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エマ・リンゼル 3

「あぁ、確かにこりゃあ螺鈿細工だよ。しかも相当の職人技だ。儂もここまでの細工にお目にかかったのは、初めてよ。いいモン見つけてきたなぁ、エマ」


 綺麗に禿げ上がった頭を撫でて、船一番の目利きであるキスルが請け負った。


「やっぱりな! 前に見た事あったからよ、そうじゃねぇかと思ってたんだ!」


「やったなエマ! これで浴びるほど酒が呑めるぜ!」


 ザマイの科白に、エマが眉をしかめる。


「冗談じゃねぇぞ、ザマイ。誰がお前に酒なんざおごるか! ウワバミのてめぇに呑ませたら、金がいくらあっても足りねぇ!」


 しかしザマイは、そんな科白は聞かないふりをして、代わりに調子外れの歌を歌いだした。


「偶然見つけたボロい箱で俺らは大もうけ〜」


 螺子を巻いて蓋に耳を近づけ、何の曲が入っているのか調べていたエマが、蓋を閉めてザマイの足を蹴り飛ばす。


「ったく、何の曲が入ってンだか分かんねぇじゃねぇか」


「ははは、すまんすまん」


 改めて、蓋を開く。


『偶然見つけたボロい箱で俺らは大もうけ〜』


「おい、ザマイいい加減にしろ!」


「い、今のは俺じゃねぇぞ!!」


 エマの怒鳴り声に驚いて、ザマイが慌てて弁解した。


「おい、エマよ。今のザマイの歌はこの箱から聞こえたぜ?」


 キスルまでが言うのに、エマも眉をひそめた。


「どういう事だよ?」


 閉じた箱の蓋をもう一度開く。


 何の変哲もない木の板が見えた。


 先刻とまったく同じに、ザマイの調子外れな歌声が流れた。


「……まさかよぉ、エマ。音を覚える自鳴琴(オルゴール)なんざ、儂ぁ見た事も聞いた事もないぜ?」


 キスルが頭を抱えて言うが、エマやザマイも同様だ。


 自鳴琴(オルゴール)なぞには滅多にお目にかからないが、それでもこの自鳴琴(オルゴール)が妙なのはよく分かる。


 自鳴琴(オルゴール)というのは――エマたちの認識では――螺子をまわすとなよなよした曲を流す箱で、それを聞くと西国の奥様方が大喜びするモノだ。


 決して、ザマイの調子外れの戯れ歌をもう一度流すようなものではない。


 そうだ、自鳴琴(オルゴール)というのは流れる曲が決まっているのが普通で、間違っても声なんてものは聞こえるはずがない。


「思ったよりもずっとたいしたモノじゃねぇか、西国硬貨百どころじゃねぇ、こりゃ高く売れるぜ」


「おい、エマよ。やめとけよ、こんな気持ち悪ィ箱捨てっちまえよ……こりゃあ悪魔が取り付いてるに違いねぇぜ。商いの神さんが怒っちまう」


 喜ぶエマとは正反対に、ザマイは及び腰だ。


 自分の声がただの箱から聞こえてきたのがよほど気味が悪かったらしい。


 むっと柳眉を逆立てるのは無論エマである。


「何怖気づいてやがる。ここまで来て、こいつを売り払わない方が商いの神さんが怒っちまわァ!」


 言って汚らしい紙の切れ端に、混ぜ物の多い悪いインクで、何事か書き付けた。


 ――この自鳴琴(オルゴール)は、螺子を巻いて蓋を開け、そこで聞いた音を覚える。聞く時は蓋を開けりゃいい――


 南国言語で書いたソレに続けて、適当に憶えただけの西国言語で同じような事を書き綴る。


 エマたちは商人だが、西国の人間が対等に接してくれているわけではない。


 海の民よと蔑む者が圧倒的に多いのが現状。


 となると、西国の商人を通しての商売が多くなる。


 商人たちは、海の民の運ぶものの価値を分かっている。


 だが、それは必ずしも対等に接しているという意味ではない。


 隙あらばと騙す者もいる。


 そのために、と西国言語を聞きかじりで覚える者は多い。


 実際、西国言語は使えた方が便利なのだ。


 例えば、西国の貴族の門前で南からの珍品と声高に物売りをすれば、興味を持つ貴族もいる。


 もちろん西の商人を介さないために、得る金額は多い。


 珍しい品をそうした方法で売る者は少なくない。


 無論、リスクもある。


 プライドばかり高い貴族は、売り物を手にしても金を払わない性質の悪い者もいる。


 そこを見極めるのも、商人の資質である。


 エマも、自鳴琴(オルゴール)を貴族に直に売るつもりであった。


 買い叩かれないように、と箱の表面を拭いて綺麗にする。


 幸い、目立つ傷や破損はない。


 先程書き付けた紙を自鳴琴(オルゴール)の中に入れ、油紙を何枚も使い、厳重に包みあげる。


 最後に布をぐるぐると巻きつけて、緩衝材代わりにし、仕上げに、と麻袋の中につっこんだ。

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