食うのを止めるか? それとも、オツムの緩い貴族を騙くらかして資金を出させるか? それもいいだろう。どちらも全うなやり口だ。少なくとも、努力はしている」

「……私は」


 俯いてしまうククゥを庇おうと、ウィザリムは口を開いた。


「やめろ、ラナハル。なんだかんだと理屈をつけて、結局はお前が暴れたいだけではないのか」

「お前までなにを間の抜けたことを言っている。そんなのは当たり前だ」


 仰天したように眉を持ち上げて、襤褸に身をやつした帝国の皇子は断言した。


「なんで俺が慈善活動なんぞやらなくちゃならないんだ。俺は、俺の為になるからやるだけだ。ククゥ、お前にとっては“これ”がお前の役に立つのか、それとも立たないのか。それだけじゃないのか」

「……少なくとも、私にとってはまるで益にならないと思うのだがな」

「別についてこいなんて言ってないぞ。嫌なら帰れ」

「野盗の巣はどこにある、などと訊ねておいて言えた台詞か!」

「当たり前だ。戦力はあって悪いことはないからな。だが、俺から来て欲しいなんて一言も口にはしていない」


 まさに絵に描いたような王侯貴族の尊大さだった。

 ウィザリムは相手を殴りつけてやりたい気分を必死に抑え込んで、


「……それにしても、もう少しやりようがあるのではないか。なにも、昨日の今日で襲撃しなくてもいいだろうに」

「計画なんてものはな、練れば練る程にどこかで露呈するものだ。知られれば相手も準備をするし、策を練る。無論、時間をかけて検討を重ねるだけのメリットはあるが、“この場合”はデメリットの方が上だ」


 相手の言葉の意味を計って、ウィザリムは眉をひそめた。


「……だから、その日のうちに動くというわけか」

「そうだ。これなら手を出そうとする輩がいても、余程のことをしなければ間に合わないだろう?」


 からかうように言ってくるが、瞳の奥は決して笑っていない。

 いつも適当で、その場の勢いだけで生きているような男だが、考えていないようで実はよく考えている。

 ウィザリムは内心で舌を巻いたが、それを口にするのも腹立たしく思えたので、そのまま視線を自分達の背後に向けて自分の表情を誤魔化した。


「拙速は巧遅に勝る、か。それはわかるが、それもこちらに最低限の戦力と、十分な勝算があることが前提だろう」


 生い茂った藪には、十名以上の姿が潜んでいた。

 いずれもラナハルの息がかかった――いわゆる“悪ガキ仲間”だった。貴族の出身者は一人もいない。

 城から飛び出しては外を出歩くという帝族にあるまじき振る舞いをするラナハルは、市井での評判も著しく悪い。

 しかし、若い連中からは不思議と人気があった。

 教養もない、素行の悪い連中が人気の大半ではあったが、今では好んで手下となって働こうとする数も少なくない。ラナハルもまたそういう連中を疎わなかった。


 とはいえ、戦力としてはまったく頼りにならない。

 魔法の素養があるわけでもなく、訓練を積んでいるわけでもないからだった。

 頼れるのは、一人だけか――順繰りにその場にいる連中の程度を確かめてから、ウィザリムは最後に残った人物に視線を止める。


 闇に溶けるように、寡黙な男がそこに立っていた。

 ガロンという名前の、その男はまだ二十代のはずだったが、見かけは四十代にさえ届いて見える。

 夜にもなお浮かびあがるような暗い眼差しをして、頭部は剃りあげられていた。

 ウィザリムの視線に気づいたガロンが、こくりと顎を引いて了承の意を示す。

 男が喋るところをウィザリムは聞いたことがなかった。呻きや、咆哮は別として。

 喋れないからだった。男の舌は切り落とされている。

 捕まっても、情報を敵方に渡すことがないようにそうした処置を施された男は、ラナハルの護衛役を務めている人物だった。

 強力な魔道の使い手であり、一般的には禁忌とされている異種族交配の落とし子――魔物まじりでもある。


「心配か? 安心しろ、俺だってなんの情報もないまま襲おうとするほど馬鹿じゃないぞ」


 得意げに鼻を鳴らしたラナハルが顎をしゃくると、目つきの悪い小男がやってきて頭を下げる。


「親分のご命令通り、昼間のうちに探らせておきました。この洞窟を根城にしている連中は七人。魔法を使う奴はいません」


 ウィザリムは顔をしかめる。

 報告の内容以上に気になる点があった。


「……親分?」

「なんだ? 羨ましいなら、お前もそう呼んでくれてかまわないぞ」

「遠慮する」


 これ以上ない程に冷たい眼差しを叩きつけてから、ウィザリムは溜息をつく。

 隣で小さく震えている浮浪者に気づく。自分が振り回されるのは慣れているが、それに付き合わされているこの相手のことは気の毒だった。


「ククゥ。安心しろ、君は私が護る。私の傍から離れないようにするんだ」

「は、はい……っ」


 薄汚れた襤褸をまとったひどく小柄な浮浪者は、こくこくと頭を頷かせてきた。

 それを見たラナハルが、ふふんと鼻を鳴らして、


「さて、それじゃあ行くとするか」


 まるで散歩にでも臨むかのような気軽さで宣言した。



 ――襲撃はあっさりと成功した。


 野盗の一団が拠点にしていた洞窟の前には見張りこそ立っていたが、それをガロンの生み出した氷の槍が突き殺すと、そのあとはほとんど戦闘にもならなかった。

 連中は酒飲みをしていたのだ。

 襲撃に気づいて慌てて武器を手にとりはしたものの、その足元はおぼつかず、刃物を振り回せば切っ先で自分達の足を切りつける有り様だった。

 結果、あっという間に制圧されて、三人が死亡。

 残る三人が素行の悪い不良共に囲まれてガタガタと身を震わせている。外に見張りの死体がひとつ転がっているから、これで全てだ。


「つまらん。なんだこの締まらない結末は」


 長剣を携えて意気揚々と先頭を進んでいたラナハルが、不機嫌に唸る。

 得物を振るうことがなかったことが気に入らなかった様子で、ウィザリムは奇妙におかしかった。

 いくらラナハルでも、相手の程度まで読み通すことは出来ないというわけだった。

 野盗に「もっとしっかりしろ!」と怒鳴るのもふざけた話ではあったが。


「お、お前ら。何者だ……ッ」


 野盗の一人が言った。

 誰が野盗の首領がわからなかったので、それらしいのを残しておいた三人の一人だった。どうやら彼がそうらしい。


「見てわからないか?」


 不機嫌さを一転、心から楽しそうにラナハルが相好を崩す。

 相手の怯えた表情で機嫌を直したらしかった。


「わからねえから聞いてるんだ。見たところガキばっかりの癖して、ふざけた真似しやがって――」


 言いかけた首領が、ガロンの姿を認めて口を閉ざす。

 今回の襲撃で生じた四人の死者、その全てをつくりだした寡黙な魔法使いは、沈んだ眼差しのまま沈黙している。

 それを見てぞっとしたように背筋を震わせた首領が、


「……なんだ、お前ら。いったいなんなんだッ」

「決まっている。強盗だ」


 長剣を肩に担いだラナハルが宣言した。


「それとも、義賊だとでも名乗っておいた方がいいか? ……まあいい。ともかく、お前達の稼ぎを貰いにきた」

「ふざけんな!」

「うん、正しい反応だな。だが、お前達に襲われ、荷を奪われた連中もおなじことを思っただろうな。つまり、お前の言い分は正しくてもお前にはそれを主張する権利がない。諦めろ」

「け、権利だとォ」

「お前ら、いいから金目のモノを片っ端から持ってこい」


 ラナハルの指示を受けた手下達が、ぞろぞろと内部に散っていく。

 せめてその物言いだけでもなんとかならないのか、とウィザリムは額を抑えた。

 まるで強盗団の親玉そのものだ。


 洞窟の内部は決して広くはない。

 すぐにラナハルの手下達が家探しを終えて戻ってくる。

 彼らの手にはいくらかの麻袋などが握られていた。

 じゃらり、と貨幣の擦れる音が聞こえてくる。


「たったそれだけか?」


 がっかりしたようにラナハルが言った。


「あとはまだ金に変えてないモノが結構あるみたいです。かさばりますが、持って帰りますか」

「当たり前だ。いいから持って来い。ああ、馬車を持ってくればよかったな」

「馬車で強盗だと? 頼むから止めてくれ、馬鹿馬鹿しすぎて頭が痛くなる」


 ウィザリムは頭を振った。

 そもそも、盗賊などという刹那的な生き方で貯蓄の必要性に気づくことなどないだろう。奪った物はさっさと金に換える方が余程それらしい。


 やがて、手下達が“かさばるもの”を持って戻ってくる。

 ウィザリムは眉をひそめる。

 それは物ではなく、者だった。

 いずれも十歳に満たない、痩せこけた子ども達。

 襤褸をまとい、手足に縄を繋がれて怯えた表情を見せている。

 全部で四人いる、その一人から恐怖に満ちた視線を向けられて、ウィザリムは顔をしかめた。


「……なんだこれは」

「見たままだろう。人買いだ。いや、この場合は人売りか」

「そんなことはどうでもいい! どうして野盗が人買いなんてやっている!」

「なんだ、お前だって知っているだろう」


 馬鹿にしたようにラナハルが言った。


「この国でもっとも人気がある商品だぞ。もちろん、ただの子どもというわけじゃないが」

「……魔道の子か」


 人間種族には多くない、魔道の素養を持つ。あるいはそう見込まれた子ども達。


「そうだ。田舎や農村から攫って来たんだろうな。こいつらがそうしたのか、攫って来た連中から横取りしたのかは知らんが」


 ふと強烈な気配にウィザリムがそちらに視線を向けると、寡黙なガロンが憎々しげに子供たちを見つめていた。

 正確にはその手足の縄を見て、歯を剥いている。今にも唸り出しそうだった。


「フン。……おい、こいつらの縄を解いてやれ」


 ラナハルがつまらなそうに言った。

 解放された子ども達の一番、年長者と思われる相手に告げる。


「お前らは自由だ。勝手にどこにでも行け」


 きょとんとした表情の相手からはすぐに興味が失せたように、ラナハルの視線はすぐに野盗の首領に向けられた。


「さて――」

「お、お前ら! こんなことしてただで済むと思うなよ! 俺達の取引先には貴族様だってついてるんだ。皆殺しにされるぞ!」

「貴族だと……?」


 命乞いとはいえ、なにを馬鹿なことを。

 ウィザリムは失笑しかけたが、


「在り得るだろうな」


 ラナハルはあっさりと頷いた。


「なに……?」

「魔道の素養の子どもを欲しがるのは貴族だ。幼い連中をさらって、衣食住を恵んで恩を着せ、忠実な部下として育成する。そんなことはどこの貴族だってやっている」

「馬鹿な! 全ての貴族がそんなことをしているわけではない!」

「そうだな。そしていい奴ほど先に死んでいくのがこの世の定めというわけだ。世知辛いな」

「そ、それだけじゃねえ! 俺達は、騎士団の連中とも懇ろなんだぜ。なにせ、この辺りの治安は俺達が護ってやってるようなもんだからなぁ!」

「貴様――!」


 今度こそ、怒りが心頭に達してウィザリムは腰の細剣を抜き払った。

 そのまま突き殺してくれようとしたところに、


「嘘は言ってないぞ」


 淡々としたラナハルの言葉に、ウィザリムは目を剥いた。


「なにを言いだす!」

「事実だ」


 帝国の皇子は肩をすくめて言った。


「民草が為政者に求めるのはまず自分達の身の安全だ。敵から守ってくれることだ。だが、国は広い。お前も言っていただろう、“魔王災”の直後、どこの勢力にも余力はなかったと。その通りだ。だからどこの勢力も工夫することになる。たとえば、それぞれの集落に自衛戦力の保持を認めるとか――な。そんなのは阿呆の極みだが、我が国ではもう少し賢いやり方をとったというわけだ」

「それが、野盗達を認めることだというのか!」

「そうだ。賊共の行いをある程度、黙認することで、低級の魔物達が街道を荒らすのを予防させる。野盗にとっても、自分達の縄張りを荒らす魔物達は邪魔だからな。積極的に駆逐しようとする。そうすれば最低限の治安は保たれる。もしも野盗が調子に乗ったり、そいつらでは対処できない魔物の存在が確認された場合、そこで初めて騎士団の出番になるというわけだ。いわば哨戒網というわけだな。なかなか効率的だろう?」

「それは。しかし……!」

「考えてみろ。そうでなければ、どうしてこんな帝都の目と鼻の先に、野盗の巣なんかが存在していると思う。わざと放置しているのでもなければ、あまりに我が栄光ある騎士団の連中が無能すぎるじゃないか」


 ラナハルの一言に、ウィザリムは言葉を失う。


「そ、そうだ。それに俺達は、帝都に貢物だって収めてるんだ。毎回、襲った獲物のいくらかをな! だから、俺達は都の連中からも認められてるようなものなんだよ!」


 勝ち誇ったように首領が吠える。

 それに対して、


「だからなんだ?」


 冷ややかな声が告げた。


「は?」

「だから、それがなんだ?」


 ぽかんとした首領を哀れむように、ラナハルは肩をすくめる。


「確かに、お前らの存在が利用されているのは確かだ。だが、お前はわかってないようだな。黙認と公認では意味が違う。黙認というのはな、お前達を認めてなどいないが利用価値があるから放っておいてやる、というだけなんだよ。お前達の身分を保証するものなど、どこにもない。つまり、いつでも切り捨てられるというわけだ」

「な――」


 その言葉と、あるいはその意味がわからなくとも語尾に含まれた不吉さに気づいたのだろう。

 頬を引きつらせた首領が、


「い、いいのか! 俺達は貴族様とだって付き合いがあるんだぜ! そこのガキ共だって、その貴族から頼まれて――」

「ふむ。たしかにその貴族連中がお前達にまだ利用価値を感じているかどうかは、俺達とは関係ないな。――よし、わかった」


 にこりとラナハルは微笑んだ。


「なら、その貴族とやらをここに連れて来てみろ。今すぐに」


 今度こそ、野盗の首領は絶句した。

 そんなことが出来る状況ではないことは理解しているのだろう。

 仮にそれが出来たとしても、壊滅させられた野盗の生き残りなどに貴族がどういった対応をとるかなどというのは予想に難くない。


「ま――待ってくれ! 俺を手下にしてくれ! なんでもする! 下っ端でかまわないから!」

「はは、脅しが効かないとなると今度は転向か。小悪党だな」


 その声がひどく機嫌良さげなことに、ウィザリムは不安を覚えた。

 不良どもを手下にする男だ。

 野盗の首領をそうしようとしたっておかしくはない。


「おい。まさか、」


 ひらひらと手が振られ、仕方なくウィザリムは口をつぐんだ。

 弾むような声でラナハルが言った。


「俺は、悪人は好きだぞ。なんといっても、俺こそはこの国一番の悪党の血統だからな。悪人が嫌いなら、俺はまず自分から嫌わなくちゃいけなくなる。俺は自分が大好きだからな。だから、悪人だって好きだ」


 だが、とその眼差しに冷ややかなものが浮かぶ。


「――俺の部下に小悪党はいらん。大悪を為して、出直して来い」


 鮮血が舞った。



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