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明後日の空模様 長遐編  作者: こく
第二十話 初雪
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 しんしんと雪降る夜。空の冴月が音もなく凍りつき、じわりと青い光を滲ませる静寂の夜。

 俺は障子窓の隙間から、静かに、ただ静かに白いものが浮遊するのを眺めていた。


 雪というのは不思議だ。まるで静けさに吸い込まれているかのように、これほどたくさんの結晶が舞いながらささめきひとつしない。息をするのも憚られるような、凛とした沈黙。

 心が凪ぐ。穏やかすぎて、不安になるほどに。



 俺は指先の悴みに耐えながら、世捨て人の他愛ない言葉を思い出していた。昔よりも表情が豊かになった、と。俺にはどうしてもそれが喜ばしいことだとは思えなかった。スコノスが人間の真似事をして何になろう。

 そう、俺はスコノスなのだ。どこまで己の性質を把握し、受け入れているかは別として――突き付けられた事実は揺るぎない。

 幾ら人型という進化を辿ろうが、所詮は猿真似。信念を決して曲げることの出来なかった頑固一徹の十六年間が何よりの証明である。


 とはいえ、俺にも人並みの感情はある。俺が母親に抱いていた感情も全てはスコノスの本能云々、なんて一蹴され、すっかり人生に拍子抜けしてしまった今、途方に暮れていることは認めなければならない。

 想像してみて欲しいものだ。己の信じてきた道はまやかしだったと愕然とする気持ちを。こちらの世界に来てから価値観が覆されることばかり起こったが、今回の一件はかなり堪えた。こんな調子が続けば、いつか自分自身を見失ってしまうだろう。


 だから――これは正しい解決にはなっていないが――考えるのを辞めてしまおうと思う。

 最早俺は、取り返しのつかないところまできていた。母さんの件は確かにショックではあったが、冷静になってみれば、何てことはない。例えそれが俺の意志だろうが本能だろうが、彼女のために生きることをやめる理由にはならないのだ。

 ただでさえ理解不能なことばかりなのに、自分自身の正体に怯えるのはもう懲り懲りである。この俺に、開き直る以外にどんな道があるというのか。



 この半年間で変わったことも、変わらなかったこともたくさんあった。表面上は新たな環境に適応し、馴染み、それなりに打ち解けた。身体も多少は逞しくなった。

 同時にどうしようもない意固地な気質は変わりなく、俺の内に強靭な根を張っている。例えばそう、妹のことなど。


 俺は視線を手元に落とす。さり気なく手首に結ばれた真紅の紐。吉祥の紐飾りを。

 さすがに少しよれていたが、瑪瑙と真鍮飾りとともに編み込まれた紐はここに健在である。四六時中つけているので、不本意ながらそれは俺の体の一部のように馴染んでいた。

 この紐を引き千切った日のことを思い出す。あれほどはらわたが煮えくり返る思いをしたことが今まであっただろうか。


 思えば、元々虫の好かなかった光のことをあんなにも嫌いになったのも、こちらに来てからだった。

 近くなればなるほど、互いを知れば知るほど俺たちは拗れるのだろう。何と面倒な兄妹か。ならば、二度と会わない方が余程双方穏やかに過ごせるのではないか。事実、俺は再び光と会ったとして、冷静でいられる自信がない。


 しかし、だ。あの妹と関わるなんて金輪際お断りだ、という俺の唾を吐くような訴えは運命が許さない。

 翔のスコノスに宣ったよう、俺の世界は母さんとコウキという二人の主を中心に回っている。両者には何ら関連性もないはずだが、偶然にも一人だけ間を繋ぐ人間がいた。それが光だ。




 コウキの話が正しいなら、光はコウキのところにいるらしい。ならば、母さんのためにも、そしてコウキのためにもいつかはあいつに再び会わなければならないのだろう。

 無論、それまでに双方生きていればの話だが。







 明後日の空模様第一幕、これにて完結となります。ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

 第二幕もシリーズとして皓輝の物語は続きます。もしよろしければこれからもお付き合いください。(2017/8/4)

 第二幕 朝廷編、始まりました。(2017/8/14)

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