おわり 4
藤花が『優しさの手がかり』を手にしてから、一週間が経った。
巴はというと、突然「コンクールに出す絵の構想が固まった」と言い出したきり、その絵にかかりきりになっている。
巴は授業中以外、すべて絵を描いていた。
食事ですら、絵を描く片手間だった。
まだ『優しさの手がかり』に関する話をしたりなかった藤花には残念だったが、描きかけの絵を見られるのを嫌がる巴についてまわって一方的に話す事もできない。
巴が絵に気を取られている間、藤花は何度も何度も、物語を思い出していた。
どうしたわけか、藤花には『優しさの手がかり』の語った物語が一字一句正確に思い出せた。
そして思い出すたびに、強く思う。
物語の女王がそう誓ったように。
何の力も、何のとりえもないとしても。
武器はただひとつ、この身だけだとしても。
打たれても倒れず、なぎ払われても立ち上がり、血を吐いてもあきらめない――そんな存在になろう。
ぼんやりと空を眺めながら、そんな事を考えていた放課後。
「藤花! 何ぼーっとしてるの! 中二C組、長野藤花!」
いつかのように、可愛いと称するには少々甲高すぎる大声で巴が藤花を呼んだ。
「ちゃんと聞いてるよ、巴」
いつかのように答える。
「ちょっと来て!」
いつかと違ったのは、巴が問答無用に藤花の手を取って、走り出した事だ。
「え!? ちょっと何、巴?」
引きずられるように走りながら、藤花が尋ねる。
「絵、完成したの! 藤花に一番に見て欲しくて!」
巴が言う。
よく見れば、その手のあちこちに油絵の具がついている。
制服の前にエプロンもしたままである。
「完成したの? おめでとう!」
息継ぎの合間に言う。
巴はろくに聞いてもいないようだった。
扉の開いたままの美術室に飛び込む。
窓際にイーゼルがある。
縦に置かれたキャンバスの裏面が見えていた。
「はい、」
息を切らせながら、巴がそう促す。
近寄って、キャンバスを覗き込んだ。
中央にあるのは木製らしき箱。
蓋が開いていて、中に赤い布が敷き詰められているのが分かる。
誰かの手がソレを掲げていた。
周囲を取り巻くのは七人の人物。
褐色の肌をした赤髪赤眼の少女。
金髪の青年。
黒髪の仙女――。
全員を確認するまでもなかった。
実際には見た事もない人々だったが、誰だか分かった。
巴が何を描いたのかが分かった。
「巴……」
「どう? 似てる? 藤花の話を絵にしてみたんだけど。直すところない?」
おそるおそる、といった風に巴が尋ねる。
「うん」
そう言うだけなのに、とても力が要った。
「あのね、巴」
「なぁに?」
「何かすっごく嬉しい。ありがとう」
藤花が言う。
笑い泣きみたいな表情になってしまった。
それに応えて、巴がにこりと微笑む。
その絵は、後日のコンクールで大賞を取った。