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ベノムの洗礼  作者: 杏樹
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残酷描写があります。

苦手な方はご注意ください。


そこは表通りから一本入った横道だった。


両側にそびえ建つ高層ビルの所為で昼間でも薄暗かった。


新聞紙や空き缶、ペットボトルなどのゴミが道のわきに散乱している。


道幅は大人三人分がすれ違うぐらいにはあるが、車は入ってこれない。


パトカーとその他の公用車は広い表通りに停車され、出入り口付近は制服警官が取り囲んでいる。


「被害者の氏名は吉川良子。メディカルオフィスの社員、30歳です」


ネコ毛なのかふわふわに四方八方に伸びる髪を揺らし、若さと生命力を感じさせる瞳を持つ警官の名は建速満。


やや小柄だがしなやかで鞭のような健康的な身体でスーツを着こなす建速は好ましさを感じさせる顔を悲痛に顔をゆがめた。


その心理は想像しやすい。


どこもかしこも血だらけだった。


コンクリートの地面にとどまらず、両側のビルの壁にまで派手に飛び散っている。


地面の蛇行した血の跡は歪で、這いずって逃げようとしたのか、それとも引きずりまわされたのか。


どちらにせよむごいことに変わりはない。


そして被害者の惨状は更に壮絶だった。


激しくもみ合ったのか上半身のブラウスは所々裂けてびっしょりと血痕に染まり、踵の高いヒールは両足とも脱げて放り出されている。長く豊かだっただろうダークプラウンに染められた髪は毟られたのか。無残にも結構な量が地面に落ちている。


喉から首と肩にかけてなどはまるで何かに食い散らかされたかのように大部分の肉が欠損していた。


骨がむき出しとなり血肉がその周辺に散らかっている。


「この仏さんもか…」


吐き捨てるように呟いたのは建速とは正反対の粗野な雰囲気を身にまとう大柄な警官だ。名前は槙本純哉。


鋭い眼光は老成した警官そのもので、顔は厳めしく落ちくぼんだ眼窩が妙に目立つ槙本は舌打ちを零した。


鑑識の内の一人が近寄ってきた。


「槙本」


「なんかわかったのか谷澤」


谷澤と呼ばれた細身で猫背の鑑識の男は草臥れたように嘆息した。


「今わかっているのはこの被害者の状態がこれまでの二件の遺体と同様だってことだよ。おそらく生きたまま肉を貪られ血をすすられて殺された」


槙本は頷いた。


「まあ、実際検死してみないことにはどうにもね。被害者の爪から痕跡が見つかったからそれが新たな手掛かりになればいいけど」


「でも、これまでにも犯人のものと思われるDNAサンプルは発見されているんですよね」


「傷跡から犯人のものと思われる唾液らしきものがね」


「だが、その成分が人間のものとは異なるってんだろ。だから俺たち刑事局第一課の特殊事件捜査室が駆り出されてる」


引き寄せられるようにどこからともなく集まってくる野次馬や通行人によってできた人だかりに槙本は視線を巡らせる。


「あの中に何人の人外が混じってるのかね」




2000年の世界大恐慌の直後、突如として勃発した超常生物たちの大戦争ラグナロクによって、人間は今まで架空の生き物だとされてきた吸血鬼や獣人などの存在を目の当たりとすることとなった。


それから約三十年という時間をかけて、存在を無視することができなくなった人外の生物に対して人間は何度も反発したが、結局は共存の道を選んだ。


今でも一部の人間や団体は断固として人間以外の生物の存在を認めていないが、それでも上手く共存しているほうだ。


世界のリーダーと自他ともに認める巨大国家北連合共和国が超常生物の存在を受け入れ、時に保護し、民権を与え、率先して共存への道を示したのが大きい。


北連合共和国と同盟国の日本も超常生物に対して比較的友好的な国の一つなので、おのずと超常生物たちが集まりやすい国だった。ただし、日本政府は超常生物に民権を与えるか与えないかで未だ揉めている。もう何年も結論を先延ばしにしているのだ。


その所為で現在、日本はある多大な問題を抱えていた。





『本日未明、都心南仁賀屋区にて女性の遺体が発見され、女性の名前は……』


都心高層ビルに設置された大型デジタルサイネージから速報のテレビニュースが流れている。顔をあげて視界に入れるだけの人もいれば、立ち止まって画面に見入る人もいる。


行きかう人々もその話題でもちきりだ。小型端末やスマホを使用して動画や画像を確認してはしきりに話題にしている。


夕方。仕事の帰り道。騒音、雑音が飛び交う人の波に揺られ、小型音楽端末から流れる曲にのみ集中する。


そうすればすべての思考の濁流はシャットアウトされ、特に問題ない。


家路への道を歩いていたがそういえば冷蔵庫の中身がほぼ空の状態だったことを思い出した。スーパーでの買い物は億劫だったが仕方がない。


方向転換しようとした時、向かいから歩いてきた人とぶつかった。よろけたが何とか踏ん張り尻もちをつかずについたことに安堵した。


「すいません!」


「いえ、こちらこそ」


慌てたような声。動揺が伝わり顔をあげた。


重力を無視したくしゃくしゃの髪をもった男性だった。スーツを着ているから会社員か何かだろうか。


「平気です」


人好きのする顔が心配そうにこちらをのぞきこんでくるから、小さくそう付け加えて立ち去ろうとした瞬間ふいに飛び込んできた感覚に呼吸が止まった。


赤黒く染まる硬質な地面。無残に横たわる四肢は力なく放り出されている。細い腕の先の手は抵抗したんだろう何本か爪がはがれている。


きっと残っていた爪先からDNAが発見される。


可哀想に。


首元は肉ごと・・・骨が。痛いなんてものじゃない苦痛を味わったんだ。許せない。必ず捕まえる。


苦痛に満ちた顔が悪鬼のように歪みくて苦しみ無念を訴えるように見つめてくる…。


思わず男を突き飛ばした。


驚いた男はきょとんとしていたが、こちらはそれどころではなかった。


男の思考と残像を遮断してガンガンと響く割れるような頭痛に耐え、口元を手のひらで多い呼吸を必死で整える。


「大丈夫ですか?」


大丈夫なわけない。


「顔色がひどく悪いですよ。体調が良くないのならどこかで休息されますか?」


「あなた刑事?」


「え?」


油断した。多くの人が行きかう道を歩くのであればもっと遮断しておか分ければなかったのに。淡々と続く毎日を過ごすうちに心のガードが甘くなっていたのだろう。漠然と怠慢に過ごしていたつけが回ってきたのか。


「いえ、もう平気です」


「あ、ちょっと待って」


伸びてくる手をかわし足早にその場を立ち去る。背後から追ってくる声は無視した。



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