おわり 3
じき夕日が沈む。
大分薄暗くなっていたが巴が「その『硝子の小道』を通って行こう」と言ったので、ふたりは『硝子の小道』を歩いていた。
夕闇と木陰のせいで、足元はかなりおぼつかない。
「足元気をつけてね、巴。あと少しだから」
「てか藤花……アンタいつもこんな足場の悪い所歩いてたの!?」
「……う、うん」
「ヘアピンカーブの坂もキツいと思ってたけど、こっちのがきっついわ。藤花えらすぎ」
なぜそういう思考回路になるのかはよく分からなかったが、一応ほめられているらしい。
「あ、あそこ。あのあたりに店が――」
『硝子の小道』を抜けた瞬間、藤花が店のあった辺りを指差す。
骨董品屋は、『硝子の小道』を抜けた先の向かい側にあった。
そのはずだった。
そこには、何もなかった。
民家さえ。
ただ、フェンスのはりめぐらされた土地があるだけだった。
「……ねー藤花。なんか宮崎駿の世界みたいになってきたんですけど」
「違うもん、絶対トトロはいたんだもん! って?」
巴の声に、思わずそう答える。
実際かなりそんな気分だった。
今まで確かだと思っていた事柄が、手指をすり抜けていくように、藤花は不安になった。
『優しさの手がかり』は確かに手元にある。
しかしそれを受け取った骨董品屋はない。
『優しさの手がかり』も、眠る前のような不思議な感じはしない。
たとえ藤花がもう一度この『優しさの手がかり』をショウ・ウィンドウの中に見つけても、店内に入ろうとは思わないに違いない。
この『優しさの手がかり』は、もしかしてあずさの私物で、何かの間違いで藤花の部屋にあったものかもしれない。
もしかして、骨董品屋に行ったとそう思った事自体が夢かもしれない。
「……ごめん、巴」
「何? 嘘だったの?」
「……何かそうかもって思えてきた」
藤花が言う間に、巴は道を渡って、フェンスに触れる。
がしゃがしゃと揺さぶった。
当たり前だが――本物だった。
日が暮れる。
影がどんどん長く濃くなっていく。
心細くなった。
確かに何かを受け取ったと思った物語は、自分の夢だったのだろうか。
「ねぇ、藤花?」
巴が言う。
「なぁに」
「何であたしにその話をしたの?」
何でだろうか。
分からない。
聞いて欲しかった。
ただ聞いて、感想が欲しかった。
でもそれは一体何のためだったのだろうか。
夢に違いないと断じて欲しかったのか。
夢ではないという保証が欲しかったのか。
でもだとしたら、それはなぜだろう。
どうして夢か現実かはっきりさせたかったのだろうか。
「ねぇ、藤花?」
巴が言う。
「なぁに」
「あたしは本当でも良いと思ってるよ」
「は?」
思わず変な声をあげる。
「例の伝説が気に入ったから」
それが巴の理由だった。
「あぁ、うん」
よく分からない声をあげる。
その間に一生懸命考えた。
「私も、好きかも」
好きかもしれない。
そんな伝説に、自分もなりたいと思った。
その気持ちは、たとえすべてが偽りでも、本当だと思った。