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 登は自分の席に座りながら頭を抱えていた。

「う~ん、困ったなあ」

「どうした、登」

 声を掛けてきたのは、同僚で2つ年上の犬山だった。

「あ、犬山先輩。実は、来週の課内プレゼンで発表する内容が決まってないんです」

「ああ、テレビの新製品の案を発表する件か」

「蛇沢課長には、今日中に発表資料が完成する予定だと報告してあるんです。でも何も考え付いていません」

「どうして課長に嘘をついたんだ?」

「何も考え付いていないなんて、言えるはずがないでしょう。それに、女性の上司には本音で話をしづらいんですよ」

この会社では昔から、仕事が出来る女性をどんどん管理職に昇進させる方針だった。蛇沢課長も仕事で実績を残して課長になったのだった。

 登は話題を変えようと思い、犬山の仕事に関する質問をした。

「ところで、犬山先輩のプロジェクトはどうなってるんですか?」

「俺の企画した超薄型テレビは、上手く行っていない。もう失敗だろう」

「何か問題が発生しているんですか?」

「超薄型テレビは、従来の液晶テレビより更に薄いテレビというコンセプトだ。しかし我が社には有機ELのような高度な技術は無いし、そんな技術を開発するための開発費も無い。だからテレビの内部に入る部品の1つ1つを限界まで薄くすることによって、テレビの外形を薄くしようと考えたんだ」

「そこまでは僕も知ってます」

犬山は溜息混じりに話を続けた。

「ところが、電子部品の1つ1つを今より薄くするのは難しいことがわかったんだ。特に問題なのはコネクタだ。コネクタを小さくしようとすると、コネクタのプラスチック部品にブリスターが発生してしまうんだ」

「ブリスターって確か、雑貨や玩具や薬のパッケージに使う、透明の……」

「それはブリスターパックだ。俺が言っているのは、射出成形品に発生する外観不良の『ブリスター』だ」

「……はあ」

 商品企画部に所属する登が射出成形のことをよく知らないのは、無理も無いことだった。犬山は登にブリスターのことを教えることにした。

「最初から説明するからよく聞いておけよ。テレビのようなデジタル家電に入っているコネクタは、狭ピッチ・低背型のタイプだ。このコネクタを薄くするには、コネクタのプラスチック部品を薄くする必要がある。このプラスチック部品に使用する材料は、耐熱性と流動性に優れた樹脂でなければならない。そしてコネクタのピッチが狭くなれば狭くなるほど、樹脂の流動性が必要になる。これらの理由により、狭ピッチのコネクタの中でも特にピッチが狭いものにはLCPという樹脂を使用することが多い」

「LCPって確か、格安で飛行機に乗れるという……」

「それはLCCだ。俺が言っているのはLCPだ。Liquid Crystal Polymerの略だ」

「……はあ」

「話を戻すぞ。肉厚の薄いプラスチック部品を射出成形によって製造する場合、成形時に射出速度を速くしなければならない。射出速度が遅いと、金型の製品部に樹脂が充填する前に固まってしまうからだ。しかし射出速度を速くすると、ジェッティングという成形不良が発生しやすくなる。LCPはジェッティングが特に発生しやすい樹脂だ」

「ZZZ……」


挿絵(By みてみん)


「一方、ジェッティングという現象は、金型内の流路が狭い場合には発生しにくい現象だ。狭ピッチ・低背型のコネクタのプラスチック部品は肉厚が薄いため、それを成形するための金型は、樹脂の流路が狭い。流路が狭いため、LCPを使用して且つ射出速度を速くして成形しても、ジェッティングは発生しにくいと考えるかもしれない。ところがそうじゃないんだ」

「グー。スピー」

「金型内の製品部の流路が狭ければ、製品部ではジェッティングが発生しにくい。しかし、スプルー部、ランナー部で発生してしまうんだ。特にスプルー部で発生しやすい。スプルー部でジェッティングが発生すると、成形機のノズルから射出された樹脂が、スプルー部で蛇行した流れ方をする。このとき、樹脂がスプルー部の空気を巻き込んでしまい、樹脂に空気が混じってしまう」

「すやすや」

「空気が混じった樹脂が金型の製品部に流れ込み、充填して固化すると、成形品の内部に気泡が出来る。LCPは透明な樹脂ではないため、成形品を金型から取り出した後に外観検査をしても、内部の気泡は見えない。それをそのまま後工程に流すと、リフロー工程においてリフロー炉の中で成形品が加熱され、成形品の中の空気が膨張し、樹脂の層を押し上げて膨れた形状が出来る。この膨れが『ブリスター』だ」

「んが……うん、よくわかりました」

 そのとき、昼休みの開始を告げるチャイムが鳴った。

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