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セイ・ディルナーク 1

 昨晩の嵐は酷かった。


 難破した船もあったらしいと聞いた。


 山から吹き降ろす風を背に、セイ・ディルナークは海辺を歩いていた。


「そこの金髪の兄さ――――ん! 嵐の後に海のそばなんざ歩いちゃいけねぇよ! 水底の神さんにさらわれっちまうよォ」


 遠くから、浅黒く肌の焼けた男がセイに声をかける。


 南訛りの強い西方言語だ。


 目に鮮やかな飾り帯からして、海の民だろう。


「わざわざ、ありがとうございます!」


 言って了解の合図に大きく手を振る。


 了承の証拠に、先刻より海から離れて再び歩き出す。


 難破したという船の破片か、大量の木の板が浜辺に散っていた。


 他にも流木やら、強風に飛ばされたのか砂でぐしゃぐしゃになった衣服やらが散らばっている。


 昼にはこの町を発つので、記念に貝殻のひとつでも拾って行こうと思っていたのだが、嵐にかき回された浜辺は貝殻を探すどころではない。


 東国で待つ婚約者に、そんな物しか贈れない自分も口惜しいが、それすら見当たらないかと嘆息した。


 セイは西方の薬師である。


 以前珍しい薬草があると聞き、東国に行った際に、かの国の自鳴琴(オルゴール)職人の娘と結婚を約した。


 三年したら帰ると行って西国に戻り、薬の勉強をして今年が約束の三年目。


 セイは東国に向かう途中なのである。


 カラル・ベラルの港へ行けば、南国に向かう船が出ている。


 南国からは、ガラディオ山脈に並ぶ世界の屋根、シーニヴァール山脈のふもと、ガルシアの街道を行けば東国である。


 このニイベの町から半日行けばカラル・ベラルに着く。


 カラル・ベラルは整備された港町だ。


 西国の土産にと貝殻のひとつも拾うならば、これが最後の機会だった。


「美しい海の貝殻を持ち帰ってあげたかったが――」


 嘆息交じりに呟く。


 セイの婚約者は生まれて一度も山を降りた事がなく、海を見た事がないのだという。


 珍しい貝ならばよい土産になるし、器用なあの婚約者の事だ、その貝殻で髪飾りでも作れるかもしれないと思っていたのだが――。


 胸中で思いつつ、歩いていたセイは、ふと海の上に何か浮かんでいるのに気付く。


 引き寄せられるように、浜辺にす――っと寄ってきたのは、小汚い麻袋のようだった。


 足首まで海に入って、袋を引き上げる。


 妙に重いのは、布が水を吸っているせいらしい。


 汚らしいその袋が、何となく気にかかり、見つからない貝殻の代わりに宿に持ち帰った。


 宿に戻ってから改めて麻袋を見てみる。


 使い古したようにぼろぼろなのは、元かららしい。


 口を荒縄できつく縛り上げてある。


 苦労してそれを解くと、中には大量の布が入っていた。


 一応出してみると、布の中に何か固いものがある。


 ぐっしょりと濡れた布を取り払うと、油紙に包まれた箱のような物があった。


 相当厳重に封をしてあったのだろう。


 外側の油紙の数枚は水に濡れていたが、肝心の箱には水の一滴もかかっていなかった。


 取り出して見れば、瀟洒(しょうしゃ)な細工の宝石箱のようだった。


 開ければ、螺子と小汚い紙きれが入っている。


自鳴琴(オルゴール)なのか……?」


 紙切れには何事か文字が書いてある。


 乱雑な字で書かれたそれは南方言語のようで、セイには読めない。


 その下に、大分綴りを間違えた西方言語でも文字が書いてあった。


 それもいわゆる庶民語と貴族の隠語が混じって読みにくい。


「これ……音出る……(ひつ)? 捻じ巻く。(ふた)空ける。しからば……えっと、これは音色、の意味か? ……()、これは……(おく)? 耳すますと、(ふた)空ける。聞こえる……?」


 意味がよく分からない。


 これを書いた人物は、おそらくちゃんとした教育を受けていないのだろう。


 仕方なく、南方言語の方を見る。


 セイは南方言語を知らないが、南方言語と西方言語は単語や意味、語順が似通っていると聞く。


 そう考えつつ見れば、何となく意味が取れなくもない。


 片言の西方言語と、うまく読めない南方言語を何とか読み解き、セイは苦心して紙切れに文字を書いた人物が言いたい事の大体を理解する。


「つまり……この箱は自鳴琴(オルゴール)だが、螺子を巻いて蓋を開けるとその場の音を記憶する、記憶した音を聞きたければ再び蓋を開けろ……という事だろうか?」


 論より証拠、とセイは自鳴琴(オルゴール)の蓋を開けた。


 先刻は紙切れを取り出しすぐに蓋を閉めてしまったのだ。


 蓋を開けると、おもむろに訛りの酷い、野太い男の声が聞こえ始めた。


 音はめちゃくちゃだが、一応歌のようだ。


 早口な上にテンポの狂ったそれは、何を言っているのかさっぱり分からない。


「これは凄いな……」


 婚約者のところにいた時でもこれほどの自鳴琴(オルゴール)は見た事がなかった。


 感心して自鳴琴(オルゴール)を、ためつすがめつ見回す。


 蓋の意匠は円だろうか? ぐるぐると渦巻く模様は、引き込まれそうで面白い。


 珍しい自鳴琴(オルゴール)に喜ぶ婚約者の顔が見えるようで、セイはよい土産になったとほくそえむ。


 セイは昼になると、拾った自鳴琴(オルゴール)を手に、カラル・ベラルの港に向けて出発した。

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