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明後日の空模様 長遐編  作者: こく
第十七話 解き明かし
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 また、と。白狐さんはその言葉の意味を深く語ろうとはしなかった。触れられたくない心の腫瘍に触れられたような、そんな顔をしていたのをよく覚えている。



 がらりと開いた雨戸。外気には重苦しい湿気が充満し、雨は止んではいるもののまたいつ降り出してもおかしくない空模様であった。

 話題を逸らしたい訳でもないだろうが、「久と旦に餌をやりましょう」という白狐さんの一声で、息抜きがてら庭へ出ることにする。

 ふ、と苔の窪みに溜まった泥水を跳んだ。物置から掃除用具を取りに走る俺は、このまま有耶無耶に濁されることを危惧している。


 己が夢で垣間見た砦は確かに巨大でありながらも、由緒ある遺跡というよりは名もなき廃墟と呼ぶに相応しい佇まいであった。幾年月も人足が途絶え、海風に吹き晒され、遂には悪霊悪鬼の巣窟と化したような、どこにでもある要塞のなれ果てだ。

 世捨て人の主の心当たりあるという地が、俺の幻視と一致しているという確たる証拠はない。そして、それが文字占いに関係しているかも分からない。判断する材料が少なすぎることは誰の目から見ても明らかであった。


 その疑念、逡巡を声に出すことすら躊躇われたのは、白狐さん本人が間違いであって欲しいと願っている素振りをしていたためである。

 想像してみる。あの海風に晒された石造りの廃墟に、世捨て人の主。不釣合いというほどのものでもないが、どのようなゆかりがあるのか見当もつかなかった。



 庭の白狐さんは、曇天を仰いでいる。じいっと目を凝らし、天の盥が零すひとつの雫を鼻先に待っているかのようだった。白狐さん。そう呼ばれた彼はようやくこちらを向き、雑穀を混ぜた餌皿を受け取る。


 俺は幾度か口を開け閉めし、次に問うべき言葉に迷った。

 仮に俺が見た夢と白狐さんの記憶の地が同一だとして、そこは彼にとっていい思い出がないらしい。深く言及するのも無礼であるように思えたし、込み入った話をするほど彼は俺に心を許していなさそうだ。


「驚きました」ようやく遠慮がちに出たのはそんな感嘆である。箒を振り、鶏を追い出す自分の口調はわざとらしく思えないこともない。「俺は夢で現実の場所を訪れていたんですね」


 いや、驚いたことは事実だ。見たことも聞いたこともない無縁の地を夢に見るなど、これを驚異と呼ばずして何と言おう。一抹の疑念を胸に仕舞い、ひとまず俺は夢の天啓というものを信じてみることにする。


「現実……」


 白狐さんの声はふわりと浮いていた。心ここにあらず、といった様子だった。


「現実かと言われると、少し正確でないように思えます」


「……それはどういう?」


 彼は足元でコッコと鳴く雌鶏たちには目もくれず、餌の盥を凝視している。その中を覗けば真実が見えるかのように。



「世の中には人の手で開拓されながらも、やがて誰も住まなくなった無人の空間が存在します」一度言葉を切り、遠い目をして続けた。「僕らは“忘れられた地”なんて呼んでいますが」



 ――白狐さんに言わせてみれば、“そういう場所”はごく稀に、落とし穴のように各地に点在しているのだという。

 霊場や霊域に似ているが、初めから自然がつくったそれらとは少し違う。元は人が住んでいたのに、何かの事情があって廃墟になった場所。誰も近寄らず、いつしか地図からも忘れ去られた地。

 そんな空間はやがて四季の巡りに蝕まれ、人々が暮らした記憶を残したまま大自然の霊に呑み込まれる。

 然るに、現実であって、現実ではない。夢現の境界すら霊に蝕まれた無人の地。脳裏に蘇ったのは、鳴蛇(メイダ)の荒野のただ中で、ひとつの宿場町が丸ごと廃墟と化していた光景だった。きっとあれもその類だろう。


 世捨て人の主は、まあこの家も似たようなものですけどね、なんて聞き捨てならないことをぼそぼそ呟き、面を上げた。


「本来、そういう場所に生身の僕らは近付いてはいけないのです。……“あちら側”に引き摺り込まれ、帰って来られなくなりますから」


 その眼差しはひたむきである。

 霊域というのは不思議な空間だ。無限異次元とでも呼ぶべきか、時に膨張し、時に収縮し、その広さや時間は常に変動し、故に平面の地図に描くことが出来ない。霊場と霊場が幾つも繋がっている場合もあるし、こちらの理屈の通じぬ霊の棲みかである。


 でも、と俺は思わず口をついていた。何だか自分の声が遠かった。「白狐さんは、そこに行ったんですね」


「行ったというより、連れて行かれたという方が正しいです」


 その素っ気ない物言いには、こちらをドキリとさせるものがある。間も置かず「何のために連れて行かれたんですか」なんて不躾に訊ねてしまったのは、猫を殺す好奇心にほかならない。



「……」



 白狐さんは答えなかった。訊かれたくないものだったのだろう。ただ思い出したように、地面で催促する鶏たちに餌を撒き、まつげを伏せていた。

 久と旦はこちらの沈黙にも知らぬ顔。競って餌を突いているその様子をぼうっと眺め、俺は鶏舎の掃除をするため腰を折った。



「実のところ、あの遺跡が一体いつの時代の誰のものなのか僕にも分からないのです」



 ようやく彼が沈黙を破ったのは、こちらが古い藁を取り替え、掃除も終わりかけるという頃だった。

 箒でごみを外に掻き出していた俺は、彼の声をよく聞こうと首を伸ばし、鶏小屋の天井に頭をぶつける。


「海の守りの要所であり、かつ、時の権力者の別荘だったと聞いたことがあります。……何にせよ、僕が生まれるよりも遥かに古いものであることは確かです」


「時の権力者……」


「ええ」白狐さんは首肯する。「恐らくは、月天子(ツキノアマノキミ)の王朝が成立する以前の」


 それは一体何千年前の話なのだろう。『天介地書』に記された、神代の英雄叙事詩を思い出す。気が遠くなるようだ。

 話はそれで終わらなかった。うかうかしていた俺は、次に続いた言葉に耳を疑うことになる。



「どうやらあそこは大昔、とある儀式をするために使われていたそうです」


「儀式?」


「はい。人体実験……のようなものを」



 俺は眉を顰めることすら遅れた。それは旧時代の要塞にあまりに似つかわしくない単語だった。手を止めまつ毛を弾き、やっとの思いで、え、と漏らす。「じんたいじっけん」

 彼は両腕で餌の盥を包み、瞼を伏せている。その視線の先には、遠いあの遺跡の景色があるのだろう。


「地下には牢屋がたくさんあって、実験に使う人を閉じ込めていたのですよ」


 ジッケン、という言葉を、白狐さんは苦しげに発音する。



「実験って、一体どんな……? 人体錬成でもしていたんですか」


 当てずっぽう且つ頭の悪そうな俺の出任せは、予想に反して否定されることはなかった。「それに近いかもしれません」なんて白狐さんが真面目な面持ちで首肯するので、困惑するほかない。



「……聞いたことありませんか。今から八千年も昔、この大陸では“不老不死の探求”が流行ったんですよ」



 半ば開いたままの俺はしばらく呼吸を止めていたようだ。沈黙で我に返り、思い出したかのように瞬きをし、不老不死、と舌に乗せる。

 喉元までせり上がったのは「胡散臭い……」という冷ややかな苦味である。辛うじて飲み下したものの、うっかり顔に出ていたらしい。世捨て人の主は諫めるように、見ようによっては自嘲気味に口元を緩めた。


「馬鹿げていると思われるでしょうか。しかし、そんな夢想家たちの暴論がかつて大真面目に交わされていたのです。不死の生命、永遠に老いない方法を探す不死研究というものが」


「それって、成功したんですか」思わず口を挟む。さあて、どうでしょうねぇ。世捨て人の遠い目をした。

 現在の皇帝を頂点に戴いた王朝以前――すなわち、孑宸皇国の創始者たる月天子が地に下るよりも前の東大陸は、無数の王を名乗る諸侯が領土を奪い合う群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)の時代である。

 その不安定で危うげな情勢からか、世を儚み、あるいは尽きることのない欲望を蕩尽せんと、生へ執着した者が不死を探求したのはそれほどおかしな話でないのかもしれない。


「もちろん、無償で不老不死になどなれません。あらゆる研究と実験の末、多くの命が失われました。――あの遺跡で」


「……」


 中国歴代皇帝は、血眼になって不老不死を求め、仙丹という毒まで飲んで寿命を縮めた。メソポタミア神話で武勇を誇った英雄ギルガメシュも死だけは恐れた。不滅の命というのは人類永遠の憧れであり、それ自体に賛否はあれ、死を恐れたことはないと言えば誰しも嘘になるのだろう。

 己の生き死にそれほど頓着しない俺に、不死への情熱はない。が、理解出来ないこともなかった。誰だって、死ぬのは怖い。切実な感情である。

 どこまでも年齢不詳な白狐さんは、華奢な肩を竦めて一蹴してくれた。


「ずっと生き続けるのって、そんなにいいものじゃないですよ」


「まあそうなりますよね」


 結局のところ、人は死ぬのだ。死を恐れても、歓迎しても、様々な宗教や美学、御託を並べたところで、最期に行きつく先は皆同じ。ならば敢えて口を開く必要などない。それに関する教訓めいた名言は、どこかの偉人がたくさん残しているに違いないから。

 その儀式とやらで不老不死を得た者は、今もどこかで生きているのだろうか。


 そういえば、と俺は思い出す。「血売り男の血ってありますよね」


「ああ……」


「飲めばどんな傷でも治り、寿命も延びるとか」


 都邑抄扇で聞いた、まあ都市伝説の一種である。胡乱げな話だが、あのたった小瓶ひとつの生き血がとんでもない高値で売られているというのだから、それだけ信じて買う輩がいるのだろう。貪欲なまでに生に縋った人間が、金に糸目を付けぬのはいつの時代も変わらないらしい。

 しばらくして、雌鶏たちを追い立てる。忙しなく走り回る彼女たちは、時折俺へ威嚇することも忘れない。気の立った二羽が鶏舎の中で大人しくなるまで、また随分とかかった。


 俺は腰を上げる。家の庇から雨粒が滴り落ちていた。ぽつ、ぽつと地面の水溜りに跳ねる飛沫。短く息を吸い、上の空な世捨て人の主の背に呼びかける。



「白狐さん」彼は振り向きもしなかった。「十月十日までにそこへ行くことは可能でしょうか?」



 海の砦がどこにあるのか俺には分からない。しかし扶鸞が示した日時にその現地に赴くことが、占いの正しさを確かめるのに最適な方法であるように思われた。俺は妹のことを考える。もし光があそこにいるのなら、尚のことその可能性にかけてみなければ。

「もう間に合わない」と叫んだ夢の声が俺の心を急かしていたのかもしれない。口に出した途端、俺はどうしても行かなければならないという切羽詰まった感情に囚われた。


「行って、どうするんですか」


 白狐さんはこちらに顔を見せないままだ。


「行かなくてはいけない気がします」


 張り切った割には論理性もくそもない俺の発言は、白狐さんをにこりともさせなかった。

 来月の十日に不死の遺跡で何かが起こることは確実である。俺はそれを見届けねばならない。どうしても。



「少し、考えさせてください。」



 彼の声の重さは、人の身で霊域に足を踏みいることの無謀さを危惧しているのだろうか。いや、それだけではない。彼は何か、俺の知らないことを知っている。

 白狐さんはかつて、あの砦の遺跡へ強制的に連れて行かれたことがあるらしい。不老不死実験の話を聞かされた今となっては、そこで何が執り行われ、彼がどんな目に遭ったのかはまあ想像に難くないが、それにしてもと俺は頭の中で年表のようなものを作成し、首を捻った。

 不老不死の探求が東大陸で流行ったのは皇国以前。遡れば幾星霜も大昔の時代であり、翔曰く三百歳という白狐さんの実年齢をもってしても全く届かない。

 この世捨て人の主が不老不死実験の“犠牲者”の一人なのではという予想は、既にその体をなしていないのである。


 じゃあ何かと訊かれると俺にもさっぱりわからないのだが。



 家に戻った後、白狐さんは気が進まないながらも近隣を描いた地図を開き、不老の遺跡がある大まかな場所を教えてくれた。

 無論その砦がある地は廃墟になって久しく、霊域に呑まれているため正確な位置は誰にも分らない。八千年前という驚異の数字の割に、遺跡の形がよく残っているのも霊の力によるものだろう。

厄介なことにその辺りは古代より小さな霊場がひしめき合っていた地域だとか、例え地図上で真っ直ぐ描かれていたとしても実際は空間ごと歪んでいる、なんてことが平気で起こりうるのである。

 俺は地図を覗き込み、墨で引かれたジグザグの海岸線を眺めた。


「……」


 ほぼ人の住まない夕省の西沿岸には名もなき岬や海峡が連なり、流刑になった罪人が生涯を終えるような群島がぽつぽつと散らばっているほか特筆すべきものはない。例の砦は海岸からやや突き出た地嘴の先に位置するらしい。長遐の山岳に埋もれた世捨て人の家からおおよそ北西の方角だ。少なくとも、平面の地図上では。

 西だ、と俺は呟いた。

 解き明かした文字占いと一致する。「死」は「西の明け方」を標しているという白狐さんの推理と。やはり正しかったんだ、なんて声に出しかけ、やめた。彼があまりに鬱々とした表情を浮かべていたためである。



 

***




「僕は翔に、過去に囚われずに生きていて欲しいと思っています。それがどんな形であれ」




 白狐さんが神妙にそんなことを言ったのは、数日後のことだった。

 いきなり面と向かって、それもここしばらく彼が避けていた翔その人の名が飛び出たことで、俺は両目を瞬かせた。それが白狐さんなりの覚悟だったと知ったのは随分後になってからである。

 ともかくその時の俺は何が何だか話が読めず、「そ、そうですか」と覚束ない相槌を打つほかなかった。



「愚図愚図していると、本当に間に合わなくなりそうです」


「……それはつまり、あの砦に行くことを決めたという訳ですか?」



 彼は頷きもせず、ただ力強い眼差しで肯定する。俺は薄ら寒い心地がした。白狐さんの瞳は決して前向きな光など浮かべていなかったのだ。仄暗く、ともすれば憎悪じみたどす黒さに淀み、言ってしまえば彼らしくない危険な目だった。


「僕は翔の保護者としても事の顛末を見届けなければならないようです」そう零す白狐さんは、自らに言い聞かせているようでもある。


 俺は密かに首を捻った。何故翔なのだろう、と。

 文字占いは光を探す俺に対する啓示であったはずだ。少なくとも夏至祭の段階では、まだ翔は行方を晦ませていなかった。

 もし翔が拉致されることまでが運命に織り込み済みだったのだとすれば、これ以上虚しくなることなどあるまい。別段俺は、お前なんか所詮運命に翻弄されるちっぽけな存在にすぎないのだ、なんて言われる分には一向に構わないのだが、それでは翔があまりにも可哀想である。

 俺の疑問を察したか、白狐さんはこちらに向き直った。決して大きくはないが、ずしりと胸に響く言葉が続く。



「光ちゃんの件と翔の件、どうやら無関係ではなさそうです」



 というと。先を促す俺の目線に、白狐さんはこう答えた。

 先日から西山の悪霊が妙に騒がしく、様子が気になって使いを出してみたのです。数日かけて探りを入れた結果、やはり沿岸部に悪霊悪鬼が集められているらしいということが漠然と分かりました。それも人の手によって、です。……と。


「悪霊って、人の手で操られるものなんですか」


「ものによるでしょうね」白狐さんは腕を組む。「悪霊と言っても霊の一種であり神の仲間ですから、原理としては霊使いのそれと大差ありません」


 要は、素性の知れない霊使いがあの不死の遺跡にいるのである。無人であるはずの廃墟に。そして、闇に生きる魑魅魍魎を呼び集めている。

 その意味を考えようとした俺は、白狐さんがゆっくりと掲げた小さな木製のものを見てはっと目を見開いた。


「そしてほら、これを見てください」


「あ、これ……」すぐに察しがついた。ややくすんだ浅葱の紐、その先に括りつけられたのは植物を模した木の細工。小さな金具が付けられ、それが装飾品であることが分かる。

 いなくなったときに翔がつけていた耳飾りだ。間違いない。それも、白狐さんが奴の二十九の誕生日に贈った特別なものである。


「……先程、この耳飾りを(グウ)が運んできました」


「グウ?」


「悪霊の一種です。空飛ぶ鼠の妖です」


 微かな音を立て、それは俺の掌に手渡された。直後、ぎょっとして取り落としそうになる。耳飾りの金具に、黒っぽい液体が付着していたためである。


「血が……」


「寓は人の生き血を啜るんですよねぇ……」


 しみじみした白狐さんの物言いは、皮肉じみていた。ちらりと俺の引き攣った顔面に一瞥くれ、ゆったり首を傾げる。



「如何ですか。悪霊が運んだこの耳飾り……どう捉えるべきでしょう?」



 耳に穴をあけて耳飾りを通すことは、孑宸皇国の臣民たる証である。それを寄越したということは、翔が東大陸を脱することを意味するのかもしれない。もしくは力任せに引き千切られ、お前の可愛い子は預かっているという脅迫の手口なのかもしれない。

 何にせよ、金具に残った血が翔のものである可能性は極めて高かった。そしてこの耳飾りが意図的にここに送り付けられたということも、火を見るより明らかだった。


「……白狐さんは、あの砦に翔がいるとお考えなんですね」


「はい。……翔と、何者かが」


 彼の指先が、耳飾りを摘まみあげた。ゆらりと揺れる浅葱の紐に、翔の瞳を思い出す。



「自慢ではありませんが、僕も闇に属するものとして悪霊の動向には人一倍敏感であるつもりです。……これ見よがしにニィの転移の跡を地面に残して、悪霊まで呼び集めて、挙句こんな耳飾りまで送り付けて」


「……」


「何だか、誘われている気がしませんか?」



 俺にはそうですねと頷くだけの確信もないのだが、彼が言うのならそうなのだろう。何よりもこれ以上この家で手を揉んでいるだけでは何も進展しまい。十月十日は着実に迫ってきている。ならばやるべきこともひとつだ。

 世捨て人の主の顔を見上げる。彼の仄暗い右目にはやはり肝が冷えるものがあったが、俺は懸命に頷いた。もう間に合わない、と叫んだ夢の声が耳に蘇り、どうか手遅れになりませんようにと祈る。

 白狐さんはひとつ頷き返し、その手の耳飾りをきゅっと握った。



「では、招かれてみますか」


「……でもそれって、罠にかかりに行くようなものですよね」



 水を差す意図はなく、ただ俺はふと冷静さを取り戻す。

 誘拐犯らしき者は、露骨なほど俺たちあの遺跡にをおびき寄せようとしている。さしずめ、翔は仕掛けられた生餌ということだろう。……無論、生きていればの話だが。


「構いません。正面からご挨拶に伺いましょう」


「殴り込みですか。白狐さん、意外と男らしいですね」


「男ですからね」


 拗ねたようなその口調が彼のなよやかな容姿、すなわちコンプレックスに直結しているのだと分かり、何だかおかしくなった俺は現実逃避気味に小さく笑った。





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