表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
明後日の空模様 長遐編  作者: こく
第十五話 文字占い
75/98

 



 (ラン)というのは孑宸皇国で崇められる瑞鳥のひとつである。五色の紋様を持ち、鳴き声は五音に合い、天下泰平のときにその美しい姿を現す。

 扶鸞は、その神鳥の僕である神仙の魂を通信霊として呼び出す占術だ。



 四角い台を三人で囲う。穹廬の主である女巫は、定規に似た器具で純白の砂を均していた。硝子質の白砂はさらさら音を立てて触れ合い、より一層平らになる。

 彼女は、時間をかけて奥の小さな祭壇を拝礼し、霊札の束を燃やし、宙に放り投げたばかりであった。曲がりなりにも客である俺のことなど全く関心がないように振る舞うその姿に、不安を覚える。若者の方は、占術師の助手であると言わんばかりに次々と筆と硯、紙を台の横に並べていた。

 そもそも、先程からきちんとコミュニケーションが成立しているのかも怪しい。話しかけても届いている手応えがほとんどなく、これから行う占術の説明は当然皆無。無愛想が過ぎてよもや死人なのではないかと疑いたくなる。


「おい」呼びかけられてはっとした。俺を睨み付けていたのは他でもないその女巫である。「お前、鸞に何を占って欲しいんだい」


「え、えーと」話を振られるとは思っていなかった俺は目を泳がす。不機嫌を刻んだ眉間の皺を気にしつつ「行方不明になった妹の居場所を知りたい」ともつれ気味に応えた。途端に、若者が吹き出す。


「それじゃ駄目だよ。そんなもの占えない」


「占えない?」


「文字占いは、将来の日時と場所、そこで何が起こるか占うものなんだ。今現在起こっているものは占えないよ」


 何だそれは。占卜に制約があるのか。俺は唇を突き出す。ならどうすればいいのか、と若者に目配せすれば、彼は目をぐるぐる回して思案し、指を鳴らした。軽快な音が弾ける。


「そうだな。“妹を探す自分がいつ、どこに行って何をすべきか知りたい”とかならどうかな」


 そう言った若者は女巫に首を傾げてみせる。占えるよね? と訊ねているようだった。女は老木のように押し黙り、その汚い眉一つ動かさなかった。

 その無表情の中に肯定も否定も見いだせなかった俺だが、若者は「大丈夫だって!」とこちらに親指を立てる。彼らはテレパシーで通じ合っているのだろうか。


 女は真っ直ぐ砂盤の前に立ち、例のY字型の祭具を手にしている。これは乩木(ケイボク)というんだよ、とその隣の若者が教えてくれた。

 単純だが、やはり奇妙な形である。まじまじ手元を眺めていると、香球を押しつけられた。突っ立てないで空気を清めろ、という女の命令口調つきで。

 何故俺までこんな儀式めいたものに参加しなければならないのか……。客なのに、と不満を漏らせば「人手が足りないんだ」と悪びれない若者。どうやらこの占法、本来はもっと大人数で行うものらしい。やると言った以上面倒くさがるのも大人げなく、渋々受け取る。



 ――最初は何も起きなかったし、感じられなかった。ただ彼らは砂を敷いた台に向かい、乩木という祭具を二人が支えているだけだった。女は木の柄を、若者は紐を。その先には一本の木筆が括りつけられ、先端が白砂に突き刺さっている。そんな具合だ。

 しばらく黙っている内に、俺はだんだんと気分が悪くなった。空気がむっと濃密になり、穹廬の中の温度が二度も三度も上がったように思われた。香球を持つ指先が、小刻みに震える。眩暈がする。

 目の前の女巫は瞼を瞑ったまま死んだように動かない。何かを唱えているようにも聞こえた。


 ぞくり、這い上がる悪寒を感じたのはそれからすぐだ。暑いのに、寒い。俺は首を縮める。何者かの冷えた呼気が耳下を舐めた、気がした。

 その途端、奥の祭壇の左右に灯されていた蝋燭の、片方の火が消える。何の前触れもなく――。

 俺は声が出ない。細くたなびく煙。ほんの一瞬だけ、その姿が透けて揺れたように思えた。



「――……」



 それは無形だった。山で見かけるような、姿形の定まらない“気”とよく似ている。息を呑む。目に見えない霊は、この空間のどこかから、俺に視線に注いでいた。そう、俺を。


 何故だ?


 俺は背中から冷たい汗を流す。貫くほど鋭い眼光。緊張が錯綜する。いきなり陽炎のようなものが空気を切り裂いた。目の端に閃く影。襲われる、と。咄嗟に屈んだ俺だが、霊が飛びかかったのは俺ではなく女巫だった。


 次の瞬間、タン、小気味のいい音が木筆から鳴り響く。二人が持つ乩木。あの乩木が上下を始めた。若者が持っている紐がぴんと張られ、その動きにかなりの力が加わっていることが窺える。

 理解するのに時間がかかった。どうやら、呼び出された“神仙の魂”は女巫の肉体に降りたらしい。彼女の痩せこけた腕を、手を、霊が操っている。

 つまり、乩木を握って上下させているのは女ではなく、女に乗り移った通信霊という訳だ。目の前で平然と起こっている心霊現象に、固唾を飲んだ。


 乩木は持ち上がったかと思えばそのまま躊躇いなく振り下ろされる。幾度も幾度も。その度にタン、タン、タンと筆先が砂盤の底にぶつかり、高い音が刻まれる。

 しばらくその発作的な動作を繰り返した後、違った運動を見せ始めた。ぐるぐると何週も廻り、白い砂に無造作な円を描き出したのだ。

 若者は紐を絡めた人差し指に力を込め、動きに合わせて肘を曲げている。それは飼い犬がどこかへ行ってしまわないよう繋げるリードを思わせた。なるほど、と俺は合点がいく。降りた霊が好き勝手に砂盤からはみ出さないよう、制御するのが彼の役目なのだろう。だから乩木は二人で持つのだ。


 桃の筆は、円を描く動作と砂盤を叩く動作を不規則に繰り返した。乩木を握る女は目を閉じたまま表情を硬くしている。俺は未だに腰の辺りに寒気を感じていた。この憑霊現象をインチキだと鼻で笑い飛ばすのは無理があるようだった。


 あ、なんて思わず間抜けな声を出してしまったのは、突然乩木が物凄い勢いで動き出したからだ。先端に括り付けられた筆が、次々と砂上に線の跡を残す。

 縦横斜めに組み合わさった筆跡。それは大きく一文字――「未」という漢字になった。自動筆記現象。そんなオカルト用語が口の中に過ぎる。

「早く、これ紙に書き写して」若者に急かされ、俺は我に返る。「俺が筆記者か!?」「手が空いているんでしょ。早くして」そんなやり取りを交わし、慌てて左手で筆を取った。墨を浸しては横の薄紙に文字を書写する。


 タン、タンと再び筆が鳴る。早くしろ、と苛立っているようだ。言われるまま定規を使って砂を均し、「未」の字を消せば、待ちわびたとばかりに、再び筆が勢いよく砂盤に文字を書いた。今度も――やはり漢字だ。大きく「朝」と書いてある。

 若者が声に出して読み上げる。筆跡を確かめ、紙に書き取り、砂を平らにする。まるで走り幅跳びのようだ。選手が飛べば記録をし、砂を均す。同じ作業の繰り返し。



 そうやって俺が訳も分からず紙に書かされた漢字は、全部で七文字だった。最後の字を写している中途、不意に乩木が女の手を離れた。投げ捨てた、と言った方がいいかもしれない。地面に落下するかと思われたそれは若者の紐によって空中にぶら下がる――。


 はっとした。熱を帯びていた周囲の空気が急速に冷めていく。いつの間にか、祭壇のもう片方の蝋燭も消えていた。細い煙が天井に吸い込まれていく。

 女に憑りついていた通信霊がいなくなった、と認識して間違いなさそうだ。俺は周囲を見回した。あの視線は、射すくめるような眼光はもう感じない。ぞっとする。


「おや、随分と短いね」


 祭具の紐から手を離した若者は、首を捻った。先程まで心霊現象が起こっていたのに、何事もなかったかのような様子だ。


「失敗?」


「さてね」


 女巫の方はといえば、すっかり仕事をやり終えた気分なのか、奥の椅子にどっかり御輿を据えていた。

 見る限り、特に変わった様子はない。俺は少し胸を撫で下ろした。神降ろしや降霊術といえば、一種の異常な心理体験を引き起こす。てっきり彼女が狂乱的なトランス状態になることを想像していたのだ。見ず知らずの相手とは言え、人が正気を失っている様を眺める趣味はない。


 見せて、とせがまれ、俺は若者に薄紙を手渡す。両手で受け取った若者は、即座に吹き出した。「わあ、ひどい字!」と。

 利き手じゃないから仕方ないんだ、なんて我ながら言い訳がましい。君は右腕が不自由だものね、と彼は笑った。何故知っているのだろう、という疑問はすぐに浮かばなかった。


「未と朝……来、死、ええと、これは?」


「子。あとは口と也……」


 俺は恥じる。白い紙面をのたうち回る筆字は、いっそ芸術的に汚い。途中筆を墨に浸すのに失敗して、黒い染みが紙面に飛び散っている。一応砂の上に書かれた通りに写したつもりだ。

 若者と一緒に紙面を目で追う。「未」「朝」「来」「死」「子」「口」「也」――俺には何の関連性もない文字列に見えた。これが“文字占い”か?

 ただの漢字を突き付けられただけでは何の役にも立たない。失望感すら込み上げる。



「これを、どうするんだ」


「……“朝、未だ来ず。死んだ子の口なり”」



 不意に彼が口走った文言。意味が分からなかった俺は、逡巡してようやく「それが詩か?」と問う。文字占いは“詩句”の中に神意がある。確かそう言っていた。若者は頷く。


「鸞が示した乩示だよ。繋げてみただけだけれど」


 “朝、未だ来ず。死んだ子の口なり”――確かに、先程の漢字を繋げればそういう文章が作れないこともない。しかし、あまり出来のいい詩とは言い難く、神仙との通信の記録と呼ぶには何の脈絡も感じられない。謎々のようだ。


「きちんと読み解けば、君が訊ねたことが分かるんじゃないかな」


「解き明かしは俺がやらなきゃいけないのか?」


 俺は口を尖らせた。将来を占う詩にしては随分と不吉である。希望の光がまるで見えない。お先真っ暗、とでも言いたいのか。


「いいかい。ヒントはね」ぴんと指を立てた若者は、紙を乾かしながら口角を上げる。「文字占いは、日時と場所、そこで何が起こるか教えてくれるものなんだよ」


「日時と、場所……」


「だから君はそれを正しく理解して、占の結果通りに実行する必要があるんだ」


「……」


 朝、未だ来ず……俺は詩を脳に刻み込むよう反芻しては、目を左右に走らせる。俺は確か、自分が何をすべきか知りたい、と鸞に伺った。この意味不明な詩の中に答えがあるというのか。

 首を振った。やはり時間の無駄だったかも知れない……。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ